公開プロポーズのはじまり 2
オルディア国において、騎士とは盾であり、剣である。その存在がこの国を守り、人々を豊かにした。
彼らなくして、隣国との有利な貿易が果たせただろうか? 彼らなくして、隣国の脅威を退け平和をもたらせただろうか? 我ら国民の幸福は、彼らの忠誠心と誇りによって支えられている。
騎士とは、この国の魂だ。
ヴェルデン家としてだけではなく、僕は彼らを心から尊敬している――――
ノアの地元では、騎士祭と呼ばれる武闘大会が毎年開催される。その来賓として招待された公爵令息は、大観衆の中で堂々と演説を披露した。
声変わり前の幼い声と、小さな体であるのに、翡翠の瞳が迷いなき意思によって強く輝く。エリアス・ヴェルデンは、これまで出会ったどんな大人よりも偉大な人間に見えた。
「あの人のもとで、騎士としてこの命を捧げて戦いたい……!」
八歳のノアの夢はその時決まった。
平民である彼にとって騎士になる道はただ一つ。地元の領主である侯爵の目に留まり、王立学園の入学を推薦してもらうことである。
その後の武闘大会では、毎年同年代の中で最も優秀な成績を収め続け――十五歳になった彼は見事、王立学園騎士科の入学を掴み取ったのだった。
とはいえ学園入学はスタート地点でしかない。
平民の自分が貴族や国に仕える騎士になるためには、国中から集められた猛者たちの上に立つ必要がある。そして、貴族の懐に入るためのしたたかさも――。
剣には自信があった。問題は、社交界にどう馴染むかだけ……だった、はず。
「あれが噂のヴェルデン公爵嫡男か……」
「まさにヴェルデンの名に恥じないお人だな。あの人に見初められれば将来は約束されたようなものだよ」
「彼は専属騎士をここで選ぶかしら?」
彼の話を聞いたのは、入学後すぐだった。
ノアはそこで初めて知る。もう七年間も憧れ続けた、エリアス・ヴェルデンその人と同学年であると。
そして見つけた。八歳のときひと目見た彼は、当然であるが自分と同じように成長していて、背丈もだいたい同じくらいだった。相変わらずの美しい金髪と、淀みのない翡翠の瞳に、ノアは胸が熱くなる。自分が勝手に忠誠を誓った相手が、同じ空間にいるのだ!
とはいえ、元より社交界のなんたるかが分からない彼は、憧れの公爵令息に話しかけるまでになんと一年という時間を要したのである。
一体何をしていたかと言うと、平民の彼にも気さくに接してくれる同じ騎士科の友人から社交界の手ほどきを受けていたのだ。
友人の名はリヴィア・カルステン。
女性騎士として、過去にない優秀な成績を叩き出すエリートである。彼女は騎士の名門貴族ということもあり、貴族の令嬢たちにも臆することなく接している。その姿に感心したノアは、彼女に教えを請うのだが――。
「そもそも君は……私の普段の様子を見て、教えを請うたのだよね」
「その通り」
「私が麗しの令嬢たちに、軽口を叩いたり、口説き文句を並べている様子を見て、だよね?」
「話の内容はよく分からなかったけど……みんな喜んでいたから、会話が上手なんだろうなとは思っていたよ」
「ああ……そういうこと……」
リヴィアは大きく息を吐き、隣りに座っているノアの肩を慰めるように優しく叩く。彼女はノアよりも背が高く、すっと伸びる一重まぶたと形の良い眉も相まって、兄のようにしか見えない。後ろで一纏めに結っている、腰まで伸びた長い紫黒の髪が揺れる。
食堂の騒動から一夜明け、今は座学の授業を終えたところだ。
「私はてっきり、目当ての令嬢にアプローチがしたいのだと思っていたよ」
「いや、エリアス様に認知されたかったから、騎士としてアプローチしたかったのは間違いないけど……」
「私が言うアプローチと言うのはそっちアプローチじゃなくてな………ん、まぁいいや。とにかく認知されたいという願いは叶ったね。なにせあんな大勢の前で愛を囁くのだもの」
「いや……そういうつもりは…………なくってさ…………」
言いながらどんどん小さくなっていく彼に、リヴィアは笑った。
「しかし、ふふ……いくら氷の公子と呼ばれるヴェルデン公でも、あんな吹雪よりも冷たい目を見たのは初めてだ。きっと忘れられない騎士になったことだろうさ」
「おれは普通に会話したかっただけなのに……」
「んん、それなら騎士としての言葉じゃないってことくらい勘づいて欲しかったものだよ。まぁ、この際頑張って口説き落としたらどうだ」
「あれ以上嫌われてしまうのは耐えられない…………いや、待てよ」
腕を組み、しかめっ面だったノアの顔は、次第に険しさを増していく。
二重瞼の目には幼さが残るが、そのあどけない顔とは真逆の見事な剣術は多くの生徒を驚かせてきた。とはいえその愛嬌ゆえに神妙な顔をしても迫力がない。
「これをチャンスだと捉えるべきじゃないか? おれはそもそも、あの人の元で騎士になるのが夢なんだから」
「そう、その意気だよ。それこそ不屈の剣、ノア・アルディスだ」
「よし、こうなれば当たって砕けろ、だ」
「うーん……砕けてしまっては意味がないが……まぁ、私は君の味方だよ」
リヴィアの言葉にノアは涙目で頷き、拳を握る。ふとその視線の先――講堂に入ってくるエリアスが見えた。どうやら次は貴族科の生徒がこの講堂で座学を受けるらしい。王家に近い権力を持つ貴族たちの登場に場は独特の静けさに包まれる。そんな中、ノアは反射的に立ち上がり、風を切って走り出した。
「エリアス様!」
勢いよくエリアスの前に立つ彼に、ぎょっとしたのはリヴィアだけではない。学園内では身分にかかわらず交流が許されているものの、国の政治にも大きく関わっているヴェルデン家の嫡男であるエリアスは、学園内でも別格として簡単に人を寄せ付けない雰囲気をまとっていた。昨日もそうだが、平民であるノアが彼に声を掛けることはそれだけでも学園を震撼させる事態である。
「き、昨日はその……突然、失礼なことを口走ってしまってすみませんでした……」
誰もが固唾をのんで見守る中、エリアスは意外にもノアをまっすぐ見据えた。
「実はおれ……八歳の時からあなたに憧れていて。あなたの言葉があったからこそおれはここまで来られたんです。あなたはおれの全てだから。どうか嫌わないでいてくれますか」
周囲から小さなざわめきが起こり、ノアはまた動揺する。
なぜだ? またなにか変なことを言っているのか? 混乱した頭で次の言葉を探そうとするが、緊張も相まって体も口も硬直してしまう。そんな彼の前で、エリアスは少しだけ目を細める。
「君に何らかの感情を抱くことはないから安心するといい。特に用がないのなら話しかけないでくれるかな」
その低い声からは、かすかに苛立ちが感じられる。周囲にいた貴族たちはその様子に慌てふためき、彼の機嫌を取ろうと言葉を探しているようだった。
エリアスは目を伏せ、ノアの横を過ぎようとする。
「待って」
無意識に体が動き、気づけばエリアスの腕を掴んでいた。周囲から悲鳴のようなものが上がる。
「用はあります。おれはあなたの剣になりたい。あなたに認めてもらうためならなんだってするから、話しかけるなだなんて言わないで」
「では言い方を変えよう。君を専属騎士にするつもりはないし親しくなる気もない。他を当たってくれ」
「あなたでないと意味がないんです。おれの心はあなたのものだから」
あ、待て。なんか違う。
生来の馬鹿正直さにリヴィア直伝の口説き文句が混ざった結果出来上がったのはとんだモンスターである。
ノアは真っ青な顔で、恐る恐るエリアスから手を離してあとずさった。目の前にいるのは――目の下に皺を寄せた嫌悪感丸出しのエリアスだった。
あの、完全無欠とさえ言われる彼が、これほどまでに感情的な顔を見せるのは初めてである。が、もちろん喜ばしことなど一つもない。
「そんな軽口で信頼が得られると思っているならば、君は騎士失格だな」
エリアスの言葉と同時に、まるでピアノの鍵盤を叩きつけたような音がノアの頭の中に響き渡る。去っていくエリアスを追う気力などはもうなかった。
石のように固まってしまった哀れな友人にリヴィアはそっと寄り添い、ぽんぽんと背中を優しく叩く。
「や、見事な玉砕っぷりだったね」
抜け殻のノアは彼女に引きづられながら講堂を出ていった。
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