第3話 天使と暮らすことになった日

 魔王城――大広間。


 魔王。シュウゼ。執事ドリアン。天使フランベール。

 四者の話し合いが行われる。

 大広間の外は何やらザワザワと騒々しさが蔓延していた。


「経緯を話せ」


「はい。私は女神様に言われて今日もお庭のお掃除をしておりました。ですが突然、天界と地上界の境目に穴があき、そこから落ちてしまったのです」


「そんなことがあるのか」


「ですが……それは偶然ではなく意図的なものでした」


「どういうことだ」


 質問を続ける魔王。

 シュウゼは必死に話を頭に入れていこうとするが、なかなか難しかった。


「現在天界では、天使選別が行われているのです」


「天使選別?」


「はい。女神様にお仕えする天使として相応しい者には慈愛を。相応しくない者には追放を。数年に一度、それを審判する時が来るのです。私は日頃から仕事もうまくいかず、天使としての魔力も足りません。天界には古来より、不要な天使は翼をもがれて地上界に落とされるという風習があります。地上に落ちた天使は記憶を消され、平凡な人間として第二の人生を歩むことになるのです」


「お前には翼も記憶もあるようだが」


「はい。だからこうしてお話しできています。これは天界のミスなのです」


「ミス?」


「本来は女神様が審判を行い、翼と記憶の抹消を行うのですが、私はその……何もできないくせに顔と胸だけはいいと他の天使から嫌われておりまして」


「「…………」」


「私を天界の穴から落としたのは一般の天使だったのです」


「それで正常な処理がされていないということか」


「私に記憶があったからお話しすることができました。そういうことですので、ここに来たのは決して皆様方に危害を加えたかったからではなく……」


「分かった。説明ご苦労だったな。だが、なぜ“事故”と言った」


「シュウゼ様に難しい話は酷かと思いまして」


「なるほどな」


「む、難しいよ」


「後で簡単にお話しして差し上げます」


 すかさずフォローを入れるドリアン。


「うん」


「地上では翼を持つ者は異形でしょう。この世界で普通に暮らすことは難しいと思います。本当は天界に戻り正式な審判を待つべきなのですが、穴も閉じてしまい、こちらから戻ることは不可能になってしまいました。どうか帰る方法を見つけるまで、こちらに住まわせていただけないでしょうか。頑張ってお掃除なども致します」


 フランベールは申し訳なさそうな表情で魔王に懇願した。

 この世界では天使が魔族とともに暮らすなど、前代未聞の大事件だ。

 魔王もドリアンも眉間に皺を寄せ険しい顔をする。


「一緒に暮らそうよフランベール」


 一番初めに口を開いたのはシュウゼだった。

 純粋な一声だった。その目は一つも曇っていない。


「ですが坊ちゃん……ここは魔王城。天使を住まわせるのは……」


「分かった。ここに住め。フランベール」


 思案の末、魔王は堂々とそう言い切った。


「魔王様!?」


「ほんと!」


「ありがとうございます……ありがとうございます……」



 ――――。


 ――。



 それがシュウゼとフランベールの出会い、そして暮らしの始まりだった。


 フランベールが魔王城に住み始めた日の夜。

 夜中に目を覚ましたシュウゼの耳に、廊下で話す魔王とドリアンの声が聞こえてきた。


「なぜ生かしたのですか。魔族の天敵でございますぞ」


「あいつを煮るなり焼くなりするのは簡単だ。だがあの天使はシュウゼの優しさであり、シュウゼの未来だ。生かしておくと将来必ずシュウゼのためになる」


「…………」


「俺たちはいつか全員死ぬんだ。残されたシュウゼはひとりぼっちになっちまう。あいつが立派な大人になるまで――あいつに夢ができてそれを叶えるまで……そばにいて助けてくれる存在が必要だ。それはな、俺たち魔族じゃない。あの天使にしかできないことだと俺は思うぜ」


 聞こえてきたその言葉がどういう意味なのか。

 当時の少年シュウゼが理解するにはまだ早いことだった――。

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