第4話 不穏

 魔王の死から二日後の朝。とある森道。

 シュウゼとフランベールは近くの町を目的地に決め、歩いていた。


「元々魔王城は汚かったけど、フランが掃除しても埃が結構残ってたよなー」


「す、すみませんっ。でも本気で頑張ったんですよ!」


 赤らめた頬をぷくっと膨らませるフランベールが可愛く思えたシュウゼ。時々、こうして彼女をからかうのが日課になっている。


「部屋を除菌しようとしたら危うくゴーストが消滅しかけたり」


「う……」


「オムレツを頼んだらシチューが出てきたり」


「ぐ……」


「でもよかったよ。父さんの計らいもあって、フランがみんなとすぐ馴染むことができて。本当によかった」


「魔王様には本当に感謝しています。地上に落ちてきた出来損ないの私を拾っていただいただけでなく、たくさんのお心遣いをいただきました」


 フランベールは純心な笑顔を見せた。


「なあフラン。父さんは今地獄にいると思うか? 天国にいると思うか?」


「……そうですね。シュウゼ様はどちらがよいと思いますか?」


「父さんは魔王だ。若い頃は数えきれないほど悪さをしたそうだし、きっと地獄だろうな。それに父さんには地獄のほうが似合う」


「そうですね」


「でも。人間の俺を拾って育ててくれた。それからは悪さとお酒を控えたって言ってた」


「…………」


 フランベールはただ静かに、シュウゼの語りに耳を傾ける。


「俺は父さんからたくさんのことを教わった。暗黒魔法の使い方。身を守るための戦い方。生きていくための考え方。男としての信念。俺は父さんに育ててもらわなかったら死んでいた。父さんは尊いことをしたんだ」


 シュウゼの脳裏に父の言葉がよぎる。


 ――いいか。どんな悪人も、生まれた瞬間はみな善人予備軍だ。そいつを善人に仕上げるか悪人に育てるかはすべて環境が決める。許されねぇことをした奴には正義の鉄槌が必要だが、そいつには善人になれたかもしれない未来があったことを忘れるな。――


「父さんは俺を善人に育ててくれたし、俺が見てきた父さんは悪い奴じゃなかった。だから生きた期間の全部を考慮してくれるなら、父さんの心だけは天国にいてほしいんだ」


「ふふ。私もそう思いますよ」


 淀みのない笑みでシュウゼを見つめるフランベール。

 彼女も肯定してくれたことがシュウゼには嬉しかった。


「変な話をしてしまったな。もうすぐ町だ。それ、着とけよ」


 シュウゼはフランベールが手に持つ白い外套を示して言った。


「あ、はい!」


 人前では天使の翼を隠すための外套だ。

 変に騒ぎになってもよくないとシュウゼが用意したものだった。



 * * *



 シュウゼとフランベールは町の酒場に来ていた。

 がやがやとした話し声と酒臭さが飛び交う店内。

 落ち着いた町だけあって、乱暴な人間はいなかった。


 シュウゼは店の話し声に耳を澄ませた。

 その中に一つ、気になる会話があった。


「例の神官様、また国の税金で事業を起こしたってよ」


「国民が必死に働いて納めた税をわけの分からないことに使うのはやめてほしいぜ」


「その話、ちょっと詳しく聞かせてくれないか」


 シュウゼは男たちが会話しているところに割り込んでいった。フランベールもそっと近くの椅子に座る。


「なんだ兄ちゃん見ない顔だな。そっちの嬢ちゃんも」


「最近引っ越してきたんだ。それで、さっきの話は?」


「気になるのか? いいぜ話してやるよ」


 酔っ払った男たちは口から酒の臭いを撒きながら、ある国の神官の話をした。


「ここから東に行ったところにパンザという国がある。そこは国全体で女神様を信仰する文化があって、国には神官様が何人も仕えている」


「パンザといえば、魔物の侵攻もないし、治安もいいしで住みやすい都市で有名だ。女神様を信仰する宗教に入れさせられるけどな」


「だが、最近のパンザはおかしいって噂を聞く。国民から巻き上げた金を女神様の彫像をいくつも造る費用に充てたり、神官様のお給金を上げるのに使ったり……そんな話をよく聞くようになったんだ」


「もちろん、それがすべて悪いとは思わねぇ。そういう国だ。だが黒い金の噂もあって、最近じゃ信者もだんだん減ってきてるみたいだぜ」


「ありがとう。フラン、行ってみよう」


「は、はい」


 シュウゼはすぐに立ち上がった。

 不穏な臭いのするところ、行かずにはいられないのだ。

 国に闇が潜んでいるかもしれない。

 その直感を頼りに、シュウゼはフランベールを連れて店を出た。

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