第6話 砂の味*



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### **第六話 砂の味**


カツン、と食器が擦れる音だけが、やけに大きく響く食卓だった。

正は、濡れた作業着のまま定位置に座り、無言で箸を取った。和子も、夫に促されるようにしてその向かいに座る。


一つだけ、席が空いていた。

いつもあづさが座る場所だ。そこには、彼女が好きだった猫柄の箸置きと、まだ使われていない綺麗な箸が、主の帰りを待つように静かに置かれている。二人とも、その席に視線をさまよわせないよう、必死に目の前の皿に集中していた。


正は、冷めてしまった焼き魚に箸をつけ、骨も気にせず、ただ顎を上下に動かした。いつもなら「この塩加減が絶妙やな」「和子の作る飯が一番美味い」と笑う男が、今は一切の表情を消した顔で、喉の奥へと魚を流し込んでいく。


不意に、正が箸を置いた。


「……スマンな」


ぽつりと、絞り出すような声が漏れた。


「いつもなら、世界で一番美味いお前の手料理やのに…。今日は、味もなんも、せぇへんわ」


その言葉に、和子の目から、こらえていた涙が一筋、すうっと頬を伝った。しかし彼女はそれを拭うこともせず、静かに首を横に振った。


「ええよ」


その声は、驚くほど穏やかだった。


「ええんよ、父ちゃん。今は、それでええ。……とにかく、食べな。食べな、あかん」


和子も、自分の茶碗に盛られた白米を一口、口に含んだ。

しょっぱい味がした。涙のせいなのか、米の味なのか、もう分からなかった。

そして、もう一口。

空っぽになった娘の席を決して見ないように、ただ、咀嚼を続けた。

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