鳥籠に巣食う
優涼 雪
第1話
「お前とはセックスしないから。」
二十歳。今まで付き合ってきた人の数はおおよそ三十七人程。
そして今は、三十八人目の恋人に、性行為の拒絶をされている最中だ。
「え?なんで?」
彼は筋金入りの坊ちゃんだ。おそらく、下品のげの字も知らないのだろう。
分かっていて、なぜかと尋ねた。
ただ単純に、そういうこと自体が嫌いであって欲しくて。俺とするのが嫌なわけじゃないと、言って欲しくて。
「お前とセックスとか無理。」
その淡い期待を、
黒根は驚きのあまり、無意識のうちに呼吸を止めていた。
しばらくして、パンッと、白鳥が本を閉じた。
その音で我に帰り、黒根は、白鳥にバレないように静かに大きく息を吸い込んだ。
「白鳥、それは遠回しに俺のこと、生理的に無理って言ってるようなもんじゃない?」
恐る恐る、しかしそれが悟られないように言葉を放つ。
黒根は自分の胸中を人に見透かされるのがとても恐ろしいと感じる事が多々あった。
……白鳥には特に、だ。
なぜだか分からない。
自分がこの男のどこを好いているのかさえ、黒根にはハッキリと分からなかった。
「話が飛躍しすぎじゃないか?俺は別にお前とセックスするのが嫌なだけで、お前自体に嫌悪感はないよ。」
白鳥が、読み終えた本を机の上に置いて、それから黒根の顔をまじまじと見つめて言った。
…嘘は…、ないように見える。
しかし、そう言う事で、俺を納得させようとしているようには見える。
「なら何で俺と…」
言いかけて、黒根は首を横に振った。
「んや、分かった。じゃぁー、性行為は無しって事で。」
そう言って、白鳥の前に小指を出す。
白鳥は「ん。」と、一言だけ言って、黒根の小指に、自分の小指を絡めた。
白鳥春風と出会ったのは、大学一年生の時。
当時アルバイトで勤務していたカフェに、白鳥が客としてやって来たのが始まりだった。
白鳥は決まっていつも火曜日に来て、コーヒー一杯と、それにひとつ砂糖をつけるよう頼んできた。
火曜日といえば自分のパートの日だったから、好かれているのかと思っていたが案の定、そんな日々が数ヶ月も続いた頃に向こうから告白して来たのだ。
基本的に俺は人と一緒にいないと落ち着かなくて、(勿論それには性行為も含まれているけれど)とりあえず誰かと付き合っていないとダメなたちだったから、丁度その時恋人に振られたばかりだった俺は、二つ返事で承諾した。
付き合って分かったのは、最初にも言ったけど、白鳥が相当なお坊ちゃんだってことだ。
彼の家に一度だけ招かれた事があるけれど、そこら辺にあるラブホテルが小さく見えるくらいには大きい豪邸で、驚いたのを覚えてる。
その他にも、あいつの言動行動全てから、上品な感じがあって、時々物怖じしてしまう事が多々あった。
そう言う感覚のズレなどが、もしかしたら今回のような結果を生んだのかもしれない、とさえ思う。
俺のパートを把握して、毎週カフェに通っちゃうくらいだから、相当俺のこと好きなのかなって思ったんだけどな。
…いつから。いつから、俺と白鳥は違ったんだろう。
そこまで考えて、黒根は目の前にある空席を見つめた。
白鳥は本を読み終えると、「約束事がある」と言って、早々にカフェから出て行ってしまったのだった。
この、"カフェ"というのは、以前、黒根が働いていたところだ。名を「プティ・フォワイエ」という。
黒根の通う大学からも、白鳥の通う大学からも近いので、黒根がバイトを辞めてしまった後も、ここで二人落ち合う事がよくあった。
付き合った最初は良かった。ここで何度も話をした。楽しかったけれど、もしかしたら、それで分かってしまったのかもしれない。
付き合っている男が、散々他の男の陰茎を、その体で咥え込んできたということを。
汚らしくて、とてもじゃない前の男が入った穴に、同じように自分のものを挿れるなど無理だ、と。そう思ったのかも。
付き合ったらすぐに性行為に走る。俺はそう言う男で。でも、白鳥はお坊ちゃんだから、そう言うことはもう少し時間が経ってからと思ってすぐは伝えなかった。
付き合ってもう一年経つから持ちかけたのに、そもそも向こうには俺と性行為をする気がなかったらしい。
……なら。何で。何で俺と。
胸の中で湧いて出た疑問符を、黒根は一生懸命打ち消そうとして、残っていたコーヒーを飲み干した。
しかし、それが白鳥のものであったことに気がついて思わず顔を歪める。
あいつのコーヒー、砂糖足りないんだよなぁ。
「にっが。」
そのコーヒーの味が、まるで、白鳥の自分に対する冷めた気持ちのようで、黒根はたまらず、テーブルの上に常備されている、小さなスティックシュガーを口に流し込んだ。
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