第14話 褒め殺し

 何故か突然機嫌の悪くなったヨーコとトラックの中で気まずい空気を過ごしていると、ガンマが戻ってきた。


「すまん、いねーっす。ただ、外出した訳じゃないようなんで、もちっと待っててくれっす」


 そう言ってガンマは再び治療者を探しに出て行った。

 気まずい。だけど足捻挫してるし、トイレとか言って外に出るのも難しい。何とか話題を捻り出そう。


「ヨーコ、トイレとか大丈夫?」

「行きたいって言ったらどうするの? アナタ私のことトイレ連れて行ってくれるの?」


 地の底から響くような機嫌悪い声が返ってきた。俺もう泣きそう。

 

「か、片足けんけんすれば何とか……」

「そもそも男の人にトイレ連れて行って貰うなんて絶対嫌よ」

「そうスよね……差し出がましいことを申し上げてしまいました……」


 ……なんでこんな怒ってんスか!?

 俺は針のむしろ状態で治療者が来るのを待ちながらひたすら沈黙に耐えた。

 すると、ようやく来客があった。


 助手席のドアがノックされる。しかし、人の姿は見えない。

 もしや、体を透明にする情報体の能力を使用しているのか……?


「おい、開けろ」


 ドアの下の方から高い声がした。小柄なため窓から見えなかったようだ。

 俺はレバーを引いてドアを開ける。

 プラチナブロンドの美少年がそこに立っていた。

 年の頃は12歳ほど。まるで精巧な人形のように整った造形。

 その作り物のような顔に似合わない汚れたダボダボの白衣を羽織っている。お医者さんごっこかな?


「あ、こんにちは。あの……?」

「ガンマの客だろ、お前。来てやったぞ」


 ガンマの弟か何かか? 生意気な口ぶりだが美少年すぎるためか異様にサマになっている。悔しい。同じ人類なのにここまで造形が違うことってあるんだ。


「あー、ありがとう。でも今、俺達ケガしててさ。遊んであげられないんだ。治療者の人を待ってて……」

「カーッ」


 なんだこのわからず屋は、という感じで頭を掻き、オッサンのような声を漏らす少年。


「俺だよ。俺が治してやる」

「……へ?」

「へ、じゃない。チビで悪いが治すのは俺だ」


 なにぃ!? このお子様が治療者!?

 フリーズして動けない俺に、少年は再びやれやれ顔をした。


「あー、証拠見せてやるよ。――コール来い! ドープ!」


 少年の体から情報体が出現。

 ペストマスクをつけた男のような姿。両手が注射器のようになっている。


「まずは……そこの女からな」


 ドープ、と少年が呼んだ情報体が注射器の腕を伸ばし、太い針をヨーコの折れた足に差し込んだ。


「少し、痛むぞ」

「んっ……!」


 ヨーコが顔を歪める。俺は思わず少年に詰め寄った。


「おい! 本当に大丈夫なのか!?」

「触んな! ――潰れたり位置がズレたりした人体の組織を動かして元に戻しているんだ。痛むのは仕方ない。……情報体で他人の肉体を操作するのは集中力が必要なんだ、悪いが触らないでくれ」


 諭すような口調に気圧され、俺は少年から体を離した。

 ヨーコの足に目をやる。変な角度に曲がっていた足首などが元の位置に戻っていくのが見えた。


「うう……!」

「よく頑張ったな、これで終わりだ。しばらく痛みは残っているから、歩くのは明日からにしたほうがいい」


 そう言った少年の額には玉のような汗が浮かんでいる。俺は慌てて頭を下げた。


「す、すみませんでした! それと、ヨーコの足を治して頂いてありが……」

「礼はいい。次はお前だ」


 ドープの針が俺の胸に突き込まれた。情報体の針なので刺された感触はないが。

 すると、熱い何かが俺の体に流れ込んでくる。

 肩の傷と捻挫した足首が燃えるように熱くなってきた。


あつっ!」

「我慢しろ。女も我慢していただろう」

「――ッ」


 根性なしめ。――そう思われるのはイヤだ。

 俺は歯を食い縛って焼けるような熱に耐えた。


「あーっ! オヤジ! いつの間にいたんすか!?」


 ガンマの素っ頓狂な声。思わず顔を上げる。


「お前が俺を探してうろついてたって聞いたんでな。手間を省いてやった」

「アンタを探してキャンプ中回るハメになったあーしの身にもなってほしいっす! ――治療、ありがとっす」

「構わん。ホドには俺達も煮え湯を飲ませられていたからな。これで恩が返せるなら安いものだ」


 傷が癒えた。

 ドープは俺の体から針を抜くと、少年の中に戻っていく。


「ああ、自己紹介がまだだったな。……俺はオメガ。他者を治療できる情報体持ちで、ガンマの父親だ」


 ――ガンマがちっちゃいのは、遺伝だったのかー!




「ふむ、それでお前達はガンマのためにホドを倒してくれたというわけか」


 キャンプのテント内でガンマの父親、オメガと顔を突き合わせて話をした。

 ガンマがイェソドのために骨を折ってくれていたこと。

 ホドに襲われ身動きが取れなくなっていたこと、などだ。


「すまんな。本当ならそれは俺達の仕事だった。改めて礼を言う」


 そう言ってオメガは深々と頭を下げた。俺は慌てて首を振る。


「いえ! 先にイェソドを助けてくれたのはガンマですから、当然のことをしただけですよ」

「……最近はホドやその他のトライブだけじゃなく、教会までもがこの辺境に出張ってきて攻撃を仕掛けてくることが多くなった。イェソドには悪いと思っているが……自分たちのことで精一杯だったんだ。許してくれ」


 オメガは頭を上げない。尊大な口調だが偉ぶったところが全くない少年(ガンマの父親ってことは少年ではないのか?)に畏まられるとこっちも立つ瀬がない。


「頭を上げてください! イェソドのためにもやるべきことだったんで、貴方が謝るようなことじゃないです」


 オメガは顔を上げた。


「変わった少年だな……本来なら俺達トレーダーに恩を着せて物資を融通させるくらいのことはしてもいいはずだ」

「しませんよそんなこと! ギャングのやり口じゃないすか」


 オメガが、ふっと笑った。


「君、イェソドには昔から?」

「あ、いえ。昨日からっス。そういえば今日のスケジュールって超ハードだな……」


 椅子で起きてからアイン遺跡に行く道中で龍機兵に襲われ、遺跡でモンスターと情報体に襲われ、遺跡からの帰り道はマスクドコングに襲われ、メシ食ってホドを倒しに行って、怪我して今トレーダーのキャンプにいる。たった1日の間に1ヶ月分くらいのイベント起きてんぞ!


「そうか。――君のような男がいるのなら安心だ。これからは昔のようにイェソドとの取引を再開するようトレーダーのリーダーに打診しておく」

「オヤジ!?」

「トレーダーの人間の治療を一手に引き受けている俺の言う事だ、無碍にはされんだろう。――君達も疲れているはずだ、今日はウチに泊まっていくといい」


 なんかトントン拍子に話がまとまってってる感じがするけど、――何が起きてんの!?

 助けを求めるようにヨーコを見る。すると彼女は穏やかに笑った。


「貴方が、トレーダーの人達とイェソドのみんなの双方を救ったってことよ。すごいわ」


 なんかすっげぇ過剰に褒められてる。尻が浮きそう。


「俺よかヨーコのが頑張ってたろ。俺はディメンション・ゼロ頼りで……」

「いいえ。貴方の行動力と勇気がみんなを助けたのよ。誇って欲しいわ」


 ディメンション・ゼロ! 今だ!

 今こそお前が茶化して空気をブチ壊す時が来たぞ!

 はよこい! こんな時どんな顔していいかわからないの!

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