第15話 マイア・ハイイの男

「ああ!! はっ、ああ!!」


 夕食(もう大分深夜だが)をご馳走してくれるというオメガさんに案内され、トレーダーのキャンプにあるテントの一つに来た俺とヨーコ、それにガンマは、地面に敷いたシートの上であぐらをかいて食事を待っていた。……ところで重大な事実に気が付き、俺は奇声をあげた。


「な、何?」

「なんすか!? 敵襲っすか!? ――アモラルは警戒していない……ということはまさか、アンタの情報体はあーしのアモラルよりも高性能の索敵能力が……!」


 突如喚き出した俺を見てヨーコとガンマが警戒態勢に入った。……ごめん。別に敵とかじゃないんだ。


「い、いや……オメガさんに聞かなきゃいけないことがあるのを思い出してさ。それでちょっと」


 照れ臭そうに俺がそう言うと、ガンマの目が飛び出しそうになった。――怒りで。


「そんなこと!? そんなことであんなに騒いだんすか!? 一体何事かと思ったっすよ!」

「ごめんて! ……あ! オメガさん! ちょっといいッスか?」


 丁度食事を持ってテントに入ろうとしていたオメガさんはコバルトブルーの目を丸くして驚いた様子だ。

 だけど俺があまりにも必死な顔をしているのを見たからなのかはわからないが、俺に向かって軽く頷いて食事のお盆をヨーコ達の前に置き、こう言った。


「少しダイチくんと話してくる。先に食べててくれ」


 無駄に脅かされた怒りに震えるガンマと、戸惑った様子のヨーコをテントに残し、俺とオメガさんはトレーダーのキャンプの中を歩いた。

 オメガさんが先に口を開く。


「あの少女のことかな?」

「――ッ!!」


 見透かされていた。

 俺は気恥ずかしさを振り払うようにして、オメガさんの顔をまともに見た。


「はい。――もしかしてドープで治療した時に……?」

「ああ、すぐに分かったよ。彼女の体は無理な肉体改造でボロボロになっている。……恐らく、あと数年の……」

「やめてください」


 泣き声のような弱々しい声が出ると想像していたが、俺の口から出たのは全てを拒絶するような硬く冷たい声だった。

 オメガさんの整った美貌が歪む。


「すまないが……彼女に施された施術は恐らく、肉体――筋肉や骨組織そのもの――を弄るだけに留まっていない。肉体を構成する設計図、遺伝子情報までが書き換えられていると思われる。単に外傷を元のように治癒するだけの俺の情報体では――彼女は癒せない」


 オメガさんのあまりに辛そうな顔を見ているだけで、内容を聞くまでもなく結果はわかっていた。

 でも、だけど、それでも……ヨーコを治せる、という言葉が聞きたかった。


「俺のドープでは治せない、というのはもちろん、他の情報体でも無理だという意味ではない。もしかしたら……この砂漠のどこかにそんな情報体がいる可能性は残っている。……だが、他者の肉体、それも遺伝子情報までをも治療できる程の力を持った情報体の数は――あまりにも少ないだろう」

「……」


 唇を噛んで無力感に耐える俺の肩に、オメガさんが手を置いた。


「もし、君がどうしても諦められないのなら……。彼女の死の運命を乗り越えようと足掻くのならば。――教会の技術者を探すのがいいと思う」


 顔を上げる。オメガさんの透徹した視線がぶつかってくる。


「何もかも憶測ですまないが……恐らく彼女を施術したのは教会の技術者だ。失われた文明の科学技術を使い、彼女の肉体を強化したのだろう……その命と引き換えに」


 ――がぎぃっ!

 なんだ?

 ……ああ、食い縛った俺の歯が音を立てたのか。


「トライブの人間を実験体にして技術の向上を図る不届き者の集団が教会にいる、との噂を聞いたことがある。――そいつらの名は、マイア・ハイイ」

「マイア・ハイイ。――そいつらが」


 そいつらが。


「逸るなよ……ダイチくん。マイア・ハイイは教会の暗部だ。生半可な力で奴らに接触すれば――必ず死ぬ。それも、想像を絶するような惨たらしい死を迎えることになってな」

「は……い」


 語るべきことがなくなり、俺達はテントに戻った。


「ねえ、ダイチ! お肉よ! 私、お肉食べられるなんて久しぶり!」

「あ、ああ。美味そうだね」


 俺達の顔色を見て何かあったことを察したであろうヨーコは、努めて明るい表情を見せた。


「なあに、暗い顔して。……もしかして、ダイチ、お肉も食べられないなんて言うんじゃないでしょうね」

「いや、好きだよ」


 好きだ。……君のことが。


「ならもっと嬉しそうにしなさいよ。あっ! お茶もあるの! 私、こんな美味しい飲み物久しぶり!」


 にこにこしてお茶のカップを持ち上げるヨーコに、俺は泣き顔を見せないようにするのが精一杯だった。






 食事を終え、就寝することになった。

 俺は食事をしたテント、ガンマとヨーコは1台のトレーラーの中で寝かせてもらえることになった。


「少し、話せるかな」


 俺はそう言うと、ヨーコを夜の散歩に誘った。

 彼女は不思議そうに俺を見返すと、ゆっくり頷いた。


 キャンプの中を歩く。

 恐らくもう午前3時近い時間だ。人気はまるでなく、誰もが眠りの中にいるのであろう。静寂が俺達を包んだ。


「どうしたの?」


 沈黙に耐えきれなくなったようにヨーコが口を開いた。俺は頭の中で言葉をこねくり回す。


「ヨーコは……肉体を改造した時、寿命の話を事前に聞いていたの?」


 こねくり回した甲斐もなく、聞きたいことがそのまま口から出てきたことに自分で驚いた。

 ヨーコは寂しそうに笑っている。


「オメガさんに、私の体のこと相談してくれていたんだね」

「……ん」


 謝るべきか悩んでいると、


「私、イェソドの近くを教会の科学者の人が通るって噂を聞いて……どうして自分だけが情報体を操れないのかを尋ねてみようと思ったの」


 ヨーコが背中を向け、話を続ける。


「夜の砂漠の中を歩いて……大きな声で呼んだわ。科学者さーん、科学者さーん! ――って。バカみたいでしょ」


 彼女の声のトーンで、俺の返事を求めているわけではないことくらいわかる。だから黙っていた。


「そうしたら……男の人が現れたわ。そして私の手を取って、こう言ったわ。――君が何故他の人間と違うのかは私には分からない。だが、他の人間と同じようなことが出来るように体を変えることなら、出来るかも知れない。――そう言って私を車に連れて行ったの」


 吐き気がしてきた。


「車の中は……ラボ? っていうのかしら? ……色々な器具や機械が並んでいた。そこのベッドに私を寝かせ、優しく笑ってその人は」


 手のひらに鋭い痛み。

 拳を強く握りしめたせいで爪が突き刺さっている。


「きっとこれで全てが上手くいく。ヨーコ、君は私の子供なんだから……そう言われて初めて、その人が私のお父さんだってことに気が付いたわ」


 俺は動けない。息すらできない。


「起きると、手術は終わっていて……イェソドの自分の部屋に居たわ。全身が酷く疲れていて、それに節々に痛みがあった。これはきっと手術が上手くいった証拠なんだって……そう思ってお父さんを探したけれど、どこにも居なかった」


 胃の中で何かが暴れ回っている。それは酷い痛みを伴った。

 頭も痛い。まるで俺の中を、怒り狂った獣がそこら中を引っ掻き回しているようだ。


「机の上に置き手紙があったわ。それを開くと――ヨーコ。手術は成功だ。皆と同じ人生をこれで歩むがいい。例えそれが、20歳までは届かない人生だとしても。君は本望だろう? ――そう書いてあった」


 ヨーコは振り向いた。輝くような笑顔。

 だけど、その目からは涙がとめどなく流れている。


「そうだよねって、私、思った。何も役に立てないまま生きるより、誰かの役に立って早く死ぬほうがずっといい。だって……誰かの記憶に残れるもの」


 俺はヨーコを見ていられず、背を向けてテントに引き返した。


「辛いことを聞いて、ごめん」


 ヨーコの返事も聞かず駆け出した。

 テントに飛び込むと、寝床に頭から突っ込む。


 泣くかもしれないと思ったが、涙は一滴も出なかった。出るのはただ、うめき声だけ。

 涎を垂らして獣のように呻く俺の頭にあるのは、ただ一つのことだけだった。


 ヨーコの父親を見つけ出してヨーコの体を治させる。そして……その後……。

 

 その男に、死んだほうがマシだと思うほどの苦痛を与えてやる。

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