第9話 親睦会

 砂漠に10チームある部族トライブの一つ、イェソド。そのアジトは核シェルターのように地面の中を掘り広げて作られているようだ。

 

 ――地上の荒廃具合を見るに、もしかするとここは本当に核シェルターだったのかも知れない。核戦争が起きたことで地球はこんな砂漠だらけ、食べるものもロクに確保できないような過酷な世界に変容してしまったのだろうか。


 そもそもここは日本なのか? かつて、という形容詞が付くにしても、外を歩いた限りでは俺が過ごしたあの頃(体感としてはほんの2日前だけど)の街の面影はゼロ。電柱とか車とか電車の残骸、それに植物の一つも見当たらなかった。


「世紀末救世主が荒廃する世界で悪と戦うあのマンガ、大好きだったけど……まさか本当にあんな世界になっちゃうなんて」

「なにか言った?」


 長い黒髪を揺らしてイェソドのメンバー、ヨーコが振り返った。髪と同じく黒のぱっちりお目目がまともに俺の顔を射抜く。


「ごめん今、ゆわっしゃーってなってた」

「ブレインダウンローダー、本当に調子悪くなったのかな……」

「すまぬ。今のは多分伝わらないのが半分分かってて言ったわ」

「いじわる」


 ぐあっ! かわいい子に言われる「いじわる」はめちゃくちゃ心に刺さる! もう一回言って欲しい!


「グアァ! 美少女からイジワルって言われるのサイコー! ワンモアプリーズ! ……ってな顔してんナ。気持ち悪ぃゾ。ダイチ」

「かなり正確に当ててくんなよ!」


 俺の横に浮遊しながら茶々を入れてくるのは、ドクロの顔をし幽霊のように実体を持たないエネルギー体、ディメンション・ゼロだ。

 俺がコールドスリープされていたカプセルのあった部屋――そこに置かれた端末の中に封じられていたのを発見し、契約を結んだ。


 この世界の人々は、情報体と呼ばれるエネルギー体と契約を結んで異能を得ているとのことだ。


 しかしヨーコは情報体との契約ができず、代わりに肉体をバイオテクノロジーで強化している。――彼女の寿命と引き換えに。


 コールドスリープされていた俺を目覚めさせてくれ、更に暮らす場所まで与えてくれたヨーコには返しきれない恩がある。まずは仕事を覚えてヨーコの役に立ちたい。


「ナニ黙ってイロイロ考えてんだヨ、ダイチ。あらすじ風にこれまでのことでも振り返ってんのカ?」

「オメーもしかして俺の心読める!?」

「顔に出すぎなんだヨ」


 そんなに!? ヤベー、エロいこと考えてるときにバレたらどうしよう!


「配給所に着いたわ。食事を貰いましょう」


 ヨーコの声でくだらない思考から引き戻される。

 ドアを抜けると、テーブルと椅子が等間隔に置かれた広い部屋だった。食堂のように見える。

 

 部屋の中には5人ほどの人間がいる。戦闘要員だろうか、俺やヨーコと同じような黒いスキンスーツを来た男女が二人、青いツナギのような服を着て額にゴーグルを付けた少女が一人、派手な赤い色をしたスーツを来た栗色の髪の女性が一人、カウンターにエプロン姿の壮年男性が一人。


 赤いスーツの女性がこちらにやってくる。笑顔だがどこかトゲのある表情で。


「やほー。ヨーコちゃん。無事帰ってこれてよかったねえ」

「あ……う、は、はい」

「相変わらず挙動不審ね。……その子? 遺跡でコールドスリープされてた男の子っていうのは」


 女性はいつもと違い歯切れの悪いヨーコを見下すような目で見ると、次に俺に顔を向けた。

 コールドスリープから目覚めたばかりの時、ヨーコは情報体と契約できないからイェソドで軽んじられている、というようなことを言っていた。それでヨーコはイェソドの人に対して引け目を感じているのか?


「そっす。ダイチです。ヨーコさんにはすげぇ助けられてます」

「ふうん? ……役立たずなアナタでも起きたばっかりの人間には偉そうにできるもんね。よかったじゃない、自分より下ができて。下着でも洗わせる?」

「あ、え……」


 ヨーコは服の裾を握りしめて視線を彷徨わせている。俺は自分の目が吊り上がってくるのを意識した。


 ――よーしここは俺が代わりに親睦を深めるとするか。


「まあ仕方ないっすよ、ヨーコはまだ俺と同じくガキなんで。貴女みたいに経験豊富なベテランに早くなれるよう精進します」

「あら。礼儀正しいのね」

「そんなことないですよ。――貴女はもう30年くらいこのお仕事をなさってるんですか?」


 赤い服の女は服に負けないくらい顔面を紅潮させた。


「は、はあ!? あたしがそんなトシに見えるっての!?」

「いやあ、そこまでじゃないっすけど。あんまりエラそうなんでトシ食ってんのかなーって」


 ずばん! すさまじい勢いで頬をビンタされた。

 鼓膜破けたんじゃね? これ。


「ふざけんな! 気味悪い目付きのガキ……! クズ同士でいちゃついてろ!」


 赤い女が怒り肩で去り際に吐いた捨て台詞を、俺は片耳で聞いた。


「だ、ダイチ! 大丈夫!?」

「あんま頭きたからアドレナリン出まくりで全然痛くねえ。……ヤベーかな? アレ。ヨーコの立場まずくなっちゃう?」

「そんなのいいの! ……ごめんなさい、私、あの、どうしても萎縮しちゃって……」


 小さくなって俯き、目に涙を溜めて俺に謝るヨーコを見て、俺はもっと酷いことをあの女に言ってやればよかったと思った。


「エロいけど性格サイアクなネーちゃーーん! パンツ見せてくレーー!」

「だっ……! コラ! 騒ぐなよ!」


 床からぬっと顔を出したドクロフェイスが女に向かって叫ぶのをやめさせる。

 焦って顔を上げると、スキンスーツの二人が手を叩いて笑いながらこっちに来た。


「ひはははは……! オメーら面白ぇな!」

「ヨーコも。もっと言い返しなさいよ」


 短い黄土色の髪を逆立てた背の高い男の人。それに青い髪をボブカットにした女の人だ。


「あ、わ、私……その……」

「そんなおどおどしてっからつけ上がらせるんだって前から言ってんだろ。――おう小僧。ランディだ。よろしくな」


 俺は頼れる兄貴分だぜ、という雰囲気を全身から発散する男が手を差し出してきた。その手を握る。


「どうも、ランディ先輩。ダイチです。これからよろしくお願いします」

「そいつか? 遺跡で見つけた情報体ってのぁ」


 ランディが顎をしゃくる。

 ディメンション・ゼロがとぼけて自分の顔を指差した。


「はい。ディメンション・ゼロって言います」

「ほー、自発的な行動が多いとこ見ると自律型っぽいな。――自律型はピーキーだぜ。お前に扱えるかな?」

「ピーキーな性能のやつを乗りこなすことにずっと憧れていました」


 ロボアニメとかで。

 それを聞いたランディが大笑い。


「そんなやついる!? いるかもな! ぎゃはははは! ……まあ頑張れや。死ななきゃそのうち俺とも仕事することもあんだろーよ」

「ほっぺた、真っ赤よ。後で手当てしたほうがいいかもね。じゃね」


 軽く会釈してくれるボブカットの女性と共に、ランディはまだ笑いながら食堂を出て行った。


「ダイチって……初めて話す人ともうまく喋れるのね」

「本当は割と人見知りな方なんだけどな。いきなり異世界転生ものみたいに世界が変わっちまったから、なんか開き直れてる」


 あと、さっきの女にブチ切れたせいで恐怖感が全くないからだと思う。ヨーコには言わないけど。


 カウンターに向かうと、無精ひげを生やしたエプロンの姿のおじさんが険しい顔でこちらを見返した。


「いきなりモメごとを起こすのは感心しない」

「すみません……ヨーコにケンカ売られて頭きちゃって……勝手に俺が横取りしちゃいました」


 地の底から響くような低い声。

 やっぱまずかったよなあ……と自省していると、


「だが、あそこで黙ってたらメシ抜きにしてた。……これからもヨーコと仲良くしてやってくれ」


 そう言っておじさんは食器のプレートに蟲とカロリーダンゴを山盛りにしてくれた。俺は必死に笑顔を作る。


「あ、ありがとうございます!」

「……ん。今日も蟲ばっかりですまんな。状況が改善されたら肉も出せると思うから頑張れ」


 プレートと水の入ったコップを貰ってテーブルに着いた。てんこ盛りの蟲を見て頬が引きつってしまう。

 

 ヨーコが隣に座った。よかった。

 離れたとこに座られたら立ち直れなくなるとこだった。


「今日も蟲だね……食べられそう?」

「く、食ったら結構美味いってのはわかったし、だ、大丈夫だよ。あのおじさんの気持ちも嬉しいし」


 ゴキブリっぽい虫に手を伸ばす。

 かじってみると、サクサクしてて香ばしい。エビっぽい。

 なんか昔のアニメ映画で、虫を食べてみたら意外に美味かったって言ってるヤツあった気がするなぁ――てなことを考えながらもう一匹つまんだ。


 俺は思ったより空腹だったらしい。手が止まらない。

 カロリーダンゴにもチャレンジ。初日に食べたものより柔らかく、かすかに甘みさえ感じる。

 しかし飲み込むと喉に張り付く――水を飲んで流し込む。

 驚いた。泥臭さが遥かに軽減されている。


「水とカロリーダンゴ、美味しくなってない?」


 ヨーコに聞いていると、彼女も目を見開いて食事の味に驚いているようだ。


「ほんと。水のろ過装置が直ったのかしら?」


 その言葉が聞こえたのか、ふっふっふという含み笑いをしながら青いツナギの女の子が近づいてきた。


「そーっす。あーしが新品のろ過装置を持ってきてやったんす」


 女の子はそう言って薄い胸を張った。


「ありがと、ガンマ。――でもウチに今そんなお金あったかしら……?」

「ツケといたっす」

「え!? いいの……? トレーダーのみんなから怒られてしまうんじゃない?」


 ガンマ、という少女はゴーグルをクイッとしながらヨーコに笑いかけた。


「言わなきゃわからんす。あの人達は在庫管理もロクにできないんすから。イェソドの人は他のトライブがやってくれない小型モンスター退治をしてくれたりとか、遺跡で見つけたモノを優先的にあーし達に卸してくれるから好きっす。持ちつ持たれつっす」


 にっ、と笑うガンマ。俺はこの男気のある少女がいっぺんで好きになった。


「あ、ありがとうな。水とダンゴ、すごい美味しいよ」

「おー。噂になってるっすよ、コールドスリープ人間。めっちゃ昔からずーっと寝てたんじゃないかって」

「とんでもないネボスケみたいに言われてるな」


 そう言って軽く流されると、この状況も大したことではないという風に思えてきてなんだか救われる。

 そんな感慨に耽っていると、心配そうな顔でヨーコがガンマの手を取った。


「危なくなかった? 今、ホドがウチの縄張りを荒らしてて……」

「居たっすよ、コングのアホが。商品奪おうとしてきたからこっち逃げてきたっす。ランディさんが守ってくれて助かったっす」


 あっけらかん、と言ってのけるガンマ。

 ヨーコの顔色がさっと青ざめた。


「だ、だからトレーダーの皆と一緒においでっていつも言ってるじゃない!」

「いやー、あの人達は今のイェソドに来たがらないっすから……恩知らずな奴らっすよ本当に」


 まったく、とガンマは腕を組んだ。

 なんとなく現在のイェソドの状況が見えてきた気がする。


 イェソドはホドというトライブから度々縄張りを荒らされている。

 そのため食料事情や物流が悪化し、イェソドの人間はピリピリムード。

 そこへやってきたコールドスリープ人間。イリーナは俺を叩き売ろうと思ったが、ヨーコはあまりに俺が気の毒で憐れになり、俺のことをメンバーに推薦する運びとなったわけだ。


「こりゃ、イリーナやボスの態度もムリねえよな……」


 なんでこんな切羽詰まった時に得体の知れない人間の面倒見なきゃならないわけ? ――冷たいように思えた態度の理由はそれだったのだ。決してあの人達が悪いわけじゃない。

 そんな中、必死に守ってくれたヨーコには頭が上がらない。一生お仕えさせてくださいマジで。


「それじゃ、危なくて帰れないわね……しばらくこっちにいるの?」

「んー、実はそろそろトレーダーのキャンプに戻らないとまずいんすよね……。車1台勝手に乗ってきちゃってるんで。バレたら怒られちゃうっす」


 いひひ。と笑うガンマだが、あまり顔色が良くない。

 『怒られる』というのがどの程度のことだか俺にはわからないが……少なくともこの少女はかなりの恐怖を感じている。この過酷な世界のことだ、体罰くらい普通にあってもおかしくない。下手したら1週間くらいメシ抜きとか……。


「なあ、ヨーコ……。この子を助けてあげられないかな……」


 おもねるように聞いてみた。面倒をかけ続けている俺がモノを頼めるような立場ではないことはよくわかっている。

 だが、劣勢のイェソドのために骨を折ってくれる少女を見捨てたら、後味悪くて仕方ない。


「ダイチ」

「は、はい」


 真顔で見つめられた。俺は罵声が飛んでくるのに備えて体を強張らせる。


「ありがとう、そう言ってくれて。私も同じ気持ちよ。――よかったら貴方の力を貸してもらえる?」


 あまりの安堵感と熱い気持ちが込み上げてきて涙がにじんできた。横を向いて鼻を掻くフリをして目を拭う。


「あ、ああ! 好きなだけ使ってくれよ。俺の命はヨーコに借りてるモンなんだから」


 涙声にならないよう、なんとかカッコつけてそういった。


「貴方の命は貴方自身のもの。私に借りなんてないわ」

「いや! 俺はヨーコから返しきれない程の恩を……」

「あのー」


 なんだよ今いいとこなのに。

 ガンマがジト目でこちらを見ている。


「お熱いところ申し訳ないっすけど……なんか助けてくれる感じっすか?」

「あ、すまん。――俺たちで、ホドを追っ払えないかなと思ってさ」


 ガンマは疑わしそうに俺達を見返した。


「まあ、やってくれるってならありがたいっすけど……まずはどうやってやるつもりなのか聞くっす」

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