第8話 ディメンション・ゼロの帰還

 ズキズキする頭痛と戦いながらヨーコの案内でアジトに帰還する道中――砂の畝の傍らを歩く紫髪のイリーナを発見した。大声を張り上げて敵に見つからないよう、そっと近づきながら声をかける。


「て、テメェら……どうやって逃げてきた!?」

「悪ぃ、イリーナ。浮かれてバカやっちまった。――ディメンション・ゼロの能力で瞬間移動して逃げてきたんだよ」


 驚愕した表情のイリーナに頭を下げてそう言うと、彼女は何故か顔を歪めた。


「フカシこいてんじゃねーぞ。本当か?」

「え!? どうしてウソく必要があるんだよ! 本当だって!」


 ヨーコもさっき妙な顔をしてたが――瞬間移動ってなんか珍しいの? よくある能力のような気がしたが。


「情報体の能力ってのは基本的に、生物の力を――、あ――、なんかいい感じにするモンなんだよ」

「うん。 ……それがどうかした?」

「だからその、えー、……るせえボケナス!」

「なんで急にキレた!?」


 説明がうまくできず俺に当たるイリーナ。

 もっと言い返してやろうと思ったが、さっき特大のミスをしたばかりなので口をつぐむ。


「本当よ。戻ったらボスに報告しましょう」


 イリーナに向かって頷くヨーコ。イリーナが俺の傍らに浮かぶドクロ顔の情報体に目をやった。


「ああ、わかった」

「なんダヨ。オイラの力が信用できないってノ?」

「まあな」


 めっちゃ不審がられてる。仕方ない、またふっ飛ばされるのは嫌だが――。


「ディメンション・ゼロ。もう一回瞬間移動させてくれよ、今度は短い距離で。そしたらイリーナも信じるだろ」

「ムリだっち。オメー以外の生物を瞬間移動させんのは負担がかかんノ。立て続けにもう一回やったら脳みそ潰れっちまうカモな」


 負担がかかるって……あ。


「この妙な頭痛、ソレか!? 他人を瞬間移動させると俺に反動が来んの!?」

「オメー自身が飛ぶのにも反動自体は起きるゼ。だが他人やデカい質量のモンを飛ばすのは負担がダンチだ」


 代償あったのかよこの能力! 先に言え!

 ――いや、あの状況じゃ悠長に説明してる暇はなかったか。


「頭痛? ダイチ、大丈夫?」


 心配そうな顔をしたヨーコが俺の顔を覗き込む。俺は笑顔を返した。


「へーきへーき。昔インフルエンザかかったときなんか殴られてんじゃないかってくらいの頭痛したけど、こんくらいなんともないよ」

「いんふる? ……よくわからないけど、無理はしないでね」


 インフルエンザを知らないのか。もしかして未来では、人類はインフルエンザを克服したのか? 天然痘のように?

 まあそんなことはいいや。とりあえず帰って休みたい。




 アジトに戻ってきた。

 シェルターの入口のような見た目の灰色の建造物。

 目立たないようにしているのか、地上部分に出ている部分は小さく、遠目からでは発見できない。

 

 砂に埋もれるようにして鉄の両開きの隔壁扉がある。砂を掻き分けてその丸いドアハンドルを握った。


「あっちい!」

「太陽で焼かれてるからね。私が開けようか?」

「いや! お疲れでしょうし、足を引っ張り続けたわたくしめにお任せください!」


 スキンスーツの手袋越しでもハンドルがかなり熱い。こりゃ素手じゃヤケドするな。

 キイキイうるさく重いハンドルを必死に回すと、がこん、と解錠された音がした。

 ハンドルを引っ張る。ドアは軋んだが、数ミリしか浮かない。ドアの表面からほんの僅かに砂が流れた。


「はやく開けろタコ」

「そーダ! オイラをあんま待たせんじゃネーゾ! まあ別にオイラ勝手に通り抜けられるケドな!」

「う、うるせぇ今やってるだろ!」


 野次るイリーナとディメンション・ゼロへの怒りでフルパワーを発揮。地面に足を踏ん張り、全力でドアを引いた。

 ござあああ、と砂が扉から流れ落ち、ようやく扉が開いた。


「へー! へー! ひー!」

「なっさけねえな軟弱小僧がよ。それでもキンタマついてんのか?」

「フワーオ! キンタマだなんてお嬢ちゃんおゲヒーン! オイラドキドキワクワク! ドキワク!」

「るせえ! アンアースでブチのめすぞホネ野郎!」


 クソ重いドアを引いて手が痺れている。

 イリーナとディメンション・ゼロがドツキ漫才しているのを尻目に、肩で息をする俺はヨーコへ先を促した。

 ヨーコがハシゴを下っていった。俺もあとに続く。


 当然だが出発したときと変わらず殺風景な建物だ。

 空調など効いていないが、直射日光に晒されていないせいか、それとも地下だからなのかはわからないが地上より遥かに涼しい。


「あー、なんとか帰ってこれた……一時はどうなることかと思ったわ」

「色々ご迷惑をおかけして誠に申し訳……」

「いいの。――よく頑張ったわ」


 はんなりと笑み労ってくれるヨーコ。あやうく泣きそうになる。

 死ぬかと思った場面が何度もあった。自業自得な部分ばかりだった気もするが。


 背後で隔壁扉が閉まる音がした。ぱらぱらと砂が降ってくる。


「あ? 何入口で立ち止まってんだ。邪魔」


 げしっ。ハシゴを降りたイリーナが背中にケリを入れてくる。


「蹴んなよ! ――じゃあ、報告に行く?」

「ダイチ、少し休まなくて平気? 頭が痛いとかさっき言って……」

「あんま甘やかすな。増長すんぞ」


 心配してくれるヨーコと対照的に素っ気ないイリーナ。俺は自分と同じくらいの目線にあるイリーナの目を見返して、歯を剥き挑戦的な顔を作った。


「小姑がうるさいからさっさと報告しちゃおーぜ」


 もう一発ケリをもらった。今度は腹。




 ドアをノック。前回とは違い、ヨーコではなく俺がノックした。もう彼女の背中に隠れるのはやめようと思ったのだ。


「どうぞ」


 男の声が返ってきた。平坦な口調。


「失礼します」


 ドアを開ける。

 中に踏み入り、お辞儀をした。

 頭を上げると、軽く目を剥いたボスと視線が絡んだ。


「無事、戻ってこれたようだね」

「ヨーコとイリーナさんに頼りっきりでしたが。どうにか情報体と契約することに成功しました」


 目で促す。ディメンション・ゼロがひょっこり顔を出した。


「オイーっす。オイラ、ディメンション・ゼロちゃん。ナイストゥーミーチュー」

「すみません」


 真顔で謝り手を振って、ふざけた口を叩くディメンション・ゼロを追い払おうとした。だが何となくわかってはいたが情報体に人間は触れられないようだ。俺の手がディメンション・ゼロの着た服を通り抜けてしまう。


「ナイストゥーミーチュートゥー。ディメンション・ゼロさん」

「え!? ――あはは。き、気さくにご対応頂きありがとうございます……」


 真顔でそう返すボスにビックリ。長い金髪を弄るイケメンは泰然とした態度を崩さないままだ。さすが組織のトップ……。


「一応課題はこなしたと言っていいかと……ダイチをウチに入れてやってもいいかと思います」


 イリーナが前に出てボスに上申。彼女が敬語を使うと違和感がすごい。


「ふむ。勿論だ」

「ただ、一つ……ダイチが契約したこの情報体。ディメンション・ゼロですが――人間を瞬間移動させる能力を持っているとのことです」

「そうか」


 さっきあれほど瞬間移動能力は変わってる、みたいな話してた割にボスがあまり驚いていなくてショック。

 ――き、君があの!? 伝説の瞬間移動能力者!? ……てな感じで扱われるかと思ってウキウキしてたのに。


「「お、驚かないんですか?」」


 イリーナとヨーコが同時に驚愕してハモった。なんかかわいい。

 ボスは口元に手を当て咳払いすると、言葉を続けた。


「同化型ではないのだろう? そこまで戦力になるとは思えんな」


 金髪をくるくる指に巻きながら興味なさそうに言ってのけるボス。使えないな――そう言いたげな口ぶりに反感を覚えた。ヨーコとイリーナの立場を悪くしたくはないので黙ってるが。

 ただ、一つだけ聞いてみよう。


「瞬間移動能力って――珍しいんですか?」


 俺の言葉にボスが眉を上げた。めんどくさそう。


「情報体は一般的に生物の機能を強化エンハンスするものだ。身体能力や技術などをね。――その情報体は生物ではなく空間に干渉する力を持っているのだろう。珍しいといえば珍しい。だが、欲しい能力ではなかったな」

「そ、そうですか……」


 あー使えない。――そう言われ続けているようでかなり頭に来る。

 ところでイリーナの説明が異常にヘタだってことがよくわかった。


「よくわかりました。ありがとうございます。――あの、私はどんな仕事をすればよろしいので……?」

「考えておくよ。まさか君が無事契約して戻ってこれるとは思わなかったのでね……いや、すまない。しばらく休んでいてくれ。ヨーコやイリーナにこのアジトや組織のことを案内してもらうといい。――もう行きたまえ」


 そう言ってボスは手元の書類に目を落とした。

 俺は内心イラッとしながら頭を下げる。サラリーマンになった気分だ。実際そんなもんかもしれないが。


「それでは、失礼致します」


 俺達は釈然としない気分で部屋を出た。





「それじゃ、アジトを案内するわね。まずは、食事にしましょうか」


 そう言い、ヨーコは地下の薄暗い廊下を歩き出した。俺も後に続く。

 振り向いた――イリーナは背を向け、反対方向に歩いていってしまう。


「どこ行くんだ?」

「っせーな。あたしの勝手だろが」

「エロいネーちゃーーん! 後でオイラにお部屋を教えてくれよナ!」


 ディメンション・ゼロの大声にイリーナが憤怒の形相で睨みつけてくる。


「ぜってー教えねえ! 着いてきたら殺すぞ!」

「連れねーナ! ネーちゃーーん! 好きダー!」

「お、おいやめろって! いいからこっち来いっ!」


 戻ってきて情報体を繰り出して来そうなイリーナを背に俺達は駆け出した。





「そういえば、貴方……ダイチの名前を知っていたわよね?」


 イリーナの魔の手から逃れて歩いていると、不意にヨーコがディメンション・ゼロに振り向き質問を投げかけた。

 

 ――そうだ。コイツ――契約の時、俺が名乗る前から俺の名を知っていた。それは俺もお互い様だが。


「あー? オイラはなんでも知ってんだヨ」

「それで済む問題じゃないだろ。なんでだよ。……それにお前、契約前にパスワードとディメンション・ゼロって名前も俺の頭の中に仕込んだろ」


 ――ナマエだよ! オメーのナマエ! ヒュウガダイチって入れろ!


 ……そうだ、あの声。

 今考えればディメンション・ゼロの声のように思える。

 それに、俺も『ディメンション・ゼロ』という名を何故か自然に口にした。コイツが何かしたに違いない。


「えー? オイラ知らなーい。ワカんなーい」

「とぼけやがって……! ネタは挙がってんだよ!」


 頬を両方の指で突いてかわいこぶるガイコツには正直に話す気がなさそうだ。空中をくるくる回ってふざけている。


「うーん、情報体には変わった性格をしているものが多いから。無理に聞き出そうとしても無駄かもしれないわ」

「良かった……! ディメンション・ゼロだけがこんなキャラなんじゃなくて本当に良かった!」

「ここまで変わってるのは見たことないけれど……」

「上げて落とされた!」


 ヨーコの言葉にほっと一息。……の直後に地獄へ叩き落された。


「それとダイチ。パスワードはなんだったの? 結局」


 ヨーコが入力したパスワードが弾かれ(今思えばあの時情報体が突然出現したのはそのせいか?)、俺が入力したらディメンション・ゼロが現れたのが気になっているのだろう。


「俺の名前だよ。ただし、昔の言葉でね」


 ヨーコが入れたパスワード――俺の読めない単語――あれも『ヒュウガダイチ』を示していたのだろう。……現在使われる言葉で。

 パスワードは『ヒュウガダイチ』で間違いないが――実際にはローマ字で入れる必要があったのだ。

 『DAICHI HYUGA』。それがパスワード。

 俺の名を知り、ディメンション・ゼロを封じた端末のパスワードを俺の名に設定した旧世界の人物がいる。

 恐らくそいつが、封印前のディメンション・ゼロに俺の名を教えたのだろう。目的が不明だが。


「そう……本当にダイチは私達の知らない時代から来たのね」

「改めて実感しちゃった? 色々と面白い文化を教えてあげるよ」


 映画とか(超有名なやつを数本見た程度だが)、マンガとか。あと、ゲームとかもある。

 ヨーコに伝えたい昔の面白いものが沢山ある。これからそんな話をいっぱいしたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る