第4話【誓いの回帰】

 王城の最奥、燦然と輝く《王冠の間》。


 幾千もの金細工に彩られた天井には、太陽神へ捧げられた巨大なステンドグラスが嵌め込まれていた。

 そこから差し込む夕陽が、まるで“黄金の雨”のように降り注ぎ、会場を眩く照らし出す。


 今日は、王国最大級の祝宴――《バンケット・オブ・サンライト》。

 長き戦争に終止符が打たれ、王国が“平和”を取り戻した日。

 将軍や騎士、そして功を挙げた貴族たちが讃えられ、王都は再び希望の光に包まれていた。


 音楽が流れ、絹の裾が軽やかに舞う。

 香水の甘やかな香りと笑い声が混ざり合い、宝石の反射が眩暈を誘うほどにきらめく。

 だが、その中心――ただ一人だけ、異質な光を放つ者がいた。


 淡く紫を帯びた銀髪。

 鋭く研ぎ澄まされた眼差し。

 纏うのは、華やかなドレスではない。王室騎士団の礼装。

 深藍のマントに身を包み、腰には実戦用の剣。

 そしてその足元にあるのは、舞踏会の靴ではなく、戦場を踏みしめてきた軍靴だった。


 ――ルミエール・イシュラウド。


 剣術の名門、イシュラウド公爵家の令嬢にして、“戦争を終わらせた女”。

 その名は、もはや英雄譚のように語られていた。

 ベロバニアの主戦力を、ただひとりで壊滅させた――

 それが事実であろうと、誇張であろうと、もはや誰も否定しなかった。


 「――イシュラウド卿、前へ」


 玉座から響く、王の声。

 その一言に、王冠の間はぴたりと静まり返る。


 ルミエールは一歩を踏み出した。

 場の空気が、自然と割れるように道を開く。

 称賛と畏怖の視線を浴びながら、彼女は静かに前へ進んだ。


 ステンドグラスを通した光が彼女の髪を照らし、銀が金に変わる。

 まるで天が、ルミエール・イシュラウドという存在を祝福しているかのように。


 (……これが、“回帰”の果て)


 胸の奥に沈めていた記憶が、ふと蘇る。

 あの“死”から、すべてが始まった。


 ――バレンタイン公爵家の牢獄。

 愛に飢え、嫉妬に囚われ、数々の罪を積み重ねた果ての報い。

 愛しいと思っていた男の手で、焼け焦げるように命を奪われたあの瞬間。


 血の味、鎖の重み、鉄の匂い。

 そして最後に見た、あの少年の金の瞳。


 (……あの人が、私を庇ってくれた)


 何の見返りもなく、ただ手を伸ばしてくれた白髪の少年。

 名も知らないその人の腕の中で、私は最期に“温もり”というものを知った。


 ――そして、目を覚ました時には。


 まだ六歳の、幼い自分へと戻っていた。


 (回帰……? やり直せというの、神様)


 けれど、その理由はすぐにわかった。

 私はもう、間違えないためにこの時間を与えられたのだと。


 その日から、私は生き方を180度変えた。

 淑女の嗜みも、優雅な微笑みも、すべて捨てた。

 代わりに選んだのは――剣。


 血で血を洗うような鍛錬の日々。

 傷だらけになっても、倒れるたびに立ち上がった。

 誰よりも冷たく、誰よりも強く在るために。


 「誰かに愛されたい」なんて願いは、もういらなかった。

 愛されて壊れるくらいなら、戦って生き残る方がいい。


 その結果、本来なら十八で戦死していたはずの父、エールド公爵は生き延びた。

 そして、歴史上避けられぬとされた戦争までも、私が終わらせた。


 ――それが、すべて。彼の死が導いた道。


 功績によって、私は王室直属三大騎士団の一角、“青薔薇騎士団”の団長となった。

 国に仕え、剣を捧げる日々。

 気づけば、人々は私を“英雄”と呼んでいた。


 (でも……私がここに立っているのは、誇りのためじゃない)


 ――どうしても、見つけ出さねばならない人がいる。


 あの日、私を庇い、命を落とした少年。

 白い髪と、金の瞳。

 その姿だけが、今も焼きついて離れない。


 彼を救えなかった後悔を、私は回帰してからずっと背負ってきた。

 幾度の戦いの中でも、その記憶だけは決して霞まなかった。


 (もう一度……会いたい。恩を返したい)


 それだけのために、私は生きている。

 この剣を振るうのも、王に忠誠を誓うのも――すべて、彼へ繋がる道だから。


 あの日、命を捧げてくれた彼を。

 どうしても、無駄にするわけにはいかなかった。


 それが、ルミエール・イシュラウドという女の、すべての原点だった。

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