第10話 モンド、失う
「こちらはいかがでしょう」
イーシャは黒に近い
だいぶゆったりとした作りで、フードも付いている。
「見たところは普通の
俺は布地を手で触り、確かめつつ言う。
「失礼いたします」
イーシャは短剣を取り出し、カウンターに広げられた
が、刃は通らなかった。
「なるほど、
「エス=オルの島々に住まう
イーシャは小さな金属の板を取り出した。
防御用の
「
「確かなのかい?」
「……触れてみてもよろしいか?」
後ろで見ていたシアが声をかけてきた。
イーシャが
「どうぞ」
シアが
「確かに、防護の魔法がかけられている」
「貰うよ、
シアに
帝国内で魔法の資質を持つものはごく
かくいう俺も、魔法の資質はまったく無し、ゼロだった。
「そうだ、シア、君も何か好きな武器を見繕っていくと良い」
「こちらのご婦人は?」
「ああ、えーと、私の妻だ」
「ふむ、奥方様は武器はお持ちではないようですな……とはいえ、技量の程を見せていただきたく」
イーシャは顎に手を当て、少しの間考える。
「そうですな、この紙を切っていただきましょう」
イーシャはカウンターの下から一枚の薄手の紙を取り出した。
「私がこの紙を宙に投げます、それを」
宙に浮く紙を切るのは中々に難しい。
「お断りいたします」
「……なんと?」
イーシャの片眉が上がる。
「無論、多少の剣の心得はございます、我が君の為であれば、遠慮なくそれを振るいもしましょう」
シアは一呼吸置いて話し続ける。
「なれど、わたくしの剣は人を切る剣、人の命を断つ
イーシャは呆気にとられた顔をしていたが、やがて、笑い出した。
「……これは、一本取られましたな」
「すみません、妻が生意気な物言いを……」
っていうか、まるで、生まれついての武人の妻ってな感じの喋り方だ。
いったいどこで覚えた、そんな喋り方。
「いや、こちらこそご無礼をお許しいただきたい……奥方様、何なりと、お好きな武器をお選びください」
シアは
「それでは、私の旦那様と同じ物を、もう一揃い」
「……ふむ、今日はもう、店じまいですな」
最後に剣帯の注文をした。
長剣を帯びるとなれば剣帯は必須だし、
剣を下げる位置や、
最後に支払いを済ませると、母から渡された革袋はだいぶ軽くなった。
宰相殿は、経費は出るとは言ってはいたが、とりあえずの支払いはしなければならない。
宰相殿に請求を回して貰う、というのも考えたが、最初の取引だ、信用を得るためにも、現金で先払いにした。
「武器はお持ち帰りになられますか?」
「いや、宰相公邸まで届けてくれ」
「承知いたしました、剣帯はお仕立てに二、三日をいただきますが、それ以外は今日中に」
支払いを済ませて部屋を出ようとした所で、一人の男が部屋に入ってきた。
デカい。
俺の今の身体も、この世界の平均的な身長からするとかなり長身の方だ。
が、その男は俺よりも頭一つ分デカかった。
イーシャが
「これはアーサー殿、いらっしゃいませ」
「――先客がいましたか、差し支えがあるようならば出直しますが」
アーサーと呼ばれた男、偉丈夫な見かけによらない、優しげな声と話し方だ。
「いえ、我々はもう済みました、もう帰る所ですのでお気遣いなく――では、よろしく頼むよ」
イーシャの店を出て、街を歩きながらシアに話しかける。
「まったく、肝が冷えたよ、どこで覚えたんだ? あんな物言い」
「これまで様々に姿を変え、あらゆる場所に忍び入ってきた、酒場の莫連女の喋り方だろうと、貴族の御令嬢の喋り方だろうと、いくらでも真似できる」
「だが、挑発的な物言いは相手を選べ、あの武器屋にはこれからも世話になる」
「……気を付けよう」
あれ? やけに素直だな。
その夜。
シアと俺は部屋で食事を終えた。
シアに先に入浴させ、俺はこれからの動きについて思案していた。
浴室のドアが開く気配に、俺は振り向きながら言う。
「随分と時間がかかったな、疲れているのなら先に寝てても――」
そこには一糸まとわぬ姿のシアが立っていた。
「腹は定まった、私の全てをお前に賭ける、私を抱け」
アニメ化とかする時、どうするんだ、これ。
「いやそんな急に、抱けって言われても」
俺の目前に迫りながらシアは言う。
「お前の妻なのだろう? 私は」
「いや確かにそうだけど」
「妻にする、とはそう言う事だろう? まさかそこまでは考えてなかったとでも?」
……うん。実は考えてなかった。
シアは後退りする俺をベッドに押し倒し、その口で俺の口をふさぐ。
窓から差し込む光で目を覚ました。
夢だったか、そう思いながら横を見る。
夢じゃなかった。
すぐ脇には、安らかな寝息を立てるシアの顔があった。
寝顔は普段よりも幼く見えるな、そんな事を考えているとシアが目を開けた。
シアが言う。
「初めてだったのだろう?」
「……わかった?」
繰り返しになるが、なにせ故郷では若い娘は少ないし、見かけたとしても、ちょっかいを出してる暇など無かった。
「わかったさ……私もだ」
「うそぉ」
思わず地が出てしまった。
「嘘ではない――知識としては、あれこれと教えられてはいたが、実際に
「それにしては、あまり痛がらなかったけど」
口にしてすぐ後悔した。
我ながら余計な事を。
「……痛い内には入らない、あれくらいは」
かもしれないな、シアの身体の、あちこちにある傷跡を見ながら俺は思った。
「ふふっ」
シアは小さく笑いを漏らす。
「前の夜はお前にしてやられた、だが昨夜は――私がお前をものにしたのだ、これから先、もしかしたら裏切られるかもしれない、見捨てられるかもしれない、それでも構わない、私はいつも、お前のここに残り続ける――最初の女とはそういうものだと聞いた」
言いながら、シアは俺の胸に手をあてる。
もしかして俺はまた、とんでもない選択をしてしまったのだろうか?
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