第9話 モンド、装備を整える

 イーシャと名乗ったその男はいかつい見た目にそぐわない、慇懃いんぎんで柔らかな物腰の男だった。

 イーシャ……。

 まてよ、イーシャ!?

 昔、母から聞いた事がある。

 帝都に店を構えていた伝説の武器屋。

 短剣から破城槌はじょうついまで、おおよそ武器や兵器の類なら何でも売ってくれる武器屋があったと。

 母から聞いた話だと、店主はかなり高齢となっている筈だが、代替りでもしたのだろうか。


「イーシャの武器屋、聞いた事がある……今でもやっていたんだな……」

 思わずそのまんまな感想が口をついて出てしまった。

「なにぶん平和な時代が続きましたもので……帝都の中で、このように剣呑けんのんな物を、あまり大っぴらに取り使うのもはばかられまして……今は信用のおける方々を相手に、細々ほそぼそあきないをさせていただいております」

 帝国も都市部では、それなりに厳しい武器の規制が有る。

 例えば、帝都の中では、庶民の帯剣しての外出は禁じられている。

 また、軍人や貴族であっても、職務以外での長柄の武器ポール・ウェポンの携行は禁じられていたりする。


「さて、クラウス卿のご紹介とあれば、申し分はございませんが、一つだけ条件がございます」

「なんだい?」

「お腰の物を、拝見させていただきたく」

 お腰の物とは、この場合、武器を意味する。

「なぜ?」

「武器屋たるもの、お客様の技量をある程度知っておくべき、というのが私共の信条でございまして」

 イーシャは笑顔を浮かべ、続ける。

「それには、今お使いになられている武器を拝見させていただくのが何より、というわけで」

「わかった、良いよ」


 俺は腰の後ろに挿していた黒い短剣を抜き、カウンターの上、イーシャの前に置いた。

 イーシャの顔色が変わる。

「これは……いや……まさか」

鉄喰らいフェルマンガント、そう呼ばれている、我が家に代々伝わる剣だ」

「……もしや、お客様はアンダルム家の!?」

「そう、内緒にしといてね」

「も、勿論でございます……よもやこの目で、間近に見ることが叶うとは」

 イーシャは興奮を抑えきれない様子で、口元を覆うマスクを付け、薄手の手袋をはめる。

 口元をマスクで覆うのは、おそらく息や唾が刃にかからないようにするための気遣いだろう。

「失礼いたします」

 イーシャは剣を抜き、剣を宙にかざして刃文を確かめる。

「おお……おお……」

 目を細めながら、声にならない声を漏らした。

 やがて剣を鞘に納めると、マスクを取り、剣をこちらへと返してきた。

「誠に……眼福の至りでございました」

 俺は返された剣を腰の後ろに戻す。

「ここ最近、幾人かお手に掛けられたようですが、その後の手入れも申し分ございませんな、くれぐれもさびにはお気を付けて」

 なるほど、大した目利めききだ。


「さて、この度は何をご所望で?」

「まずは長剣だな、片手で振れる程度で、装飾は無くて良い」

「ふむ……こちらはいかがでしょう」

 イーシャは背後に置かれていた中から、一振り選び出し、カウンターの上に置く。

「振ってみても良いかい?」

「どうぞ」

 俺は剣を手に取り、カウンターから離れる。

 部屋には十分な広さがあった。

 シアも部屋の隅へと下がる。

 剣を鞘から抜き、縦横に幾度か振ってみる。

 樋鳴ひなりの音――剣が空気を切る時の、独特の高い音――が部屋に響く。

 刀身にガタつきはない。

 重過ぎず軽過ぎず、まるで数年来振り続けて来たかのように手に馴染む。

 あんな簡単な注文で、これだけの物を出してくるとは。

 

「貰おう、同じのもう一振り、あるかい?」

「ございます」

 イーシャはもう一振り、カウンターの上に乗せた。

「あとは……投擲用の短剣スローイング・ナイフが欲しいな」

「短剣もございますが、このような物はいかがでしょう」

 イーシャはカウンターの上に数本の鉄の棒を並べる。

 手のひら程の長さのその鉄棒は、両端が鋭く尖っていた。

 時代劇に出てくる棒手裏剣というやつによく似ている。

手投げ矢スローイング・ボルトと呼ばれております……試しの的はあちらに」

 イーシャは部屋の反対側の隅を手で指し示す。

 そこには人の上半身型の的があった。

 俺は一本を手に取り、投げる。

 ドゥバに教わった投げ方だ。

 的に描かれた同心円の中央に突き刺さった。

「お見事、使い捨てになさるのであれば、短剣よりもこちらの方がよろしいかと」

「……貰おう、とりあえず二十本ほど」

「承知いたしました」

「あと何か、お勧めはあるかい?」

「これなどはいかがでしょう」

 イーシャはカウンターの上に、三日月のように湾曲した小刀ナイフを置く。

 そのやいばの部分は、鎌のように湾曲している。

 があるのは、湾曲の内側だけだ。

 握りの端グリップエンドは輪っかになっている。

 俺が元いた世界では、カランビットと呼ばれていたナイフだ。

「南方のさる部族から伝わったナイフでございます、彼の地では“月の鎌”と呼ばれているとか」

 実は既に知っている、使い方もドゥバから教わっていた。

 俺はカランビットを手に取り、握ってみる。

 一般的な短剣は親指側に刃が来るように握るが、カランビットは逆だ、小指側に刃が来るように握る。

 その際に、グリップエンドの輪に人差し指を入れる。

 そうすると、刃先は拳の方を向く。

 逆手持ちの湾曲した刃から繰り出される攻撃は、通常の短剣のそれとはかなり異なる変則的なものになる。

 ある程度、短剣の間合いを知っている者の方が、かえって距離感を狂わされる厄介なナイフだ。


「……もうひとつ、厄介な点がございましてな」

 俺はドゥバの言葉を思い出していた。

「なんだい?」

「傷が深く、大きくなりますじゃ」

 獣の爪のように大きく湾曲した刃による攻撃は、刺して、さらに斬り広げるものになる。

 達人になると、一呼吸の内に何度も同じ場所へ斬りつけ、平行した傷を作るという。

 そうなると傷を縫うのもままならない。

 こういう解説をする時のドゥバは、心底楽しげな笑みを浮かべる。

 

「貰おう、二つだ」

「ありがとうございます……あとはこちらなど如何でしょう」

 イーシャは小さな金属製の箱を取り出した。

 手のひらに収まる程の大きさだ。

「これは?」

「超小型のいしゆみでございます、強い発条ばねが中に仕込まれておりまして」

 イーシャは箱の四方を俺に見せる。

「この、二つ穴がある方が前方となります、矢は専用の物を使います」

 イーシャは、穴の一つに金属製の矢を差し込む。

 矢は先端が鋭く尖っていた。

 鉄の板に押し当てて、矢を完全に箱の中へと押し込んだ。

 カチリ、と箱から小さな音が聞こえた。

「あちらの的をご覧ください」

 さっき俺が手裏剣を投げた的を指し示すと、金属の箱をその的に向ける。

 箱の側面にある、小さな突起を押し込んだ。

 音も無く飛び出した矢は、的の中央に突き刺さった。

「良い発条ばねが使われております、伝え聞く所では、ドワーフの作と」

「……凄いな」

追加部品オプションもございます」

 イーシャは金属の部品がついた革の腕輪を取り出す。

 右の手首に腕輪を付けた。

「こちらの……この部分に弩を取り付けます」

 手首の内側にはレール状の部品があり、棒のような物も付いている。

 イーシャは棒の先端に弩を取り付けた。

 棒をスライドさせると、弩は手首の部分まで下がる。

「袖口の広い服を着ていれば、弩を手首の所に隠せます、そして――」

 イーシャは手首を返しながら、手を前に突き出す。

 手首から弩が飛び出し、イーシャの手の中に収まった。

 こういうの、映画で見たぞ。

 確か『タクシードライバー』だったっけ……。

「貰おう、追加部品オプションもだ、あと矢も十本」

「ありがとうございます」

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