第12話 玉座への凶報

ヴェルドラント帝国の首都ヴェルザリア。その中心に聳える皇帝の宮殿は、大陸の覇者の住まう場所として、圧倒的な威容を誇っていた。黒曜石と金で装飾された巨大な城門を抜けると、そこには広大な庭園と、天を突くかのような無数の尖塔が広がっている。宮殿の最も奥深く、玉座の間と呼ばれる広大なホールは、帝国の権威そのものを体現したかのような空間であった。


床には、深紅の絨毯が敷き詰められ、その上を歩く者の足音を吸収してしまう。天井は、ドーム状に高く、そこには帝国の建国神話を描いた壮大なフレスコ画が描かれている。壁には、歴代皇帝の肖像画と、彼らが戦いで用いたとされる伝説の武具が飾られていた。そして、部屋の最も奥、十段の階段を上った先に、巨大な玉座が鎮座していた。その玉座は、一体の巨大な竜の骨を削り出して作られたものであり、背もたれは竜の頭蓋骨、肘掛けは竜の牙を模している。その禍々しくも荘厳な玉座に、一人の男が深く身を沈めていた。


彼の名は、ゼルヴァス・フォン・ヴェルザリア。ヴェルドラント帝国第十三代皇帝である。齢六十を超えるその身体は、しかし、老人とは思えぬほどの筋骨に満ち、その体躯は歴戦の将軍すらも小さく見せるほどの威圧感を放っている。二メートルを超える巨躯は、玉座に座っていてもなお、その存在感を失わない。彼の顔には、長年の統治と戦いが刻んだ深い皺が走っているが、その赤い瞳は、今なお衰えを知らぬ炎のような輝きを宿していた。


玉座の間には、十数名の将軍たちが居並んでいた。彼らは皆、帝国の精鋭部隊を率いる歴戦の猛者たちであり、その全身からは、血と鉄の匂いが立ち上っているかのようであった。彼らは、皇帝の前で直立不動の姿勢を保ち、ただ静かに、報告者の言葉に耳を傾けていた。


玉座の前には、一人の兵士が片膝をついていた。彼は、エリシア公国からの緊急報告を携えて駆けつけた伝令であり、その鎧は泥と汗にまみれ、顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。


「……面を上げ、報告せよ」


ゼルヴァス皇帝の声は、地響きのように低く、玉座の間に響き渡った。その声には、一切の感情が乗っていないかのように聞こえたが、それがかえって兵士の緊張を極限まで高めた。


「はっ! 皇帝陛下にご報告申し上げます! エリシア公国領内にて、正体不明の『鉄の怪物』による大規模な襲撃が発生。先の報告にありましたシルヴァレンヌの街は、住民ごと消失し、廃墟と化したとの確たる情報を得ました!」


兵士の声は上ずり、震えていた。玉座のゼルヴァスは、眉一つ動かさなかった。属国の小さな街一つが消えたところで、帝国の趨勢に影響はない。しかし、兵士の報告はそこで終わらなかった。


「レオノーラ公爵は、事態を収拾すべく、公国に残された全兵力を結集し、討伐軍を編成。その数、民兵を中心に約六千。そして、公国が秘匿していた古の魔導傀儡『エテルノス』をも投入し、『怪物』の討伐に向かったとのことでございます」


この言葉に、玉座の間に控えていた数人の重臣たちの間に、微かな動揺が走った。エテルノス。その名は、古の伝承として知られていた。五十年前のエリシアでの「薔薇革命」の際にその力の一端を示したという、伝説のゴーレム。それが実在し、かつ実戦投入されたという事実は、彼らにとっても驚きであった。


「して、その結果は?」


ゼルヴァスが、低い声で促した。兵士は一度唾を飲み込み、意を決したように続けた。


「……討伐軍は、『鉄の怪物』――四本の脚を持つ、全長八メートルを超す個体が三機――とシルヴァレンヌ廃墟にて交戦。しかし、民兵、傭兵部隊は瞬く間に蹂躙され……魔導傀儡エテルノスも、三機を相手に奮戦したものの、突如として空より飛来した、これまでとは異なる、より巨大で禍々しい漆黒の『鋼鉄の巨人』によって、一方的に破壊された、とのことでございます!」


「何だと……? エテルノスが、破壊された、だと?」


玉座のゼルヴァスの赤い瞳が、初めて微かに見開かれた。その声には、驚きよりも、むしろ侮蔑と苛立ちに近い響きがあった。属国の切り札とはいえ、古の魔導兵器がそう易々と破壊されるとは。それは、エリシアの無力さを示すと同時に、その敵の異常なまでの力を示唆していた。


「漆黒の『鋼鉄の巨人』は、腕部より青白い光線を放ち、エテルノスの装甲を瞬時に蒸発させ、さらには味方であるはずの『四足の怪物』の一体をも同様に粉砕したと……。その戦闘能力は、尋常のものを遥かに超越しており、討伐軍は完全に壊滅。生き残ったのは、指揮官ジェルド騎士団長と二十騎の騎兵、そしてエテルノスを操っていた傀儡衛士団の魔法使い二十名のみ。彼らは命からがら戦場を離脱した模様です」


玉座の間の空気は、凍りついたように張り詰めた。エテルノスを赤子扱いする未知の兵器。それは、帝国の軍事常識をも揺るがしかねない脅威であった。


「さらに、報告によりますと……レオノーラ公爵は、これ以上の抵抗は無益と判断し、エリシオンの全住民、および公国各地の生存者に対し、我が帝国領への緊急避難を指示。現在、首都エリシオンは既にもぬけの殻であり、数万から、あるいは十数万に及ぶやもしれぬ避難民の列が、レオノーラ公爵と彼女に従う僅かな兵士に率いられ、我が帝国南東部の国境を目指して移動中とのことでございます」


兵士は、最後に震える声で付け加えた。


「そして……その避難民の列の上空には、四つの……黒い球体のような、奇妙な飛行物体が常に浮遊し、彼らを監視しているかのように追従している、と……。それらは攻撃こそしてこないものの、避難民に多大な恐怖を与えている、とのことです」


報告が終わると、玉座の間には再び重い沈黙が支配した。ゼルヴァス皇帝は、巨大な玉座に深く身を沈め、組んだ両腕の指先で、ゆっくりと肘掛けを叩いていた。その赤い瞳は、一点を凝視し、何を考えているのか、側近たちですら窺い知ることはできなかった。


エリシア公国の無力さに対する侮蔑か。属国が勝手に滅び、厄介な避難民を押し付けてくることへの怒りか。あるいは、エテルノスすらも容易く破壊する、未知の「鋼鉄の怪物」と、それを操る正体不明の勢力に対する、純粋な戦士としての興味か。


ややあって、ゼルヴァスはゆっくりと口を開いた。その声は、先ほどよりもさらに低く、威圧感を増していた。


「……フン。エリシアの小娘、国を捨てて逃げ出すとはな。だが、その判断は必ずしも間違いではあるまい。エテルノスとやらが、その程度で破壊されるのであれば、エリシアの兵力など、文字通り赤子の手をひねるようなもの。無駄な血を流すよりは賢明か」


その言葉には、エリシア公国とレオノーラへの明確な蔑みが含まれていた。しかし、彼の赤い瞳の奥には、それだけではない、別の光が宿っていた。


「して、その『鋼鉄の巨人』とやら……そして空を飛ぶ『黒い球体』。それは、一体何者だ? 魔法か? それとも、ザルティス連邦の連中がまた何か新しい玩具でも作り出したのか?」


彼は、傍らに控える第一王子ヴィクトルと、魔法師団長セリーナへと視線を向けた。ヴィクトルは、父の言葉に僅かに眉を動かし、その巨躯をわずかに前に乗り出した。二十三歳という若さでありながら、その体躯は既に父である皇帝を超え、全身から発する圧力は、歴戦の将軍たちをも凌駕するほどであった。彼の目には、新たな強敵の出現に対する、隠せない闘争心が燃え始めていた。セリーナは、冷静な表情を崩さなかったが、その青い瞳には深い思慮の色が浮かんでいた。


「いずれにせよ、だ」


ゼルヴァスは再び口を開き、その声は玉座の間全体に響き渡った。


「我が帝国の庭先で、得体の知れぬ輩が狼藉を働くのは許しがたい。そして、エリシアの民が国境に押し寄せてくるというのも、面倒なことだ」


彼は立ち上がり、その二メートルを超える巨躯は、玉座の間に圧倒的な威圧感を放った。


「ドラゴン騎士団長ガルザードと、魔獣部隊の指揮官を呼べ。国境警備隊は警戒レベルを最大限に引き上げ、エリシアからの避難民の流入に備えよ。ただし、無秩序な受け入れは許さん。一時的な避難区域を指定し、徹底的な管理下に置け。彼らは……あるいは何かの『情報』を持っているやもしれぬからな」


その言葉には、避難民を保護するというよりも、彼らを利用可能な資源、あるいは危険分子として扱うという、冷徹な計算が透けて見えた。


「そして、ヴィクトルよ」


皇帝は、息子である皇太子へと向き直った。


「お前も準備を怠るな。その『鋼鉄の巨人』とやらが、帝国の土を踏むようなことがあれば……その時は、お前の竜牙兵団の力、存分に見せてもらうことになるやもしれんぞ」


その赤い瞳は、まるで獲物を見つけた獣のように、ギラリと光っていた。エリシア公国の悲劇は、ヴェルドラント帝国にとって、新たな脅威の認識と、そしてあるいは新たな「狩り」の機会を意味していたのかもしれない。帝国の巨龍が、今まさにその重い瞼を上げようとしていた。






♢   ♢   ♢





玉座の間を満たしていた重苦しい沈黙は、皇帝ゼルヴァスの威厳ある一喝によって破られた。しかし、その後に続いたのは、さらなる謎と恐怖の深淵であった。エリシア公国からの伝令がもたらした凶報は、この大陸最強の帝国をもってしても、容易には受け入れがたい内容を含んでいたのである。


ややあって、玉座の間に控える側近の一人、古参の軍務卿である老貴族が、震える声で恐る恐る口を開いた。彼の名は、ゲオルグ・フォン・ベルンシュタイン。かつては勇猛な将軍として名を馳せた彼も、今や七十の坂を越え、その顔には深い皺が刻まれている。しかし、その瞳の奥には、長年の経験が培った洞察力が、まだ鈍く光っていた。


「へ、陛下……。かの『鋼鉄の怪物』、そしてエテルノスをも容易く打ち破ったという漆黒の『巨人』……あるいは、それは、いにしえより伝わる『暗黒領域』より来たりし魔族の眷属、あるいはそれに類するものではございませんでしょうか……?」


彼の声は、玉座の間の静寂の中で、不気味なほど大きく響いた。魔族。その言葉は、二百年前に大陸全土を恐怖のどん底に突き落とした大魔王戦争の記憶を、鮮明に呼び覚ます。玉座の間にいた将軍や大臣たちの顔に、一様に緊張の色が走った。魔族の再来は、すなわち、大陸全土を巻き込む新たな大戦の始まりを意味していた。


ゲオルグは、周囲の動揺を感じ取りながらも、言葉を続けた。彼の声には、自らの推測に対する確信と、しかし拭いきれない疑問が混じっていた。


「ただ……」


彼は一度言葉を切り、皇帝の反応を窺った。


「報告にあるような、全身が鋼鉄でできた魔物というのは、古の文献にも見当たらず……その点が、腑に落ちませぬが……」


暗黒領域の魔族。それは、アーレンシア大陸の多くの者にとって、混沌と破壊の象徴であった。もし彼らが再び活動を開始したのであれば、エリシア公国の悲劇は、大陸全土を覆う戦乱の序曲に過ぎないのかもしれない。玉座の間の空気は、さらに重く、冷たくなった。誰もが、その可能性を考え、そして恐怖した。


その重苦しい空気を破ったのは、玉座の傍らに静かに控えていた一人の女性であった。帝国魔法師団長、「氷刃のセリーナ」。彼女は、その名の通り、氷のように冷たく、そして刃のように鋭い知性を持つと噂される魔術師である。三十代半ばほどの見た目であるが、その青い瞳は、常人の一生を遥かに超える時を生きてきたかのような、深い叡智を湛えていた。彼女は、その冷たい瞳を老軍務卿に向け、静かに、しかしきっぱりとした口調で言った。


「恐れながら陛下、軍務卿。その可能性は低いものと判断いたします」


セリーナの言葉に、側近たちの視線が一斉に彼女へと集まった。彼女は、この玉座の間において、唯一、皇帝の威光に怯むことなく、自らの意見を述べることができる存在であった。


「エリシアの傀儡衛士団の生き残りからの報告、そして、かの地より微弱ながらもたらされた『怪物』の残骸(と呼べるかどうかも怪しい破片ですが)の魔力反応を分析した結果、いくつかの点で既知の魔族とは明確な差異が見られます」


彼女は、まるで講義でもするかのように、冷静にその理由を述べ始めた。


「第一に、エネルギーの質です。エリシアの者たちが感知した、あの『怪物』どもが用いる力、あるいはその動力源と思われるエネルギーは、我々が知るマナ粒子や、暗黒領域に満ちる負の魔力とは明らかに異質なものでした。報告によれば、それは純粋な『物理的破壊力』に特化しており、魔族特有の呪詛や精神汚染といった魔力的副次効果は確認されておりません。魔族ならば、より強烈な混沌のオーラや、魂を蝕むような邪悪な気配を伴うはずです」


セリーナは一度言葉を切り、玉座の皇帝の反応を窺った。ゼルヴァスは、無言のまま、赤い瞳で彼女を凝視している。その視線は、彼女の言葉の真偽を、そしてその奥にある意図までをも見抜こうとしているかのようであった。


セリーナは、その視線に臆することなく、言葉を続けた。


「第二に、その行動様式。魔族の侵攻は、より衝動的で、無秩序な破壊と殺戮を好む傾向にあります。しかし、エリシアでの『怪物』たちの行動は、報告によれば極めて組織的かつ効率的。目標(この場合は住民の拉致)を達成するための、冷徹なまでの計算に基づいた動きです。家屋の破壊にしても、無差別なものではなく、内部の人間を効率よく『回収』するための手段として行われているように見受けられます。上空を浮遊するという『黒い球体』による執拗な監視行動も、魔族の気まぐれな破壊衝動とは大きく異なります」


「そして第三に、その『鋼鉄』という材質です。軍務卿の仰る通り、全身が金属で構成された魔物というのは、極めて稀です。魔族が鎧を纏うことはあっても、その本体が金属そのものであるという例は、私の知る限り古代のゴーレム伝承程度。しかし、報告にある『怪物』たちの動きは、ゴーレムのような鈍重なものではなく、むしろ生物的な滑らかさすら感じさせるとのこと。これは、我々の理解を超える『技術』によって生み出された、全く新しい種類の『兵器』である可能性が高いと愚考いたします」


セリーナの理路整然とした分析に、玉座の間の側近たちは言葉を失った。魔族ではない。しかし、エテルノスを破壊するほどの力を持つ、未知の「機械兵器」。それは、彼らにとって魔族以上の恐怖をもたらす可能性があった。魔族であれば、その弱点も、戦い方も、二百年前の経験からある程度は分かっている。しかし、未知の敵に対しては、その全てが手探りとなる。


「機械人形、か……」


それまで黙って父とセリーナのやり取りを聞いていた皇太子ヴィクトルが、低い声で呟いた。その巨躯から放たれる威圧感が、わずかに増した。


「ザルティス連邦の連中が、秘密裏に何か途方もないものを開発したという線も考えられるのではないか? 奴らは蒸気と歯車で奇妙な玩具を作り出し、時にはそれが戦の役に立つこともある。あるいは、さらに進んだ技術を手に入れたとでも……」


ヴィクトルの言葉には、ザルティス連邦への不信感と、新たな強敵の出現に対する武人としての興奮が入り混じっていた。彼は、この未知の敵を打ち破ることで、自らの力を帝国に示すことができると考えていた。


しかし、セリーナは静かに首を横に振った。


「皇太子殿下。ザルティス連邦の技術レベルは、我が魔法師団も常に注視しております。彼らが持つ蒸気機関や初歩的な火器の技術では、エテルノスを一方的に破壊し、ましてや空を自在に飛翔する球体を操ることは不可能かと。もし仮に彼らがそのような技術を秘密裏に開発していたとすれば、それはもはや人間業の域を超えております」


玉座の間の議論は、袋小路に入り込もうとしていた。魔族ではない。ザルティス連邦でもない。ならば、一体何者が、エリシア公国であのような蛮行を?


沈黙を破ったのは、再び皇帝ゼルヴァスであった。彼の赤い瞳は、先ほどよりもさらに深く、暗い光をたたえていた。


「……魔族ではない、と。そして、ザルティスの小細工でもない、と。ならば、セリーナ、お前の見立てでは、あれは一体何者だというのだ?」


その問いに、玉座の間の全員が、息を呑んでセリーナの言葉を待った。彼女の答えが、帝国の未来を左右するかもしれない。


「恐れながら陛下、現段階では断定はできませぬ。しかし、可能性として考えられるのは……我々アーレンシア大陸のいずれの国家、いずれの種族にも属さぬ、全く未知の勢力。あるいは……」


セリーナは一瞬言葉をためらったが、意を決したように続けた。


「……あるいは、この星の『外』より飛来した存在、という可能性も、完全に否定することはできないかと」


「星の、外だと……?」


ゼルヴァスの眉が、初めて大きく動いた。その言葉は、彼の長年の経験と知識の範疇を、わずかに超えていた。星の外から来た存在。それは、吟遊詩人が歌う物語の中だけの話ではなかったのか。


「フン……馬鹿馬鹿しい。星の外だと? 物語でもあるまい」


ゼルヴァスは一度はセリーナの言葉を一笑に付そうとした。しかし、彼の赤い瞳の奥には、先の報告にあった「空飛ぶ黒い球体」のイメージが焼き付いていた。そして、エテルノスを赤子扱いしたという、漆黒の「鋼鉄の巨人」の圧倒的な力。それらは、確かにこの大陸の既知の脅威とは異質であった。


「だが」と皇帝は続けた。「何者であろうと、我がヴェルドラント帝国の威光を脅かす者は断じて許さん。セリーナ、お前の魔法師団に命じる。エリシアから持ち帰ったという『怪物』の破片、そしてあの『異質なエネルギー』とやらを徹底的に分析し、その正体と弱点を暴き出せ。いかなる手段を用いても構わん」


「はっ!」セリーナは深く頭を下げた。彼女の瞳には、未知の技術への探求心と、そして皇帝への絶対的な忠誠が燃えていた。


「ドラゴン騎士団長ガルザードには、既に伝令を出した。騎士団の一部を国境付近に展開させ、空からの警戒を厳とする。もし、あの『黒い球体』が我が領空を侵すようなことがあれば、躊躇なく撃ち落とせ。そして、もし、あの『鋼鉄の巨人』が再び姿を現し、我が帝国の土を踏むような愚行を犯すならば……」


皇帝は、玉座からゆっくりと立ち上がり、その巨躯を見せつけるように側近たちを見渡した。その赤い瞳は、まるで獲物を見据える竜のように、爛々と輝いていた。


「……ヴィクトルよ。その時は、お前の出番だ。お前の竜牙兵団を率い、我が帝国の力を、そして次期皇帝たるお前の武勇を、その正体不明の輩に骨の髄まで叩き込んでやれ。奴らが星の外から来たというのなら、星へ帰ることもできぬように、完膚なきまでに粉砕してくれるわ!」


皇帝の言葉は、絶対的な自信と、湧き上がる闘争心に満ちていた。エリシア公国の悲劇は、ヴェルドラント帝国にとって、未知なる強大な敵の出現を意味した。しかし、それは同時に、帝国の力を試し、その覇権をさらに強固なものにするための、新たな戦いの始まりを告げる狼煙でもあったのかもしれない。玉座の間には、不気味な静けさと共に、血の匂いを予感させる、新たな緊張感が満ち溢れていた。

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