双子の盗人

怠惰メロンソーダ

第1話

「うげェ、さっむ〜…」


「我慢しろ、兄貴。」


 貴族共がこぞって騒ぎ始める季節、冬。建物から建物へ飛び移りながら、俺達は城へ向かっていた。夜だというのに、やはり貴族共の街だからか、地上はどこもかしこもキラキラしてやがる。


「誰だよ行こうぜっつった奴はよォ!」


「お前だろうが。それと騒ぐな。」


「そうだった…」


「…」


 いつも兄貴に振り回されるので調子が狂うが、嫌なわけではなかった。楽しかった。


「ほら、見えてきたぞ。」


「マジで!?」


 向こうに一際デカい、やたらと豪華な城が見える。兄貴はそれに飛びついていくように、自作の道具で夜を駆けていく。


「おい、だから騒ぐな…!!」


「おい、早く着いてこいよ!!オレ、お前に見せたいモンがあんだよ!!」


「話聞けっての!!」


 負けじと俺も走り出すが、なんとか見失わないよう追うだけで精一杯である。やはり、兄貴には天性の盗人の才能があるのだ。結局、俺は彼に届かなかった。


「あっ、悪い!ゆっくり走るの忘れてた…」


「ハァ、ハァ…マジかよ…」


 しばらくして、兄貴が止まった時にやっと追いついた。が、息を整えるのに必死な俺に対し、彼は少しも疲れていない。


「ごめんな、次は絶対忘れねえから…」


「そうかよ…」


 全く、ふざけた男だ…


「!!」


 そう思った次の瞬間、俺は彼に手を掴まれていた。


「大丈夫か!?」


「あ……」


 下を見ると、足場ギリギリの所で止まっていた。 


「…だ、大丈夫だ。」


 どうやら俺は足を踏み外したらしかった。反応できなかった。だが兄貴はできていた。やはり兄貴は俺とは違う。


「そうか……」


 数秒間沈黙が続いた。


「…な、なあ。」


 だが、空気と手の温もりに耐えられなくなった俺が手を離し話題を切り出したことで、彼は明るい顔に戻った。


「さっきの『見せたいモン』って…」


「?…あ、そうだった!」


「忘れてたのか…?」


 困惑する俺を他所に、彼は楽しげに言う。


「景色見てみろよ!」 


「は?景色?」


「いいから!」


 肩を引き寄せられたのでしかたなく見ると…


「……」


「な?綺麗だろ?」


 そこに広がるのは、息を呑むほど美しい夜景だった。飾りつけられた王城や、これでもかと散りばめられた灯り、降りしきる純白の雪。そして、それらを包む夜空が、この世の何より美しく見えた。


「オレ、盗む宝も大好きだけどさ…こういう景色も好き。」


 「だから盗みはやめらんねェよ」と笑う彼の横顔は、俺には眩しい。


「いつもはこんな綺麗じゃねェけど…今日は食事会らしいからな。貴族共がワイワイしてやがる隙に頂こうぜ。」


「…ああ、そうだな。」


 俺は昔から、兄貴の楽しそうな様子が好きだ。兄貴となら、どこへだって行ける。何でもできる。兄貴は俺の憧れだから。俺と血を分け合ったから。だから…


「…好きだ。」


 だから、つい言ってしまった。


 「……あ」


 「?」


 直後、顔が真っ赤になったのが自分でも分かった。それくらい、熱くて堪らなかった。今は冬なのに。


「…オレも好きだぜ!」


 兄貴は多分分かっていなかった。



「よっしゃ、お宝ゲット!流石オレ達だぜ!」


 城からお目当ての宝を手に入れた後、兄貴は心底嬉しそうに駆けていく。


「……。」


「…だ、大丈夫!今度は置いてかねえから!」


俺は俯きながら『違えよ馬鹿』と、心の中で悪態をついていた。兄貴の奴、今日に限って『王妃の涙』なんて宝石盗んできやがって…。


(確か『初代王妃が王への求婚のために贈った』って言われてんだよな…)


「……。」 


「…?」


 そう考えていると、妙に落ち着いていないのがバレたのか、兄貴は突然足を止めた。


「兄貴…?」


 いつもの明るい様子とは違い、黙ってこちらに近づいてくる。


「お、おい…」


 話しかけても反応しない。それどころか、後ずさる俺を追い詰めるように距離を詰めてくる。


「!」


 遂に肩を掴まれたかと思えば、彼は少し苛立ったような顔をして、


 「気づかねェのか?」


と、囁くように聞いてきた。


 「……?」


 俺は答えることができず、ただ彼を見つめ返すだけだ。そんな俺に彼は苦笑した。


「…そんな可愛い真似をしないでくれよ。昔からお前はオレに弱いよな。」


 そして、妖しく笑ってこう言ったのだ。


「『オレ大好きだぜ』…ってことだよ。」


 あの時に兄貴からキスされた日から、俺は彼の女になってしまった。

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