第20話:水の反撃と、呪いの真名
美樹は、大黒柱から噴き出す異常な冷気により、手首に霜焼けのような赤みを負いながらも、すぐに電動ドライバーから手を離した。
「チッ…これ、単なる冷気じゃない。家の生命力よ!」美樹は叫び、バッグから冷やしていたペットボトルを取り出し、患部に押し当てた。
秋乃がすぐに茜に指示した。「あかね、早く!家の中の氷を!冷凍庫!」
茜は急いでキッチンへ走り、冷凍庫から氷を掴んで戻ってきた。秋乃は美樹の手首を処置しながら、大黒柱を見た。柱の表面の木目は、先ほどよりも濃い黒色を帯びており、まるで血が通っているかのように見えた。
「この家は、私たちが解体しようとすると、熱を奪って抵抗するんだわ」美樹は痛みに耐えながら言った。
「じゃあ、熱を与えればいいの?」茜が尋ねた。
「いや、違う。土屋悟のメモに、『ワダツミノオカミ』という言葉があった。海を司る神…水よ」美樹の目が、突然閃いた。「この呪いは、血や骨など乾いた生命体を核にしている。それを最も嫌うものは、水!」
美樹は立ち上がり、秋乃と茜を見た。
「茜、秋乃おばさん。悪いけど、洗面器と水を!柱の根元に、大量の水をかけるわ!」
「水を!?そんなことしたら、家が傷むわ!」秋乃が一瞬ためらった。
「家が傷むことを心配してる場合じゃありません!この家はもう、私たちを殺そうとしているんです!」美樹は強く訴えた。
秋乃は覚悟を決め、すぐに洗面器に水を満たして戻ってきた。
「水をかけるのは、柱の根元だけよ。基礎のコンクリートに染み込ませてある血の呪物を弱体化させる」
美樹は、光一が目を覚まさないよう細心の注意を払いながら、柱の根元に水をかけ始めた。
ジュー……
水が柱の根元にかかった瞬間、床下から蒸発したような、不快な湿気が立ち上った。そして、柱全体が微かに震動した。
「効いてる!柱の心臓が、水を拒絶している!」
美樹はさらに水をかけ続けた。水は柱とフローリングの隙間に吸い込まれ、床下へと流れ込んでいく。
柱の表面の黒い色が、ゆっくりと薄れ始めた。そして、冷気の噴出も止まった。
「今のうちよ!」美樹はすぐに電動ドライバーを握り直した。
「秋乃おばさん、柱を抑えて!茜はライトで手元を照らして!」
美樹は柱の根元のフローリングに、躊躇なく電動ドライバーを打ち込んだ。
ギュイイイィン!
ドリルの甲高い音がリビングに響き渡る。美樹は、呪物の核がある部分の床板を、円形に切り取るように作業を進めた。
切り取った床板をバールでこじ開けると、その下には、コンクリート基礎が露わになった。そのコンクリートの中心部分だけが、美樹が昨日ワイヤーで確認した通り、赤黒いセメントで特殊に塗り固められていた。
「これだわ。この赤黒いセメントの中に、土屋悟の血が染み込ませてある!」
美樹は再び鑿を持ち、赤黒いセメントに渾身の力を込めて打ち下ろした。
ガツン!
セメントが粉砕し、その内部から、人間の掌サイズの、乾燥した、黒い皮膚のような塊が飛び出した。それは、ミイラ化した土屋悟の皮膚の一部であり、美樹が確認した「血の呪物」の最終形態だった。
美樹がそれをピンセットで摘まみ上げた瞬間、家全体が大きく揺れた。
「地震!?」茜が叫んだ。
「違う!家の死の断末魔よ!」美樹は叫んだ。
リビングの蛍光灯が破裂し、家中が暗闇に包まれた。土屋悟の呪いの核、「心臓」が取り出されたのだ。
その暗闇の中、秋乃の背中から、倒れた光一が、か細い声で呟いた。
「…あ…く…あ…ち…」
光一の口から、もはや苦痛ではなく、**微かな「言葉」**が漏れ始めた。
美樹は、最後の呪物の核を取り出したことで、呪いの力が完全に消滅しつつあることを悟った。しかし、呪いの「設計図」に残された最後の謎、**『ワダツミノオカミ』**の真意だけが、美樹の頭の中で引っかかっていた。
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