第6話:来訪者と、霊感と理性の交差

翌日の昼過ぎ。光一が仕事、秋乃が自室に引きこもっているのを確認し、茜はこっそり玄関の鍵を開けた。


「ごめんね、無理言って」


入ってきた美樹は、昨夜電話で話したときとは違い、険しい表情をしていた。美人で常に冷静な美樹が、これほど警戒心を露わにしているのは初めて見た。


「大丈夫。お父さんには、急に休みになったから遊びに来たって伝えてある。お母さんにも会いに来たって」


美樹は持ってきた大きなバッグから、ノートパソコンと、巻かれた青焼きの図面を取り出した。


「時間が無い。まず、家の空気を確かめさせて」


美樹はバッグをリビングの隅に置くと、ゆっくりと家の中央に立った。そして、深く息を吸い込んだ。


「ねぇ、お姉ちゃん、何か感じる?」茜が囁いた。


美樹は黙って首を振った。だが、その顔はみるみるうちに青ざめていく。


「感じる。……すごく冷たい、重い空気。霊的なものとは少し違う。まるで、家自体が誰かの強い執着で塗り固められてるみたい。昨日、茜が言ってた『血の匂い』も、微かに残ってる」


美樹は言った。「でも、霊感はあくまで私の感覚。私たちは、もっと確固とした証拠を探す」


彼女はノートパソコンを立ち上げ、図面を広げた。そして、昨夜話に出た大黒柱の前に移動した。


「この柱よ。普通の柱とは違う特殊な木材が使われてる。そして、この柱の根元……」


美樹は設計図を指でなぞりながら、大黒柱の下の部分を指した。


「建築時の写真だと、この辺の基礎のコンクリートに、他の場所ではありえない補強材が入ってる記録がある。それも、急に、土屋悟が担当した部分だけ」


美樹はバッグから小さな工具を取り出し、大黒柱の足元を調べ始めた。


「土屋は、自分の体の一部を柱に埋め込んだ、と言ってたんでしょ?」


茜は震える声で尋ねた。


「ええ。もし彼が自分の爪や歯を埋め込んだなら、この柱か、あるいは基礎の中に隠している可能性が高い。そして、彼にとっての『完璧な家』なら、その呪物は家族が最も頼る場所、つまり家の中心にあるはず」


その時、美樹の指が、柱とフローリングの境目にある小さな隙間に触れた。


「ん?」


美樹は工具を使ってその隙間を広げようとした。すると、一筋の細い、黒いものが、隙間から這い出た。


それは、まるで生命を持っているかのように、ゆっくりと伸びてきた。


「キャッ!」茜は思わず声を上げた。


美樹はすぐにそれを工具の先で摘まみ上げた。それは、昨日茜がクローゼットで見たものと同じ、太く、異様に硬い、人の髪の毛だった。


「これ……!」


「やっぱり、仕込まれてる。それも、家の構造材の奥深くから出てきているわ」美樹は冷静だが、声は震えていた。


その瞬間、二人がいるリビングの上の階、つまり光一の書斎がある辺りから、ドン!という、何かが倒れるような大きな音が響いた。


二人は顔を見合わせた。


「お父さん…まだ帰ってないはずじゃ!」茜が青ざめた顔で言った。


「秋乃おばさんかもしれない!」美樹は反射的に言ったが、すぐに首を振った。「いや、違う。この音は、重いものが、強い力で床に叩きつけられた音よ!」


美樹は工具と髪の毛を急いでバッグにしまい、茜の手を引いた。


「行くわよ、茜。誰かがいる」


二人は息を潜め、音のした二階の書斎へと続く階段を駆け上がった。この家を支配する「悪意」が、ついに具体的な行動に出たことを予感しながら。

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