第二話

「最後の奴が換気扇消せって言ったろ」


「キヒョニヒョン昨日夜ホットク食ってたじゃないですかぁ」


「違いますけど?俺は消しましたけど?」


轟々と換気扇の回る音がする。どうりでいつにも増して寒いわけだった。


皿についたレトルトカレーを綺麗にスプーンですくうチャンギュナにため息をつきながらキヒョンがパイプ椅子を持ってきて俺の正面に座る。


「ウォノヒョン卒業式韓服なんだって、前撮り見た?」


「めちゃめちゃかっこよかったですよ」


「てかお前ら中にいるときくらいペディン脱げよ」


昨晩最後の頼みのエアコンにガタが来たらしく、ついに寮内には暖を取れる場所がなくなった。朝なんてジュホンがガスコンロに手をかざしてて。


「ミニョガは?」


「食堂に唐揚げ定食作りに行くって」


「なにそれ?」


「あの〜、米だけ買って学部生5人に一個ずつ唐揚げ貰ったら定食になるってやつ」


「最悪じゃん」


卒業を控えた4年は外に出ることが多く、考査前の寮内はガランとしていた。椅子を引いて立ち上がると木のフローリングがミシミシと鳴く


「今日も午後から面接かな」


「最近の大きいとこは、特待生でもない限りコネとかツテがないと厳しいらしいですね。」


チャンギュナの低い声が静かな食堂に響く。キヒョンは表情ひとつ変えずカチャカチャとカレーを集めていた。


「ミニョガ、成績いいのにな」


一言も正解の言葉が見つからなかった。今も、昨日の夜も。


「ヒョンウォナ棒立ちしてどうした?」


「ねえ、ここ床穴空いてる」


「ええ…?…昨日間伐材買いに行ったばっかりなんだけど…」


乾いた灰色の空からチラチラと雪が降り始めるのが見えた。床の隙間から入る冷たい風が裸足の指の間を抜けてジンジンと痛みに変わる。


「今日も天体観測ラーメンするんですかね」


「…なにそれ?」


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「チャンギュナぁ、彼女できたんでしょ」


「エッ?!俺聞いてないんだけど?!」


「なんでウォノヒョン知ってるんですか…」


寒。ウォノヒョンが極寒の中でラーメンを食べることを"天体観測ラーメン"と名付けてからというものそれが寮内で流行ってしまい、キャンプ椅子を7つも外に持ち出して顔痛い顔痛い言いながらラーメンをすするというイベントが毎週のことになってしまった。寒。中で食べたい。


「エロいな〜」


「なんでですかまだ何も言ってないですよ」


「チャンギュニはいきなりフェラとかさせるから」


「わはは、サイテー」

「まだ何も言ってないってば」


ジュホンが茶々を入れて駄弁りはどんどん下ネタに走る。ゲラゲラ笑いながらベンチコートを顔までぎゅっと上げると冷えきった鼻先がじんわり感覚を取り戻す。


「お!チゲ鍋登場だ!」


「わー!うまそー!」


キヒョニがレポート用紙を鍋掴み代わりにしてもくもく湯気を立てる鍋を運ぶ。やっぱ中で食べたほうがいいだろ、なんて思いながらこんな時間が好きだった。


「わあ、あれ」


「ん?」


「北斗七星かなぁ」


「キヒョニヒョン、雰囲気ぶち壊し」


「なんで?」


「今チャンギュニの体位の話してたんですよ!」


「だからまだ何も言ってないんですよ」


鍋を持ったままキヒョンが高い空を見上げて立ち止まる。マフラーから出た耳がもう真っ赤になっていた。


「ミニョガもういるかな」


「見てくるよ」


かじかむ手を擦りながら裏口から中に入る。寮内も外とそんなに変わらない寒さだった。手をグーパーして感覚を取り戻しながら長い廊下の電気をつける。


「ミニョガ、おかえり」


「あ…、!、うん」


「…なにそれ?」


ミニョクがガサガサと小さな紙袋を慌てて隠す。窓から抜ける風が雑にベッドにかけられたハンガーをカラカラと揺らした。


「風邪?」


「う、ん。朝起きたらなんか喉痛くて、なんか中ヤバいほど寒くない?エアコン壊れたかな」


「うん、壊れた」


ギターは相変わらず埃をかぶったままだった。練習なんてほんとは、する暇もないんだろう


「みんな何してたの?天体観測ラーメン?」


「うん、今から」


「僕も食べにいこーっと」


ミニョクがカーテンレールにかかったベンチコートを引っ張って早くいこ〜なんてスマホをそそくさとポケットに突っ込む。


「ミニョガ、」


「え、なに?」


「ほんとに風邪の薬?」


「…」


外から明るい笑い声が聞こえる。なのにどうしてここは、俺たちの部屋には、こんなに音も色もないんだろう。


「なんでそんな聞くの〜、そうだよ」


ミニョクのコホッという小さな咳が乾いた空気中に響く。部屋の窓を閉めて鍵をかけると底深い紺色の空を無数の星がキラキラと照らしていた。


「ミニョクの目みたい」


つづく


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