星のメリーゴーランド

ドアラ

第一話



「あ〜さっぱり〜〜!……寒っ」


男クサイ大学寮、寄宿費は毎月3000円。安くて有難いけれど廊下のデカい業務用エアコンの温風は各部屋にはほとんど届かない。


「さっきジュホナ大部屋で反省文書いてたけどどうしたの?」


「あ〜、女連れこんだの。今期3回目だって」


「若いねえ」


寮の門限は11時で他人を連れ込むのは禁止。健全な大学生なら守れない方がまともだった。


「ギター、弾かないの?」


「え?うーん そのうち」


ミニョクが頭をガシガシとタオルでこすりながらスマホに目をやる。練習する!と買ったきり埃臭くなったギターにはピックの代わりに笛とかネックレスとかが吊るされていた。


「あ、ヒョン」


「ショヌヒョ〜ン、ジュホナまた違う女?」


「あ?知らない。ベンチコート持ってるか?」


「ベンチコート着てなにすんの…?」


ショヌヒョンがてくてくと部屋に入ってきてもう色褪せたカーテンをペラっとめくる。2人して外を覗くと、ウォノヒョンが庭にバーベキュー用の椅子をよいしょよいしょと持ち出していた。


「ホソギが、星が綺麗だから、星見ながらラーメン食べたらおいしいからって」


「こんなクソ寒いのに…?」


ショヌヒョンがそんなに寒くないよとキョトンとする。冷たい風がガダガタと窓を揺らして、見上げた深い藍色の空には星が散らばっていた。


「一緒に食べるか?」


「僕はいいや…」


「…俺も」


星見ながら食べたら美味しいからって、ウォノヒョンぽいな。スマホを充電器に繋いで干したばかりの布団にゆっくり寝転がる。今日、寒…


「ヒョンウォナ」


「ん〜?」


「おめでとう内定」


「…」


俺とミニョクは同じ法学部で、ミニョクが毎日毎日面接を受けていたことも知っていた。俺が内定もらったところが、ミニョクの本命だったことも。


「ありがとう」


目を閉じてぐるっと布団を抱えると外からうるさい一年の声が聞こえる。ジュホンが反省文を書き終わって大部屋でジェンガでもしてるらしい。


「…ミニョガなにしてんの?」


気配を感じて振り向くとミニョクが布団を抱えて立っていた。


「寒いから一緒寝よ」


「ええ…狭いよ」


「狭くない、入れる」


「ん…よいしょっと」


「…………せま」


「わは、狭いんじゃん」


冷たい隙間風がついでにラーメンの匂いを運んでくる。お腹すいたな。


「ヒョンウォナ、僕」


「ん」


「300冊くらい読んだと思うんだよね、面接対策本。しかも内心は学部1位だって、ゼミの教授がお前なら狙えるーって、それで」


「うん」


「本とか、300冊くらい読んで…」


「うん」


「ごめん、何でもない」


視界が暗闇に慣れて天井の黒いシミがぼうっと浮かび上がる。昔ウォノヒョンが上で勝手に植物育て出したときに栄養剤が床に溶けてできたやつ。


「ミニョガなら大丈夫だよ」


「うん」


食堂でキヒョンが皿洗えって怒鳴ってて、部屋替えしたらカーペットの下からエロ本が出てきて趣味悪ってゲラゲラ笑って、大部屋から毎日男同士でラブジェンガする声が聞こえてきて、賭け麻雀して負けた奴が全員の寄宿費払って、庭掘ったら水出るんじゃないかって10mくらい掘って教授に怒られて


そんな何でもない、本当に何でもない毎日が、少しずつ離れていく。必死で繋ぎ止めて、現実から目を逸らす。ずっとこうして騒いでいられたら、幸せだよなぁ、


「僕もっと頑張らなきゃ。ギターとか」


「ギター諦めてなかったの」


つづく

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