天才双子ゲーマーの爛れた共依存は加速する。~陽キャな人気配信者(姉)とクールな世界ランカー(妹)の激甘いちゃラブ同棲生活~
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イチャラブ編
第1話 半身(あなた)がいなければ息もできない
デジタルの光が氾濫する部屋のただ中で、天塚日向(あまつか ひなた)は世界の中心だった。
三枚のモニターが彼女の白い肌を照らし、その瞳にめまぐるしく変わる戦場の景色を映し込んでいる。その表情は、まさに太陽。ころころと楽しそうに笑い、驚き、悔しがり、そのすべてが数万人の視聴者を熱狂の渦に叩き込んでいた。
『ひなちゃんねる』。それが彼女の世界の名前。
「わわっ! ちょっと待って、そこから来るのは聞いてないって!」
悲鳴じみた声とは裏腹に、彼女の指は神がかった速度でキーボードの上を舞う。画面の中のアバターが華麗なステップで敵の弾丸を回避し、カウンターの閃光が一人の敵を撃ち抜いた。画面右に流れるコメントの滝が、一瞬、爆発的な速度で加速する。
>`神回避きたああああ`
>`今の見てから避けられるの人間じゃないw`
>`ひなちゃんの「聞いてない」は勝つときのフラグ`
>`てぇてぇ`
「ふっふーん、見た? 今の! これがトップストリーマーの実力なんだからね!」
得意げに胸を張る日向の背後から、ふわりと心地よいバリトンボイスが響いた。ただし、温度は限りなくゼロに近い。
「ひな。右翼、二人来てる」
「! つき、ナイス!」
声の主、天塚月乃(あまつか つきの)の姿はカメラには映っていない。しかし、その存在は『ひなちゃんねる』の視聴者にとっては周知の事実。日向の双子の妹にして、氷の女王(Ice Queen)の異名を持つ世界最高のプロゲーマー。姉の配信に、時折こうして「天の声」として降臨するのだ。
月乃の的確な指示を受け、日向は冷静に、しかし楽しそうに敵を迎え撃つ。鮮やかなヘッドショットが二つ、立て続けに決まった。
>`妹様きたああああああ`
>`ツンデレサポート助かる`
>`この声聞くために見てる`
>`姉妹てぇてぇ!`
「もー、つきったら、見ててくれるならもっと早く言ってよー」
「……見てないと、ひなはすぐ油断するから」
「むぅ。でも、つきのおかげで勝てた! みんな、今日のMVPは妹のつきちゃんに決定でーす!」
日向がカメラに向かって満面の笑みでピースサインをすると、コメント欄は祝福と賞賛の嵐に埋め尽くされた。
数万の人間が、この姉妹が織りなす空間に熱狂し、喝采を送っている。だが日向にとって、そんなものはどうでもよかった。たった一人、隣にいる半身が自分を見てくれている。その事実だけが、彼女を満たす全てだった。
「じゃあ、今日の配信はここまで! みんな、おつひなー!」
最後の挨拶を終え、配信終了のボタンをクリックする。
その瞬間、日向の全身からふっと力が抜けた。数万人を魅了した太陽の輝きは急速に色を失い、まるで電池が切れた人形のように、彼女は椅子の上でぐったりとする。
モニターに映っていた鮮やかなゲーム画面は暗転し、代わりに映り込んだのは、抜け殻のようになった自分の顔。虚ろな瞳が、急速に何かを求め始める。
足りない。圧倒的に、足りない。
「……つき」
か細い声で、半身の名を呼ぶ。
くるり、とオフィスチェアが回転する。今まで日向の背後のソファで静かに本を読んでいた月乃が、その硝子玉のような瞳で、姉を射抜くように見つめていた。感情の読めない、静謐な瞳。しかし日向には、その奥に揺らめく独占欲の色がはっきりと見えた。
「ん」
短い返事。それだけで十分だった。
日向は吸い寄せられるように椅子から滑り落ち、四つん這いで月乃の足元ににじり寄る。そして、何も言わずにその膝に顔をうずめた。
「…………すぅー……はぁー……」
深く、深く、息を吸う。
月乃が愛用している柔軟剤の、清潔で少しだけ甘い香り。彼女自身の肌から発せられる、落ち着いたミルクのような匂い。それらが混じり合った、世界で一番安心する香りを肺の奥まで満たす。
急速に枯渇していたエネルギーが、じわりと全身に染み渡っていく感覚。画面の向こうの数万人に振りまいた笑顔や元気は、すべてこの瞬間のために消費される、ただの燃料に過ぎない。
「……充電」
くぐもった声で呟くと、月乃の冷たい指が、ゆっくりと日向の髪を梳き始めた。その手つきは驚くほど優しく、壊れ物を扱うかのようだ。
「お疲れ、ひな。今日の配信も、可愛かった」
「ん……。でも、頑張ったから……もう、からっぽ……」
「知ってる。だからこうしてる」
月乃の膝の上で、日向は猫のようにごろりと喉を鳴らした。これが彼女たちの儀式。日向は配信でエネルギーを放出し、月乃からそれを補充する。月乃は、日向が自分だけを求めて甘えるこの時間を、何よりも愛していた。
「ねぇ、つき」
「なに」
「もっと……もっと、つきの匂いしないと、死んじゃう……」
悪戯っぽく、しかし本心からそう強請る。月乃は小さくため息をついたように見えたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「……欲しがり。じゃあ、こっち来て」
「うん!」
月乃が少し腰を浮かせると、日向は待ってましたとばかりにその細い腰に腕を回し、ソファによじ登る。そして、当然のように月乃の膝の上に向かい合う形で座り込み、その首筋に顔を埋めた。
ここが特等席。心臓の真上で、月乃の匂いが最も濃く感じられる場所。
「んん……つきの匂い……落ち着く……」
「……ひなは、犬か何かなの」
「つき専用のわんこですー。ご主人様、もっと撫でてくれないと、寂しくて死んじゃいます」
「はいはい。仕方ないな、私のかわいいわんこは」
呆れたような口調とは裏腹に、月乃の腕は力強く日向の身体を抱きしめていた。片方の手は背中を優しく撫で、もう片方の手は相変わらず慈しむように髪を梳いている。
日向は目を閉じ、その感触と温もりと匂いに全身を委ねた。
ああ、満たされる。
乾ききった大地に水が染み込むように、月乃という存在が、日向のすべてを潤していく。
これが、私たちの日常。これが、私たちの完璧な世界。
誰にも邪魔させない、二人だけの楽園。
---
次の日、同じマンションの別の部屋では、まったく質の違う静寂が支配していた。
防音壁に囲まれた、月乃専用のゲーミングルーム。そこにいる彼女は、先ほどまで日向を甘やかしていた少女の面影を完全に消し去り、まさしく『氷の女王』としてディスプレイと対峙していた。
画面には、日向がプレイしていたものとは比較にならないほど複雑で、一瞬の判断ミスが死に直結するプロレベルのFPSゲームが映し出されている。海外の強豪チームとの非公式練習試合、通称スクリム。チャット欄には英語が飛び交い、ボイスチャットからは仲間たちの切羽詰まった声が聞こえてくる。
しかし、月乃はヘッドセットを装着していなかった。
彼女の耳に届いているのは、部屋の隅に置かれたサブモニターから流れる、録画された日向の配信アーカイブだけだ。
『みんな、やっほー! 今日のひなは、つきのエナドリを拝借してきたから元気100倍だよー!』
楽しそうな姉の声。屈託のない笑い声。
それが、月乃にとって最高のブースターだった。
カタカタ、と控えめな打鍵音が響く。月乃の指の動きは最小限で、無駄が一切ない。しかし、その結果として画面内で起こる事象は、常人には理解不能な領域に達していた。
敵が物陰から顔を出す0.1秒前、彼女のクロスヘアは既にその頭の位置を正確に捉えている。人間離れした反射速度と予測能力。彼女の前に、敵はただ薙ぎ倒されるだけのオブジェクトと化していた。
完璧なプレイ。完璧な勝利。
チームメイトからの賞賛のチャットが流れるが、月乃の瞳は揺らがない。
彼女はただ、サブモニターに映る日向の笑顔を見つめていた。
(……見てるよ、ひな)
心の中で、姉にだけ語りかける。
(ひなが見てるから、私は最強でいられる。あなたの声が、あなたの笑顔が、私の五感を研ぎ澄ませる。あなたが隣にいない世界で戦うことなんて、私には想像すらできない)
彼女のモニターの端には、常に日向のライブ配信画面が表示されている。リアルタイムの時もあれば、アーカイブの時もある。重要なのは、常に日向の存在を「観測」し続けること。姉の陽気な声が、戦場の喧騒を程よいノイズキャンセリングのように遮断し、月乃の集中力を極限まで高めてくれるのだ。
世界最強のプロゲーマーを形作る最後のピース。それは、世界で一番愛する姉の存在そのものだった。
スクリムが終わり、短い休憩時間。月乃はマウスから手を離すと、すっと立ち上がり、静かに部屋を出た。
向かう先は、もちろん一つしかない。
リビングに戻ると、日向はソファの上で丸くなり、すうすうと穏やかな寝息を立てていた。充電が完了し、安心して眠ってしまったらしい。その無防備な寝顔は、数万人の前で見せる太陽の笑顔とはまた違う、月乃だけが知っている甘やかな表情だった。
月乃は音を立てずに隣に座り、その眠りを邪魔しないように、そっとブランケットを掛けてやる。
そして、その柔らかな髪に、吸い込まれるように顔を寄せた。
日向が自分の匂いを求めるように、月乃もまた、日向の匂いを求めている。
太陽の光をたっぷり浴びたような、明るくて甘い香り。日向が使うシャンプーやボディソープの香り。それらが混じり合った、月乃の心を鎮める唯一の香り。
しばらくその香りを堪能していると、日向が「ん……」と身じろぎ、寝ぼけ眼で月乃を見上げた。
「……つき? おかえり」
「……ただいま。起こした?」
「ううん……つきが来たの、わかったから」
そう言って、日向は眠そうに腕を伸ばし、月乃の首に絡みつけてくる。
月乃は抵抗せず、その小さな身体を抱き寄せた。温かい体温が、じんわりと伝わってくる。
「ひな、お風呂は」
「……つきと一緒じゃないと、やだ……」
「わかってる。一緒に入るよ」
「ん……じゃあ、もうちょっとだけ、こうしてて……」
甘えきった声。月乃はそのすべてを受け入れる。
この腕の中に日向がいる。この温もりを感じられる。この匂いを嗅ぐことができる。
それだけで、月乃の世界は完璧に満たされていた。
---
その夜。
同じシャンプーの香りをさせた二人は、キングサイズのベッドの中にいた。
シーツの海に沈む、二つの同じようで少し違う身体。どちらからともなく互いを求め、ぴったりと肌を寄せ合う。
日向は、月乃の胸に耳を当てていた。
とくん、とくん、と響く、静かで規則正しい心音。
これが、日向にとって最高の子守唄。妹が、自分の半身が、すぐ隣で生きている証。この音を聞いていないと、不安で眠ることすらできない。
「……つきの心臓の音、好き」
「……そう」
「生きてるって感じがするから。ちゃんと、ここにいるんだって……」
「私は、ここにしかいない。ひなの隣以外に、私の居場所はない」
月乃は、日向の髪に顔を埋めていた。
日向の匂いを吸い込む。日向の体温を感じる。そして、腕の中で微かに聞こえる、姉の穏やかな寝息。
これが、月乃にとって唯一の安息。この腕の中に日向を閉じ込めていないと、世界がいつ壊れてしまうか分からなくて、不安でたまらなくなる。
「ねぇ、つき」
「……なに」
「明日も、明後日も、10年後も、死ぬときも……ずっと、こうして一緒にいようね」
それは、祈りにも似た、絶対の約束。
月乃は、日向の背中に回した腕に、僅かに力を込めた。
「当たり前。ひなは
離れるなんて、選択肢は存在しない。
もし神様が、運命が、世界の誰かが、私たち二人を引き裂こうとするのなら。
「ひながいない世界なら、いらない」
月乃の静かな、しかし絶対的な意志を込めた言葉に、日向は満足そうに微笑んだ。
そして、どちらからともなく唇を寄せ、おやすみのキスを交わす。
それは誰に見せるためのものでもない、二人だけの世界の、二人だけの真実。
この完璧な日常が、永遠に続けばいい。
心の底からそう願う日向の意識は、半身の心音に包まれながら、ゆっくりと心地よい眠りの底へと沈んでいった。
その夜、二人は同じ夢を見ていた。
どこまでも広がる、二人以外の誰もいない世界の夢を。
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