13.「政治経済小説」ヴァージョン

 祐樹はその日も、ファミレスで原稿を書いていた。

 家にいると、テレビを点けてしまったり、ゲームをしたりしてしまうので、それらを断つ為、彼は原稿を書く時は、ファミレスで書くと決めている。


「よし、今日はこんなものかな。」

 祐樹はノートパソコンを前に、満足そうにつぶやいた。

 原稿といっても、別に彼はプロの作家や小説家というわけではない。

 あくまでアマチュアであり、現在、プロの作家を目指して、公募新人賞に応募したり、webサイトに作品を掲載したりしている。


「多分、真相はこんな感じだろう。」

 今回書いたのは、実際にあった、とある汚職事件を元にしたミステリーだ。

 大手百貨店を舞台にしたこの事件は、担当者の自殺という衝撃的な展開により、真相は闇に中になってしまった。

 しかも、自殺騒ぎが起こったのは、このファミレスの近くだったらしい。

 その事件を脚色した上で、祐樹が創作した真相を描くという意欲作である。

 犯人は百貨店の常務であり、しかも政治界まで巻き込んだ、壮大な裏があるというストーリーである。


「今回は人気が出てくれるといいんだけどなぁ……」

 祐樹が独り言をつぶやいた、その時だった。


「結構、面白いと思ったよ、私は。」

 不意に背後から声が飛んできた。


「えっ!?」

 祐樹が振り向くと、制服姿の女の子が椅子越しにこちらを覗いていた。

 どうやら、後ろの席からこっそり読まれていたらしい。


「もしかして、ずっと見てた?」

「うん、割と最初のほうから。」

「嘘だろ!?」

 webサイトに投稿したりはしているが、リアルで書いているものを読まれるのは初めてだ。


「マジかよ、恥ずかしい……」

 祐樹は顔が赤く染まるのが、自分でもわかった。


「そんなに恥ずかしがることないよ。少なくとも、私は面白いと思ったから。」

 女の子はそう言うと、席からぴょんと立ち上がり、そのまま祐樹の横を歩いていく。


「あっ、私の名前は真理愛。また会おーね。」

 立ち去り際にそう名乗り、真理愛はファミレスから出て行った。


「……何だったんだ。」

 その様を、祐樹は赤面したまま、呆然と見送ることしかできなかった。




 翌日。

 祐樹は昨日と同じファミレスの同じ席でノートパソコンを開いていた。

 だが、頭の中は昨日の真理愛という少女のことでいっぱいで、肝心の文章は一行も書けていない。


「流石に、2日連続では来ないよなぁ。」

 諦めがちにつぶやいた、その時であった。


「あっ、昨日の作家さんだ。」

 聞き覚えのある声が、突然背後から飛んできた。

 見れば、いつの間に現れたのか、後ろの席に真理愛が座って、こちらを向いていた。


「あ、き、昨日の、ま、真理愛、ちゃん?」

 祐樹は思い切りどもりながら、返事にならない返事をした。

 そんな挙動不審な様子を気にする素振りもなく、真理愛はこちらへ身を乗り出してきた。


「昨日、帰ってから先生と相談したんだけどさ。」

「せ、先生?」

「うん。あなたの作品、凄く興味深いから、一度事務所に連れてきてくれないかって言われたの。」

「じ、事務所?」

 その一言で、祐樹の胸が一気に高鳴った。

 まさか、この真理愛という少女は、出版関係の人なのか。

 しかも、先生とは、高名な小説家のことではないか。

 だとしたらこれは、またとないチャンスかもしれない。


「今から、事務所まで来れる?」

 真理愛が小首を傾げながら尋ねてきた。


「も、もちろん!行けます!」

 祐樹は興奮気味に答えた。

 すると、真理愛は満足そうにニッコリと笑った。

「じゃあ、今から行こっか。」




 ファミレスを出た祐樹は、真理愛に連れられるまま、車が多い通りを抜けて、裏路地に入った。

 そこには、小さな雑居ビルがあった。

「ここに、事務所が?」

「うん、こちらへどーぞ。」

 真理愛が相変わらずニコニコしながら、祐樹を中へ誘導していく。

 始めこそ、嬉しさで興奮していた祐樹だったが、ここへ来て、少しばかり不安になってきた。

 考えてみれば、事務所の関係者なのに、制服姿の少女というのはおかしい気がする。

 しかも、連れて来られたのは小さな雑居ビルで、どう見ても出版に関係している事務所が入っているようには思えない。


「ここだよ。入って。」

 真理愛がビルの一室の扉を開けた。


 中は何も置いていない、殺風景な部屋だ。


「あの、ここは……?」

 祐樹が見回しながら尋ねると、真理愛がくるりとこちらを向いた。


「ダメだよぉ。事件の真相を、あんな形で公開しようなんて。」

「え?」

 祐樹には、真理愛が言っている意味がわからない。


「あなた、どうして常務や先生があの事件に関わってるって知ってるの?」

「えっと、何の話……?」

「惚けないで。あの小説に見せかけた告発文に全部書いてあったじゃない。しかも、web小説のサイトに公表するつもりだったんでしょ?」


 祐樹は初めて、己の推理力の高さと愚かさを同時に思い知った。

 “先生”とは小説家ではなく、政治家。

 事件の真相には、本当に政治や経済界の大物が関わっていたのだ。

 そして、そのあらましは、奇しくも自分が創作した通りだったのである。


「まさか、君は本当に政治家の差し金で……?」

 真理愛はニッコリと笑った。


「だから、あなたを処分するわ。」

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