第45話

 モーフィアス邸では、突然の来訪にもかかわらず、すんなり奥へと通された。


「ジェラルド様も、王太子殿下とウェリントン公をお待ち申し上げておりました」

「待っていた?」


 ウェリナの問いに、俺たちを先導するメイドは背中で「ええ」と答える。


「昨晩の騒動は、すでにジェラルド様の耳にも入っております。それで、いつでも公爵様の調査に応じられるよう待機しておられたようです」

「……なるほど」


 頷くウェリナの表情は硬い。

 今のメイドの話を信じるなら、モーフィアス家の当主ことジェラルドは、わりあい調査に協力的だといえる。ただ、それが擬装である可能性も捨てきれない。何にせよ、ジェラルドの人となりを知らない俺としては、現段階では何とも判断しようがなかった。


 モーフィアスの屋敷は、規模的にはウェリントン邸のそれと変わらない。

 ただ、何となく全体に鄙びた雰囲気が漂っている。埃にまみれた調度品。廊下に敷かれた絨毯も、人のよく通る真ん中だけが獣道のように擦り切れ、黒くくすんでいる。買い替えるだけの金もないのだろう。

 やがて中庭に出る。庭は、建物に輪をかけてひどい有様だった。

 伸び放題の草木。かつては満々と水を湛えていただろう噴水は、枯れて底があらわになっている。領地から戻ったばかりで手入れが行き届いていない? いやいや、たとえ屋敷の主が領地に戻っていたとして、留守中の屋敷は家令なりメイドによって保守管理がなされるはずだ。

 一体、この家に何が……?


「なぁウェリナ。どうなってんだ、この家」


 前を先導するメイドに聞こえないよう、そっとウェリナに耳打ちする。するとウェリナは、何の話だと言いたげに目顔で問い返してくる。


「いや何つーか……仮にも四公の屋敷だろ? なのに、ここは……」

「そういうことか。以前……といっても、今から十年以上も前の話だが、現当主のジェラルド様が鉱山事業で失敗し、以来、厳しい資金繰りが続いていると聞く」


 おほん、と、メイドが軽く咳払いする。まぁ、仕える人間としちゃ聞いていて気持ちのいい話じゃないよな。

 やがてメイドは、回廊奥の扉の前で足を止めると、ノックとともに短く用向きを告げる。


「通せ」


 返ってきたのは、聞き覚えのある美しいバリトン。応じるように扉が開かれ、その先に、応接室と思しき豪華なつくりの部屋が現れる。

 ただ、やはり廊下と同様、全体的にうっすら鄙びて見える。埃を纏うシャンデリア。サイドボードに並ぶ調度品はいまいち統一感に欠け、ありあわせの品を並べた感が強い。

 やがて中央のソファセットから、屋敷の主ことモーフィアス公ジェラルドが立ち上がる。

 相変わらずのイケオジぶり。ただ、ここまで目にしてきた光景が光景だっただけに、仕立て良く見えるワインレッドのジャケットが、何となく色褪せ、くたびれて見える。


「これはこれは。王太子殿下もご一緒だったとは。ささ、どうぞおかげ下さい」


 俺とウェリナは、ジェラルドに勧められるまま向かいのソファに腰を下ろす。

 ほどなく、さっきのメイドが紅茶を運んでくる。さっそく一口啜ると、これが何の香りもしない。茶葉が古すぎて香りが飛んでいるのだ。


「さて……余計な前置きは野暮でしょうし、問題の一件について、さっそくお話しさせていただきます。実はすでに、我々も襲撃犯の特定に動いております。具体的には、一族内で似た体格を持つ男女全員に、事件当日の行動を説明するよう求めました」

「なるほど、それで」

「ええ。その結果、事件当時は全員が別の場所にいたことが判明しました。ちなみに、いずれの証言も全て第三者によって証明されています」


 つまり、全員にアリバイあり、というわけか。


「それは、信頼できる情報ですか」

「我が名に誓って」


 そしてジェラルドは、椅子の上で軽く胸を張る。

 そんな演技じみた仕草も不思議と不快でないのは、紅玉色の瞳が宿す真摯な眼差しのおかげだろう。舞踏会で挨拶を受けた時は何となく軽薄な印象を受けたが、根は案外、妹のカサンドラに似てまっすぐなのかもしれない。


「むろん、仮に我が一族の所業だと判明した際は、我々に出来うる限りの謝罪と補償をおこなわせていただきます」


 そしてジェラルドは、深刻そうに眉根を寄せる。普段は芝居じみた彼がこんな顔をすると、がらりと印象が変わり、全くの別人に見える。


 ……あれ?


 ふと覚える妙な既視感。その険しいまなじりと、一文字に引いた唇を、俺はどこかで見た覚えがある。妹のカサンドラか? 確かに、兄妹だけに彼女はジェラルドとよく似ている。

 いや。

 彼女じゃない。あれは、全く別の――


「あ」

「どうしました、殿下」


 怪訝な顔で振り返るウェリナに、俺は「あ、いや」と曖昧に笑う。その実、頭の奥ではたったいま捉えた既視感の正体を――それが指し示す可能性を、ぐわんぐわんと演算していた。

 ああ、そうだ。

 だから彼女は、あの時、あんな態度をジェラルドに取ったのだ。それに彼女なら、あれだけ堂々と炎の力を行使したところで疑われる心配もない。……が、そうなると、なぜ俺を始末する必要があったのかという話だが……

 いや、動機ならある。

 確かに、彼女としては俺が死ねばすべてがうまく運ぶだろう。


「……ちなみに、一族以外の人間に心当たりは?」


 今度は俺の方から問うてみる。するとジェラルドは、ほんの一瞬、淡いが確かな狼狽を見せる。

 やはり……そういうことか。


「いえ……私がこんなことを申し上げるのも妙な話ですが、我が一族の血を引く者以外に、あのような真似ができるとは思えません」

「ではその血が、モーフィアス家以外の人間に受け継がれた可能性は?」

「……ありえない話では、ないと思います」


 それからほどなく、俺たちはモーフィアス邸を後にした。

 帰りの馬車で、さっそく俺はウェリナに問うた。


「モーフィアス家とシスティーナ家って、仲が良かったりするのか?」

「システィーナ? ……まぁ、悪くはないだろうな。システィーナが採掘した鉱石の加工には、どうあっても炎の精霊の加護がいる。一方、モーフィアスは戦時こそ八面六臂だが、平時においては営利手段が乏しく、孤立すればジリ貧は必至だ。そうした事情もあって、両家は古くから持ちつ持たれつの関係を保ってきた」

「ここ十数年のうちに、その関係性に変化が生じた、といったことは?」

「変化? ……そういえば、十五年ほど前に両家の間で新たな協定が結ばれているな」

「システィーナに有利なかたちで?」

「えっ? あ、ああ……そうだな。モーフィアスが担う鉱石の加工代を、いきなり半額に下げさせるという、傍目にも阿漕あこぎな協定だったそうだ。にもかかわらず、モーフィアスはすんなりとこれを受け入れた。さすがに父上……先代ウェリントン公も怪しんで、両家の裏事情を洗ったそうだが、結局、問題らしい問題は見つからなかったらしい」

「なるほど」


 次第に事件の全容が見えてくる。そういうことなら、やはり彼女は。


「さっきから質問の意図が読めないんだが、君は一体、何を考えている?」

「まぁ……近いうちに話すさ」


 そして俺は、車窓の景色に目を移す。

 仮に俺の推理が正しければ、この件は、よほど慎重に解いていかなきゃならない。その上で、最後の仕上げとなる謎解きは、関係者全員を一同に集めた状態で行なうべきだろう。個別にやるのは手間だし、何より、誰がどんな情報を与えられたか、どんな情報を開示したか等々、謎解き自体が新たな火種になりかねない。

 あー、なるほどね。

 いわゆるミステリ物で、探偵役がいちいち関係者を集めて謎解きする理由がやっとわかったわ。名探偵、皆を集めてさてと言い、ってやつ。つーか、むしろ集めなきゃ駄目なやつだわこれ。

 うわー、めんどくさ。

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