Chapter2「キュウリを食べる授業って何だよ」
朝食を終えて、身嗜みを整えた猫葉は、二階の自室に向かった。ダークブラウンの髪をローツインテールに結ぶ。白シャツの上に赤い長袖セーターを着て、焦茶色のプリーツスカートを履いた。スカートと同色のネクタイを締め、白色の靴下を合わせる。階下に降りて玄関に行き、猫耳が生えた黒色のリュックサックを背負う。焦茶色ローファーを履いて、くるりと振り返った。見送る為、玄関に立つ母と目が合う。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
優しい笑顔の母に見送られ、電車に乗って最寄駅に行くと、学校の近くで木乃葉と会った。ラウンドマッシュに決めたダークブラウンの髪を揺らし、グリーンの瞳を嬉しそうに眇めて駆け寄ってくる。木乃葉はシンプルな格好を好むのか、白シャツと焦茶色のネクタイ、同色のスラックスとローファー以外、何も合わせていない。
「おはよう、猫葉」
「木乃葉、おはよう」
「なぁ、猫葉も解呪専門部に入ってくれよ」
「何それ?」
挨拶を交わした後、聞いたこともない部活に誘われ首を傾げる猫葉。解呪と言うからには、呪いに関する部活だろう。「何で自分から呪いに関わろうとするんだ、面倒なだけなのに」と、ジトッとした半眼を突き刺す。が、そんな視線気にせず、木乃葉が誇らしげな表情で説明した。
「俺が中学の時に作った部活で、活動内容は怪異を倒したり、呪いを解くこと! 高校でも新しく作る予定なんだ、猫葉も一緒にやろうぜ」
「面倒臭いからやだ」
「入ってくれよぉ!」
「やだってば、くっつくな!」
素直な理由で断る猫葉に、木乃葉が涙目で抱きつく。歩き難いから引き剥がし、ズカズカと大股で校内へ。生徒玄関で上履きに履き替え、四階にある一年一組の教室に入る。と、自席に座った生徒達が、無心でキュウリを食べていた。木木乃葉と顔を見合わせた猫葉は、無言でそっと教室のドアを閉める。見なかったことにするには、あまにも衝撃的な光景だったが。猫葉は困惑した表情で疑点を吐露した。
「えっ、また呪い? 頻度高くない?」
「もしかすると、この高校独特の授業なのかも」
「キュウリを食べる授業って何だよ」
現実逃避する木乃葉に、呆れた顔を上げて、ツッコミを入れる。というか、まだ授業が始まる時間でもない。面倒臭いから帰ろうか。でも、なんの関係もないのに呪われた人達を、放置するのも可哀想か。そもそも、何でこんなに連続で呪具が校内に出没するんだ。なんて悩んでいた矢先、勢いよくドアが開く。中から飛び出してきた葉月が、涙目で猫葉を腕の中に閉じ込めた。
「帰らないでくれよ、猫葉ぁ」
「何があったの?」
「教室に入った瞬間、目が虚ろになって、無心でキュウリを食べ始めたんだ」
渋々と状況を尋ねると、パッと顔を明るくし、葉月が説明を始める。踏み込んだ瞬間ということは、十中八九、教室に呪われた道具があるのだろう。よく見れば、葉月の手首にある数珠の珠が二つ割れていた。一つ目は昨日の呪われたマイクの時。二つ目は教室に入った時のはず。
改めて木乃葉の道具はすごいなと心の中で感心する。そんな木乃葉はキュウリのことが気になったらしく、葉月に「ちなみにキュウリはどこから?」と尋ねていた。葉月が「登校したら教卓に置いてあった」と、キュウリを一本見せる。「何で持ってるんだ、食べる気か」と、呆れた顔を向けると、どこかに行っていた夜宵が走ってきた。
「葉月、他のクラスは普通だったよ」
「あっ、夜宵」
「となると、やっぱり教室に呪具があるな」
「早く探そうぜ、気味が悪い」
夜宵の姿を見た木乃葉が肩の力を抜く。姿が見えなかったからか、気掛かりだったらしい。ちなみに、夜宵の数珠も珠が二つ割れている。教室に見当をつけた猫葉から離れ、葉月が恐怖を顔に滲ませて急かした。まぁ、ひたすらキュウリを食べる生徒達に一人で囲まれていたら、そりゃあ怖いだろう。むしろ、何で教室に居たんだ。
猫葉は憐憫の眼差しを向けてから、気合を入れる後ろの三人と違い、気怠げで嫌な顔をしつつ教室のドアを開けた。相変わらず、クラスメイトはキュウリを食べ続けている。教卓のキュウリが着実に減っていた。なくなったらどうなるのか気になりつつ、手分けして呪具を探す。
「あった」
「掃除用具入れの中か」
数分後、猫葉は無事に呪われた道具を見つけた。猫葉の声を聞きつけた三人が集まってくる。原因は明らかに呪われている箒だった。他の箒と違って禍々しい気配を宿している。恐らく犯人は、この箒で教室の床を掃いた。それにより、床に呪いがかかり、足を踏み入れた瞬間、きゅうりを食べるようになったのだ。
早速、呪いを解こうとリュックサックを下ろした。刹那、木乃葉の手首に巻かれた数珠がちぎれる。糸で繋がれていた珠が次々と割れていった。木乃葉は邪悪な箒を見つめてボーッとしている。グリーンの瞳に光がなく虚ろだ。猫葉は床に散らばった数珠に目を落とし、慌てて葉月に問いかける。
「おい、数珠が全部割れたぞ。どうなってんだ」
「木乃葉は霊障とかに極端に弱いんだ。普段は数珠で守られてるけど、偶にこうやって呪われる」
「ばかっ、そんなんで解呪専門部とか作るな」
あわあわと猫葉より焦った表情で数珠を集めながら葉月が木乃葉の体質について話した。猫葉は怪しげな部を設立したことを、嬉々として語っていたことを思い出す。動かず虚空を見つめる木乃葉の頭を叩くが、今の彼には届かない。仕方なく説教は後回しにし、お茶をかける為、リュックサックを開ける。瞬間、近くの男子生徒が、自分の椅子から立ち上がった。
「うえっ!?」
背後に居た男子生徒に抱き締められる。キュッと引き締まった細腰を、好きで堪らないと言わんばかりに強く抱かれ、身動きが取れない。更に、別の男子生徒が、脚にくっついた。美しい曲線を描くスラリと伸びた脚をベタベタ触ってくる。木乃葉が近くの机に置いてあったキュウリを持ち、猫葉の唇に先端を押し付けてくる。
「キュウリ食べろ」
「ちょっ、んむぅ。うあっ!?」
口を閉じて食べないように抵抗する。が、不意に太腿を撫でられて、思わず変な声が出た。口を開けた瞬間を狙い、木乃葉がキュウリを突っ込んでくる。反射的に口内のキュウリを咀嚼し、ゴクリと飲み込んでしまう。
それと同時に、役目を終えた生徒達が、後ろ髪を引かれた顔で離れた。「なんで残念そうなんだよ」とジトッとした半眼を突き刺す。と、焦燥に駆られた表情の葉月が駆け寄ってきた。夜宵は木乃葉を羽交締めにしている。
「お前、食ったのか!?」
「猫葉、大丈夫?」
「大丈夫。でも、お前らは食うなよ?」
首を傾げた夜宵の問いに、親指を立てて答えた。二人への忠告も忘れない。恐らくキュウリを食べても呪われるのだろう。甘猫には効かない。しかし、葉月と夜宵は分からない。木乃葉みたいに数珠が全部割れて、呪われてしまう可能性も十分にある。やっと解放された為、改めて水筒を出そうとした刹那。夜宵の拘束を解いた木乃葉が、悔しそうに舌打ちをし、呪具を持って教室を飛び出した。夜宵がしまったという顔をする。
「あっ、逃げた」
「にゃあっ」
猫耳と尻尾を生やした猫葉は、四つん這いで追いかける。並の人間には出せない速度で駆け、近付いてきたところで廊下を蹴って跳躍。木乃葉の背中に突進して、うつ伏せに押し倒す。ジタバタと暴れる木乃葉の首を甘噛みして気絶させた。
開いた足の間に手を突いて座り、操る相手を失って逃げ場をなくした箒を睨め付ける。猫化を解いて木乃葉を背負い、箒を右手に持つと同時。葉月がリュックサックの中にあった水筒を持って来てくれた。「ナイス、葉月!」とパアッと顔を輝かせると、葉月が得意満面な顔をする。
「待ってろよ。今、呪いを解くからな」
猫葉の代わりに箒へと水筒の中身を浴びせる葉月。じゅわァァァアっと呪いが解けていき、何の変哲もない普通の箒に戻る。ホッと胸を撫で下ろして、葉月と顔を見合わせた。それから、教室に戻った猫葉達の視界に映ったのは、元に戻って戸惑うクラスメイト。これにて、一件落着。
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