第1章 ポツンと建つ古民家食堂
第1話 なんでこうなった?
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…はぁ、なんでこうなってしまうんだ。
静かに暮らしたいだけだった。誰にも縛られず、誰にも期待されず、ただ穏やかな朝を迎えて、ゆっくりと茶を啜る……それが、俺の理想の生活だった。
しかし、現実はどうだ。今朝も開店準備の前に、店の前の階段で五人組の旅人が開店待ちのピクニックを始めていた。誰が許可した。てか、それ俺の畑の横だぞ。
だがまあ、今の騒がしさを嘆いてばかりいても仕方がない。せめて、どうしてこんな生活に辿り着いたのかくらいは、自分で振り返っておこう。
俺がこの山奥に来たのは、もう三年前のことになる。
当時、帝国の騎士団を辞した俺は、身ひとつでこの〈ガルヴァの山郷〉に降り立った。というと格好良く聞こえるかもしれんが、実際は半ば追われるようにして逃げてきたようなものだ。
帝国では“ゼン・アルヴァリード”という名で知られていた。元S級冒険者。蒼竜騎士団の隊長。世界を三度救った英雄。……自分で言ってて恥ずかしいが、事実だから仕方ない。
だが、それだけやってもなお、俺の周囲には「次の戦い」を求める者ばかりだった。
王族、貴族、将軍、英雄気取りの若造。誰もが俺に期待し、命令し、使い潰そうとした。
あるとき、ふと気づいた。
「――これ、俺の人生じゃないよな」ってな。
それで全部捨てた。地位も金も武勲も。持っていた唯一の鞄に、最低限の金と種子と包丁だけ詰めて、当てもなく山へ入った。帝国の地図には載っていない、魔獣の領域と呼ばれる未開の地だ。
最初の数日は酷かった。雨は降るし、地面は崩れるし、魔猪の群れには襲われるし。まともな寝床もなかった。魔法で木を切り、岩を砕き、地面を均し、ようやくひとり分の焚き火スペースを作った夜は、涙が出るほど嬉しかった。
……まあ、実際に泣いたけど。
それから半年ほど、俺は山で生きる術を学んだ。食えるものと毒のあるもの。水脈と風向き。畑に適した土地と日照時間の相関。……地味な作業だったが、奇妙な充実感があった。
戦場で誰かの命を背負う日々より、土と向き合って汗をかく方が、よほど“生きてる”実感があった。
そして一年目の秋、ついに手製の古民家を完成させた。山から切り出した木材と、魔力を練り込んだ石材で構築した小さな家。構造はシンプルで、広さも必要最低限。だが俺にとっては、世界のどこよりも心安らぐ場所だった。
――ここで、食堂をやろう。
そんな考えが浮かんだのは、ある晩、山で採った山菜と自家製味噌で作った汁物をすすっていたときのことだ。あまりに美味くて、ふとこう思った。
「……これ、人に食わせたら、泣くかもな」
誰かに食わせたい。だが、誰でもいいわけじゃない。
わかる奴にだけ、来てもらえればいい。だから、あえて看板も出さなかった。宣伝もしない。道案内も作らず、地元の村人にだけぽつりと「食事くらいなら出す」と伝えただけだった。
開店当初は、週に一人来るかどうかだった。山道を登ってきた猟師、木の実拾いの子供、山菜の調査に来た魔法学者。皆、礼儀正しく、そして、料理を口にした瞬間だけは素直だった。
「こんな旨いもの、初めて食べた」
その一言が、俺には何よりも嬉しかった。
それで良かった。客が一人だろうが、ゼロの日が続こうが、構わなかった。俺はただ、料理を作って、それを食べてくれる誰かがいて、静かに日が沈むのを眺められれば、それで良かった。
なのに――
「店主さん! 本日の営業はまだですか?」
「……開店まであと二時間だ。お願いだから山の中で待っててくれ」
「昨日のシチューがあまりに衝撃で……今日はその“気まぐれ定食”とやらを是非とも!」
「……本当に“気まぐれ”なんだけどな……」
なぜか、どこでどう伝わったのか、今では客が日替わりで山を越えてくる。先週なんて、「巨人族の王女」が“護衛付き”でやってきたからな。山が崩れるかと思った。
当時の俺が知ったら、きっと言うだろう。
「なんでこうなってしまうんだ……」ってな。
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