天下父武、中古で買ったAI信長が、俺を“現代最強”のサラリーマンにしようとしてくる件
@cross-kei
第01章:信長と信忠(全04話)
第00話:プロローグ
「田中君、君にはあのプロジェクトから外れて貰うよ。ここからは俺が引き継ぐ」
花の金曜日、退勤準備を整えて部長席を横切った瞬間。今川部長の冷酷な一言が、俺の頭蓋に木霊した。
半年だ。この半年の間、俺がリーダーとしてどれだけのものを犠牲にしてきたか。平日の睡眠時間を削り、好きな漫画やゲームも我慢し、ようやく巨大な果実が実ろうとしている、まさにその刹那だった。一番泥を啜ってきた俺を土壇場で切り捨て、その手柄を丸ごと横取りしようという黒い魂胆が、その弛んだ頬から透けて見えた。
「……やってられるか」
(しかも、よりによって今か。勤怠を切って、帰る直前にあわせて毎回呼び止めやがって、絶対狙ってるだろ……。最悪だ)
絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。
俺、田中信忠(たなかのぶただ)(42歳)。中堅メーカーのしがない課長。怒りと絶望を錆びついたエンジンに注ぎ込み、俺はネオンが夜を喰らう街、秋葉原の雑踏へと身を投じた。
真面目にやってきた人間が、なぜこんな目に遭う。俺に足りなかったものは何だ? 力か? カリスマか? 違う。俺には、圧倒的な「英雄」が足りないのだ。
お目当ては、偉人のAIを搭載した腕時計型デバイス『HERO-GEAR(通称:英雄ガジェット)』。歴史上の英雄たちが、持ち主の人生を最適化してくれるという触れ込みの超高級ガジェットだ。もちろん、ジャンヌ・ダルクや諸葛孔明といったA級英雄のガジェットは、しがないブラック企業の課長である俺の給料では夢のまた夢。狙うは中古。誰かが使い古し、飽きて手放した英雄の残り香が集う、薄暗い中古ショップこそが俺の主戦場だ。
「呂布か……。いや、あいつは戦闘狂すぎて、朝っぱらから『はァッ!走れっ!赤兎馬ァッ!!』とか叫びそうで嫌だ。もう少し穏やかな英雄がいいな」
棚に並ぶガジェットを品定めしながら、独りごちる。そんな俺の目に、とんでもない代物が飛び込んできた。
店の最奥、ジャンク品と書かれた埃まみれのカゴの中。そこに、黒漆を思わせる重厚な輝きを放つ、一つの英雄ガジェットがあった。文字盤には、猛々しい鷹のレリーフ。そして、その下に刻まれた名は――『織田信長』。
「の、信長ぁっ!?」
思わず声が漏れた。戦国時代の英雄の中でも、別格の人気を誇る第六天魔王。中古市場ですら滅多にお目にかかれない、超プレミア品だ。しかも、よく見るとバンドの裏に小さく『No6』と刻印がある。こんなお宝がジャンク品扱いで眠っているとは。
俺は震える手でそれを掴み、レジへと向かった。
カウンターの奥から現れた痩せこけた店長は、やれやれといった顔で言った。
「お客さん、一応言っとくけど、そいつはワケありだよ。前に買っていった奴も、『アラームがうるさすぎる』とか『AIが勝手に喋ってきて仕事に集中できない』とか言って、すぐに売りに戻してきてね。なんでも、『日曜の夜になると、決まってうなされるようになった』なんて青い顔もしてたかな…。まあ、設定でオフにすればいいんだろうけど…」
「はは、大丈夫です。俺、信長好きなんで」
AIのバグか、あるいはただの癖の強い仕様か。どちらにせよ、このお宝を逃す手はない。俺はなけなしの金で信長ガジェットを購入し、ホクホク顔で家路についた。
その途中、部長からの追い打ちのメッセージがスマホに届いた。
『明日は休日出勤で頼む。後任の徳田君のために、完璧な引継ぎ資料を作っておいてくれたまえ』
終わった。プロジェクトから外され、貴重な休日も奪われた。
俺は左腕に装着した、冷たい金属の塊を握りしめ、絶望に沈んだまま眠りについた。
そして翌、土曜日。
けたたましい音で、俺は叩き起こされた。スマホのアラームじゃない。音源は、左腕。昨日装着したばかりの信長ガジェットからだった。
「人間~人間~人間~人間~♪」
どこか音程の外れた、しかし妙に威厳のある低い声が、単調なメロディを繰り返している。
「うるさい目覚ましだな…!せめて『五十年~』のとこまで歌えよ!」
俺が寝ぼけながら悪態をついた、その時だった。
『――ほう。儂の敦盛にケチをつけるか、うつけ者めが』
ガジェットから、歌っていた声と同じ、しかし明確な意志を持った声が返ってきた。
「へ!?しゃ、喋った!?」
『当たり前じゃ。それより、ささと起きんか。土曜日じゃが、休日出勤だと言っておったろう』
信長の言う通りだった。昨夜、忌々しい部長から休日出勤を命じるメッセージが届いていたのだ。思い出して深いため息をつく俺に、腕のガジェットが再び語りかけてきた。
『なんじゃ、その腑抜けた声は。そのイマガワとやらに灸を据えてやろうか?』
「いや、いいです、間に合ってます…」
なんだこのAI。やれに好戦的だな。だが、少しだけ胸がすくような気もした。
俺は死んだ魚のような目で身支度を整え、通勤電車に揺られる。ああ、俺の貴重な土曜日が……。
家を出る頃には、信長の声はガジェットのスピーカーからではなく、いつの間にか直接、俺の脳内に響くようになっていた。
そんな俺の心を見透かすように、脳内に直接、楽しげな声が響き渡った。
「ふはははは! 面白い。よきかな、よきかな!」
声は、こう続けた。
「――信忠、貴様の人生、この儂が天下統一させてくれるわ!」
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