異世界憑依生活記〜治癒士と厄ネタを添えて〜
@shokichi-I
第一章 旅立ち(夜逃げ)編
第1話 異世界来ました、夜逃げします
───はて、此処は何処だ?何で俺の頬に鈍い痛みが走ってる??確かいつも通り酒呑んで寝落ちした筈なんだが・・・・・。
「聞いてんのか奴隷野郎ッ!!」
頭上から落ちてきた罵声で完全に目が覚める。上体を起こして見渡せば、見慣れたフローリングではなく隙間の多い純木製の板が目に映る。
セリフからしてコイツが自分を殴って床に転がしたのは明白だが、見上げた先には<<見慣れない見慣れた男>>の姿がある。色々考えるべきことはあるだろうが、まずすべきことは一つ。
「誰が奴隷だこのすっとこどっこい!!」
「はっ───ぶがッ!!?」
何故か手に持ってた杖を、野郎の鼻っ柱目掛けて思い切りフルスイングしてやることだ。まさか反撃されるとは思わなかったらしく、真正面から喰らって尻餅をついた。
・・・・・・はて、俺って喧嘩はよくするが残念なくらい弱かったと記憶してるんだが、随分堂に入った一撃だった。というか、よくよく考えれば目線も低いし声も記憶にあるソレよりかなり高い。どういうこと??
「てっっめえッ!!回復しか出来ねぇウスノロが盾付きやがって───」
「よしなってハンス、あんまり騒ぐと宿の連中に通報されちまうよ。躾なら邪魔の入らない外でじっくりやりゃ良いのさ」
鼻血を押さえながら剣を抜こうとするバカを止めたのは、このパーティの紅一点を自称するアルマだ。とはいえ善意からでないのは台詞からも明白だ。何せコイツはお登りさんだったハンスに、悪い遊びをアレコレ仕込んだ元凶だからな。気色悪く笑いながら舌舐めずりしてやがるよ。
アルマの制止で剣こそ納めたものの、みるからに血走った目で此方を睨んできやがる。気が収まらないのか口を開こうとしたが、ノックと共に様子を見にきた店員のお陰で雑音が鳴ることはなかった。
「・・・・・・さて、どうするかな」
自分の部屋───経費削減とやらで客室ではなく物置だが───に戻ってこれからのことに思いを馳せる。このままじゃ碌でもない目に遭わされるのは確定だからな。下手すりゃ殺されそうだ。
ようやく記憶の混乱も落ち着いてきたので、これまでのことを整理しよう。まず最初に、俺とこの身体の持ち主は別の人格で、俺の記憶が妄想の類いでなければ世界すら異なる赤の他人だ。
俺は元の世界で変わり映えのしない生活を送っていた筈だ。サラリーマンになったは良いもののパワハラの毎日に嫌気が差し、殴られたのがきっかけでつい殴り返してしまい退職。あれほど自分にインフルエンサーの才能がないことを恨んだことはない。それからはその日暮らしのフリーターやりながら、いつも通り酒飲んで寝落ちした所までしか記憶がない。
そしてこの身体の持ち主についてだが、名前はカーツというらしい。今のところだが人格が混ざった様な感覚は全くない、と思う。好きな食べ物や考え方に変化があった感じはしないし。おそらく彼の記憶も精神ではなく脳に残ったものだろう。まあ人生に愛想を尽かして消えるのも納得の半生だが。
「しかし困った、悲しいくらい労働の記憶しかない所為でカーツ少年の立ち位置とかどのくらいの人材なのかとか全く分からん。これが経済DVってやつなのか・・・・・・?」
断っておくが、馬車馬の様に働かされてきたカーツ少年だが本当に奴隷という訳じゃない。偶々同じ村の村長の三男だったハンスに、これまた偶然回復魔法の素養を最初に見られたのがケチの付け始めだ。
数少ない記憶の断片から察するに、この世界は憧れはするが行きたくない中世風ファンタジー異世界だろう。ついでに魔法や魔物なんて存在も当然の如く存在してる。
そんな訳なので共同体への依存度は元の世界よりも高い訳だ。だから嫡男が成人するまではスペアとして次男や三男も同等の扱いがされる。そんな存在に一農民の家族が逆らえる訳もなく、目を付けられたカーツ少年は親公認の虐め被害者という最悪のポジションに強制就任させられたって訳だ。
「───その悪縁の結果が独り立ちで村を出る三男坊のお供って訳か。報われねぇな、カーツ少年」
まともな人間に見出されていれば、学校なりなんなりに入れて貰えて真っ当な職にありつける未来もあっただろうな。数える程だが共同で依頼を受ける機会もあったらしいが、回復役・・・・・・治療士はそれなりに珍しかった筈だ。居ないって程じゃなさそうだが。
「ま、回想はこんなもんで良いだろ。取り敢えずやることは決まってるんだ、"日課"を終わらせてすぐ行動に移りますかっと」
椅子代わりの荷物から腰を上げ、掌に魔力を集中させる。『俺』が魔法を使うのは初めてだし、もしかして使えなくなってるんじゃと心配してたが杞憂だったみたいだ。
どうやら回復魔法にも種類があるらしく、傷を治すのと体力回復、それから解呪や解毒は魔力の使い方が全然違うらしい・・・・・カーツ少年の独学によると、だが。その中で一番得意なのは体力回復だ。
「───【
おっと、ついゲーム感覚で勝手に名前を付けてしまった。カーツ少年は誰に聞かせるものでもないから無言で何となく使用してたようだが。何か申し訳なさを感じつつ、気を取り直して魔法を使用し続ける。
「【
荷造りと宿泊費を値切る為に押し付けられた宿の雑用で寝られる時間は少ないし、食事も此処以外じゃ鍋の底の余りだからな。睡眠と栄養で賄えない分を【
・・・・・・身体に悪そうと思うのは俺だけか?自分の魔力消費して自分の体力回復って、何かやってることはオートファジーみたいに思えるんだが。魔法で消費する際に何らかの増幅効果でもあるんだろうか?まあいいや、その辺は後で考えよう。
「───っと、ほどほどにしとかなくちゃな。にしても凄いな、何やっても飽き性で堪え性が無い俺がちゃんと日課こなしてるなんてな。前世の顔馴染みが聞いても信じないだろうな」
身体に染み付いた習慣だからか?こんなクソみたいな環境で腐らず努力してたカーツ少年は大したもんだ。今まで報われなかったのは本当に残念だが。
時計なんてないので物置の扉を開ければ、月光が窓から照らしてくる。恐らく時刻は真夜中、聞き耳を立ててみたが連中の部屋からは寝息とイビキしか聞こえてこない。
下手にモタモタしてバレるのも不味いし、物音立てずにさっさと階段を降りる。毎日早朝と、それから非番の日は宿の手伝いもしてたみたいだからな。構造はバッチリ頭に入ってる。これが恐らく最後の機会だ、挨拶くらいしていこう。
「・・・・・・おや、アンタかい。ウチのドラ息子から聞いたよ?あの踏ん反り返ってる|青瓢箪<ハンス>が随分男前になってたって。アタシも見たかったよ」
「騒がしくしてすみませんでした。それで───」
「みなまで言わなくて良いさ、アンタのちっとはマシになった顔見りゃ分かるよ。ちょっとお待ち」
そう言ってカウンターから取り出したのは、両手で溢れる位のサイズの袋だ。パンパンに張ったソレには、この国の通貨が入っている。こんなもん手渡される覚えはねぇがどうした?
「少ないけど、今まで色々手伝ってくれた賃金さ。本当はもっと早く渡したかったんだけど、あの青瓢箪に取り上げられちまいそうだったからね」
「えっと・・・・・・よろしいんですか?宿代を値引いてもらう対価だったと聞いてますが」
「それ以上に働いて貰ってるよ。毎朝力仕事はやってくれるし、休みの日だって手伝ってくれるだろう?冒険者じゃなけりゃ娘を貰って欲しいくらいさ」
押し付ける様に乗せられた重みに胸がじんわりする。カーツ少年の働きを評価してくれる人が居たんだと思うと嬉しくなる・・・・・・もっと早く言ってやって欲しかったってのは甘えになるのかな。
「・・・・・・ま、色々言ってみたけど結局は後ろめたさから楽になりたいってだけだけどね。幾ら怪我治させて証拠隠滅してようが、アンタが酷い目に遭ってるのなんて見りゃ分かる。それでも見て見ぬフリしてたんだから」
「それはしょうがないと思いますよ。冒険者相手だと色々面倒もあるでしょうし、特にハンスはキレると何するか分かりませんから」
確か魔物を倒すとドンドン強くなるらしい。理屈はカーツ少年も知らないみたいだが、ハンスやアルマも一般人じゃ束になっても勝てない筈だ。敵対なんて絶対御免だろう。
まあそんな風に思えるのは、俺自身にアイツらから受けた仕打ちの実感がないからだろうが。
「さて、長話してる暇はないか。よくお聞き、宿を出た通りを左に真っ直ぐ進めば馬車の待合所がある。運が良ければ夜行馬車に乗れるかもしれないね」
「え、こんな灯りも碌にない夜に馬車が出るんですか?」
「やっぱり知らなかったのかい。冒険者ギルドも色々付き合いってもんがあるだろうさ。大急ぎで出立する冒険者を連れてくついでに、訳あり連中から運賃を調達しようって仕組みさ」
何か夜逃げの幇助みたいだな。だけど都合が良いのは確かだ。無理をさせるってことは替えが効かないか重用してる冒険者ってことだ。性格はどうか知らないが腕は立つ筈だ。馬車の旅の護衛として不足はないだろう。
「それに最悪夜行馬車が無くても日の出前には始発が出る。クソガキ共が起きる頃には、アンタは多少遠くに行けてるだろうよ」
「それを聞けて安心しました。情報ありがとうございます・・・・・・色々お世話になりました」
「それはこっちのセリフさね、気をつけるんだよ」
玄関を潜り、言われた通りの道を進むが見慣れない景色につい視線が彷徨いてしまう。俺は正真正銘初見だが、カーツ少年もこうして自分の意志で出歩く機会は無かったらしい。何もかもが新鮮に見える。
そうしてお登りさん丸出しで歩いていると、それらしい建物が見えてきた。おっと、近づく前に女将さんから貰った餞別を小分けしとかないと。荷物持ちが長かったからか小袋をやけに持ち歩いてるカーツ少年グッジョブ!
「───お、こりゃまたひょろいガキだな。お前も利用者か?今日はいつもより数が多いな。運賃は銀貨20、ちゃんと用意してんだろうな?」
「えっと・・・・・・これで足りますか?」
惜しむ様に袋を差し出してみる。この人が良い人かどうかも分からないし、カツアゲされちゃ堪らないからな。金持ってないアピールは大事だ。
「おう、バッチリだ。さっさと乗りな。じき出発する」
「・・・・・・はい、ありがとうございます」
おっかしいなぁ、袋には確か25枚は入ってた筈なんだが・・・・・・やっぱりこの世界のモラルは低く見積もっておいた方が良いな。
|幌<ほろ>を被った馬車に潜り込む。中に居たのは15人、護衛を含めたとしても確かに少なくない人数だな。因縁付けられても困るからさっさと視線を下げて座ることにした。
「あ、すみません。もっと詰めますね」
「どうも、けど狭くないし気にしないで良いよ」
隣りになった人が避けようとしたので返事をする。声音からして女性だろうか?いやでも声変わり前の少年って言われても納得出来るな。どっちにしろフードを被ってる所為で判別出来ないし、首突っ込む気もないけどさ。
「それじゃあ出発する!道中の安全は二等級冒険者である俺達が保障する。積荷の諸君等は余計なお喋りをせずとっとと寝ていてくれたまえ。間違っても余計なことをして我々の手を煩わせないでくれよ?」
見るからに実戦用といった武装に身を包んだ男がホロの中へとそう告げる。夜分だけあって声量は落としている筈なのに、耳元で聞いたと錯覚する程しっかり聞こえた。
「・・・・・・これでアイツらともオサラバだ。今度こそ真っ当に評価してくれる仲間を作りたいもんだ」
あれこれ理由を並べてギルドには近寄らせなかったからな。俺を冒険者として登録してるとは思えない。ましてや給金なんざハンスから貰った覚えもない。なら此処で出てったところで不義理とは言わせない。
出口が閉じられ、真っ暗になってしまったので言われた通り目を瞑る。素敵な揺れと周囲への警戒で寝られる気はしないが、形だけでも休むのは大事だ。いざとなれば【快復魔法】もあるしな。
夜逃げみたいで格好は付かないが、カーツ少年の記念すべき第一歩だ。内心で胸を高鳴らせながら、馬車の揺れに身を任せよう。
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