2 ブレない

 フラリッシュが瞬く間に逢見さんに懐き、逢見さんもまたフラリッシュをいい意味怖がらず、適度な距離感で触れ合っている。

 丸馬場に入って、跨った姿が様になっていた。発進、停止など基本動作を瞬く間にクリア。フラリッシュの操縦性の良さあるのだが、逢見さんも初心者ながら指示を伝えるのが上手い。

 それに、山登りが趣味と陽向さんから聞いていただけあって、常歩なみあしでも下半身がブレないし背筋も伸びている。なかなか素人にできないから大したものだった。

 安全のため調馬索ちょうばさくはきちんと使用している。馬は言葉を話せない。だからこそ、人が先回りして安全策を取らなくてはならないのだ。


「調馬索というのは、簡単に言うとロープです。馬のハミのわっかのところについていますよね? このロープを揺らしたり緩めたりして、指示を出したり制御したりするために必要なものです。安全第一ですからね」

「アタシみたいな初心者だと、ひとりじゃ心細いから安心しました」


 伸ばせば大体8メートルぐらいのロープ状の馬具。今は半分ぐらいしか伸ばしていない。僕が馬場の中央に立ち、その時々で長さを調節するのだ。


「ココロ、今度は少し飛ばしてみよっか」


 ところで影が薄くなってしまった陽向さんだが、逢見さんの邪魔にならないように、ハガネノココロを同じ丸馬場内で自在に動かしている。


「ちょっと、あまり外側を走ると柵にぶつかっちゃう」


 横目で見ていると、ハガネノココロが徐々に柵に近づいていた。この馬はイタズラというより怖がらせる悪癖があり、たまにこうして出てしまうことがあった。


「庭月さん、陽向さんを助けに行かなくてもいいんですか?」


 逢見さんが不安そうにしている。確かに、調馬索を放して止めに行くこともできたが、陽向さんの腕を信じた。


「彼女は休みになると、ここを訪れては乗ってたから大丈夫です」


 各馬の性格も理解しているし、クセも捉えている。なので、調馬索もなければ、本来指導員もふたりいるところ僕だけで充分なのだ。


「もう、落ち着いて」


 陽向さんは手綱をゆっくり引きつつ、言葉をかけながら徐々に強く引いていった。騎乗姿勢は崩さない。

 観念したようにハガネノココロが止まった。注意されたことを気にしているのか、耳を横に倒してしまっている。反省しているみたいだ。


「ココロは良い子なんだから、人を怖がらせちゃダメだよ」


 陽向さんは頭や首を撫でながら優しく諭す。素晴らしい対応だ。大声を上げたり、怒鳴ったりするのは駄目な行為だ。状況にもよるが、馬がパニックになって暴れたり、振り落としにかかるかもしれない。

 慌てず騒がずラチを使って止めない。自分の力でなんとか対応した。声も落ち着いていた。陽向さんはだいぶ上達したな。


「逢見さん、今度は速歩はやあしをやってみましょう。人でいうジョギングみたいなものです」

「わかりました!」

「フラリッシュ、速歩だ」


 調馬索を伝ってハミを振るわせると、歩幅が少しずつ速くなっていく。


「結構速いですね。思ったよりも跳ねて、お尻が浮きそうになります」


 そうは言いつつも、余裕の笑みを浮かべている逢見さん。

 これなら駈歩かけあしもいけるなと思った瞬間、腕時計がブルブルッと振動した。乗馬体験の終了の時間が来たのだ。


「逢見さん、そろそろ終わりの時間なので、フラリッシュを止めてみてください」

「はい!」


 徐々にフラリッシュの速度が緩まっていき、思ったよりもスムーズに止まった。


「降りる前に首筋を撫でながら、お礼を言ってあげてください」

「フラリッシュありがとう。とても楽しかったよ」


 フラリッシュは「どういたしまして!」と言わんばりに、ブルルッと鼻を低く鳴らした。

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