光る素質

ふり

1・初心者

 管理事務所の中に入ると、ふたりのお客さんらしき女性が待っていた。

 ひとりは知っている顔だ。須佐すさ陽向ひなたさん。若いながらもタクシードライバーをしている。うちの常連で、真面目でかわいい人。いつも通り動きやすい深緑のジャージ姿だ。

 もうひとりはまったく知らない顔だ。アメリカとかそっちの人だろうか。背が高く、体がガチッと引き締まっているように見える。こちらは水色のフリースに紺色のストレッチパンツ姿だ。


庭月にわづきさん。予約のお客様です」


 僕の気配に気づいた受付の知野ちのさんに呼びかけられ、ふたりに歩み寄った。

 軽く自己紹介と挨拶を交わす。知らない女性の正体がわかった。逢見おうみ萌和もなさんという方で、札幌在住のカナダと日本のハーフらしい。


「北海道ですと、馬に触れる機会があったんじゃないですか」


 ボディプロテクターを装着している逢見さんに聞いてみる。申し訳なさそうに答えた。


「小学生のころに社会科見学でありました。でもアタシは、動物より自然のほうが好きなんです」

「人それぞれ好きずきはありますからね。この機会に馬のことも好きになってくれると嬉しいです」

「はい! よろしくお願いします」

「フラリッシュは変わらず元気ですか?」


 一足早く馬具の装着を終えた陽向さん。待ちきれない様子で瞳を輝かせている。


「元気いっぱいです。今日もおやつのニンジンをねだってきて大変でしたよ。今も連れてくるのにべったりで」

「かわいいなぁ。聞き分けはいいし、愛される子ですよね」


 ふたりで雑談していると、逢見さんが立って腕を広げて見せてきた。


「お待たせしました。準備完了です」


 逢見さんのヘルメットからつま先までチェックをする。あご紐の緩みもないし、各プロテクターは正しく着けられているな。大丈夫だろう。


「バッチリです」


 ふたりを伴って管理事務所を出る。少し離れた洗い場の前に、フラリッシュともう1頭の馬——ハガネノココロを待たせていた。

 鹿毛かげのフラリッシュが耳をピンと立てて、こちらを凝視している。一方の少し離れて繋がれた栗毛くりげのハガネノココロは、なんとも言えない眼をしていた。


「乗る前に少し触れあってみましょうか」


 ふたりに小袋を渡す。中身は2頭の大好物のカットしたニンジンである。


「まずは名前を呼んであげましょう。僕と話すぐらいの大きさで大丈夫ですから」

「フ、フラリッシュ」


 逢見さんの声が緊張気味に震えている。少し声が小さかったが、フラリッシュの耳に入ったらしく、目を細めて頭を横に倒した。


「首を優しく撫でてみてください」


 撫でられてフラリッシュは、うっとりした表情で逢見さんにスリスリしている。それを受けて逢見さんも、目を細めて「よしよし」両手で撫で続けた。


「人懐っこいフラリッシュですが、初対面でここまで懐くなんて珍しい」

「さては萌和さん、本当は牧場でバイトしてたりしてたんじゃないですか」


 陽向さんがハガネノココロにニンジンをやりつつ、少し意地悪気に突っ込む。


「いえ、本当に物心つく前はわかりませんが、触れ合ったことがないんですよ」


 逢見さんもポケットに入れた袋からニンジンを数切れ取り出し、フラリッシュの口元に運ぶ。小気味の良い咀嚼音を鳴らし、胃に収める。もっともっとと言わんばかりに擦り寄るフラリッシュ。


「なまらめんこいですね」

「甘えん坊なんですよ。僕を含めたスタッフですら、ついついあげすぎちゃうくらいで」

「気持ちわかるなぁ。こんなにめんこいんなら何本でもあげそう」

「もちろん食べすぎもよくないので、1日3本までにしてます」

「馬ってあまり食べないんですか?」

「ニンジンはあくまでおやつの立ち位置なんです。フラリッシュの場合のご飯は、イネ科チモシーと呼ばれる草を食べていますね」

「どれぐらい食べるんですか?」

「フラリッシュの場合は大体10キロぐらい食べます。ちなみにハガネノココロもそれぐらいですね」

「へえー、お馬さんってたくさん食べるんですね」


 ニンジンをすべて食べ終えたフラリッシュが「そうなんだよ。もっとちょうだい!」と言わんばかりにいなないた。

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