第5話 花山 大吉


「少しは落ち着いたか。無事で良かったぜ」

 ほっと一息を付きながらお茶を飲む。あのあと会社に連れてこられたのだ。奥の方が応接室になっており、他の社員も揃っていた。

「女の子を傷つけるとは最低の奴だ。今すぐ謝れ。詫びて死ね」

「だから怪我なんてさせてねぇよ。そもそもこいつが飛び出してきたんだ」

「だとしても悪いのはお前だ。どうせ危ない運転してたんだろ」

 男の方は鳥羽鉄平(とば てっぺい)。彼女は水前寺美緒(すいぜんじ みお)というらしい。あまり馴染みのない名前で、字も教えられたが読めなかった。表の看板もそうだが、こことは違う国から来たのかもしれない。

「朝から捜してたみたいだよ。社長も隅に置けないね」

「そんなんじゃねぇよ。というか本当にわからねぇんだ。どっかで会ったか?」

 どうやら本当に覚えていないみたいだ。少し落ち込んだが気を取り直して答える。

「このまえイガムの森で助けてもらったんです」

 しばらく考え込んでいたが、思い当たったのかポンと手を叩く。


「あんときか。悪いけど弁償はできないぞ。こっちはちゃんと時間通りに届けたんだ。集合場所を離れたのはそっちだからな」

 何か勘違いしているのか顔をしかめている。

「助けてもらったお礼を言いにきたんです。あなたがいなかったらどうなっていたか」

「そんなもんいらねぇよ。俺は自分の仕事をしただけだからな」

 豪快にお茶を飲み干す。本当に気にも留めていない。

「だいたいあの森にいる魔物なら戦っても命までは取られねぇよ。ちょっと怪我するだけだ」

 イガムの森は初級冒険者が訪れる場所だ。手強い魔物はおらず、誰かが亡くなったという話も聞かなかった。だからこそ選んだのだ。


「まさか魔物相手に喧嘩したの。やらないって言ってなかったけ」

「アイテム使って追っ払っただけさ。余計な仕事しちまったよ」

「弁償ってそういうことか。客の荷物を勝手に使うのはマズいんじゃないか」

「緊急だったんだから、しょうがねぇだろ」

 彼の言う通りである。あのときは腰が抜けて何もできなかった。大吉の行動があったからこそ助かった。

「私たちも初めてのクエストだったんです。誘われてパーティを組んだんですけど全滅して」

「大袈裟に言うなよ。全員無事だったじゃないか」

 確かに皆の怪我はたいしたことがなかった。一時的に戦闘不能になっただけである。

 それでもあのときは本当に死ぬかと思ったのだ。

 自分たちが強くないことはわかっていた。油断もしないようにしていた。だけど結果的にこうなってしまった。訓練と実戦は違うことを改めて思い知らされたものである。


「まぁ出会い頭にがつんとくらえばそうもなるかな。本来の実力が出せずに負ける、なんて話はスポーツの世界じゃよくあるしね」

「いきなりぶん殴るみたいなもんだな。どんなに強い奴も体勢が崩れれば何とかなる」


 彼らに後遺症などなく、既に冒険者として復帰していた。反省を活かし、もう一度頑張ろうと誘われたが断った。

 全てはこのときのためである。

 胸のつかえをとるように大きく深呼吸する。興奮と不安と恐怖と。様々な感情が混じり合う。この気持ちをそのままぶつける。


「私を花山さんのパーティに入れて下さい」


 大きな声が震えている。自分の中にこんな熱があるのかと驚くくらいだ。捜し回っていたのはこの願いを伝えるためだ。あの森で助けられたときからずっと抱いていた。

 緊張のあまり目を瞑ってしまう。無反応なのが恐い。せめて何か言って欲しかった。

 恐る恐る目を開けると微妙な空気が漂っているが、三人はどこか困ったような顔をしていた。



「おい、大吉。ちゃんと言わなかったのかよ。かわいそうじゃないか」

「仕方ねぇだろ。あのときは次の仕事が押してたんだよ。俺だってこんな風になるとは思わなかったんだ」

「何だろう、この既視感。そそっかしいところとか社長に似てるね」

「俺はもっと冷静だ。だいたい表の看板見ればわかんだろ」

「あんなでかでかと日本語で書いてたらわからねぇよ。だからもっとわかりやすくしろと言ったんだ」

「あれは本社と同じ看板だぞ。支部が外すわけにはいかねぇよ」

「一応こっちの文字でも書いてるんだけどね」


 ひそひそと話しているが、明らかにパーティへ入れるような雰囲気じゃない。気持ちが暗く沈んでいくなか、おずおずと訊ねる。


「やっぱりダメなんでしょうか?」

「そういうわけじゃないんだがな」

 唇を曲げ、頭をポリポリと掻く。困ったような表情を浮かべており、何とも言えないような微妙な空気が流れていた。


「勘違いしてるぞ。俺たちは冒険者じゃない」

 告げられる真実に耳が落ちそうになる。動揺を必死に抑えながら言葉を紡ぐ。

「じゃ、じゃああなたたちはいったい?」

「運送屋だよ。助けに行ったんじゃなくて、荷物を届けに行ったんだ。あんたの仲間から聞いてなかったか?」

 数秒ほど眉根を寄せ、小さく息を呑む。クエストに向かう前に、そんなことを言っていたような気がした。

 だが、モンスターが現れたという報告が入ったので、慌てて退治に向かったのだ。結果としてボコボコにやられたのだが。


「冒険者と兼業でやってるんじゃ」

 普段は違う仕事をして、必要とあればクエストを受ける。実際にそういう冒険者は何人もおり、大吉も彼らと同じだと思っていた。

「うちは運送屋一本だよ。素材を取ってくるのは冒険者。その取ってきた素材を必要とする場所に届けるのが仕事だ。ギルドの仕事も受けるけど、魔物と戦ったりはしないぞ」

 抱いていた未来図が音を立てて崩れていく。目の前が闇に閉ざされ、その場に膝を付くのを必死に堪えた。


「ま、まぁ勘違いしちゃうよね。それだけ危機的な状況だったわけだしさ。先走るのも仕方ないことだよ」

「ゴールテープはとんでもないところにあったけどね」

「余計なこと言うな。ややこしくなるだろ」

 色々とフォローしてくれるが、その気持ちが逆に痛い。思い返せば、受付嬢との会話もいまいち噛み合っていなかった気がする。

 自分の間違いに気づかず、あれだけ堂々と叫び回っていたのだ。どんな顔してギルドに行けばいいのか。恥ずかしくて消えたくなってくる。


「というわけだから他を当たってくれ。なんなら知り合いに紹介してやろうか?」

「やるのは俺だろうが。もちろん君のような子に頼まれたら、喜んで働かせてもらうよ」

 色っぽくウインクしてくるが、反応する余裕がない。戦闘でもないのに、これほどダメージを受けるとは思わなかった。



「そろそろ時間か。また今度な」

 話はここまでと席を立つ。

「あ、あの待ってください。私にもお仕事を手伝わせてください」

 咄嗟に口にしていた。大吉が静かに振り返る。

「ここはあんたの思ってる場所じゃないぞ」

「わかってます。だけど他に行きたい場所なんてないんです」

 花山大吉という男に付いていく。冒険者として戦う願いが崩れても、この願いは紛れもなく本物である。

 初めてなのだ。こんなにも強く思ったのは。たとえ断られても何度も頼もうと思っていた。簡単に離れることなどできない。


「いいんじゃないの。社長も人手が欲しいって言ってたじゃん」

「欲しいのは作業員なんだよ。女の子には少しキツイだろ」

「それパワハラかもよ。いっけないんだ、いけないんだ」

「茶化すな。仕事は地味だし、基本は力仕事だぞ。冒険者みたいにスポットライトを浴びるわけでもない」

 自分が希望していたものとは違うと何度も諭される。仕事を始めてもガッカリすると思っているのだ。

「給料も低いからな。いつ潰れるかもわからないボロ会社だ」

 脇から言いたい放題言っていた。他に社員がいるような雰囲気はなく、この三人で会社を経営しているのだろう。


「とりあえず連れていけば。お仕事体験も必要でしょ」

「百聞は一見に如かずとも言うからな」

 腕を組みながら、眉根を寄せる。二つの瞳には迷いの色が浮かんでいた。こちらの身の上を真剣に考えてくれているからこそ、こうして渋っているのだ。

「どうする? 見習いって形でやってみるか?」

「は、はい。お願いします」

 二つ返事でとびつく。願ってもないことだった。運送屋がどういう仕事をするかわからないが、せっかく来たからには何かを残したい。何よりもここから離れなくてすむ。



 会社の外に出ると大吉は自転車に跨る。この乗り物の名称らしいが、今まで見たことがない。

「あ、あの。これはどこで作ったんですか」

「俺らの世界の乗り物だよ。手軽に乗れるのさ」

「世界? それってどういう」

 言っていることがいまいちわからない。住んでいた場所ということだろうか。

「後で説明してやるよ。ほら、さっさと乗りな」

 椅子の後ろには鉄の台が付いている。恐らく荷物を載せる場所だろうが、人間も充分座れるスペースだ。車体は細いが頑丈にできており、跨がっても壊れることはない。


「しっかり掴まってろ。振り落とされんなよ」

「掴まるってどこに、うわっ」

 大吉が足を動かすと自転車が走り出した。足元にある棒を回すと鉄の輪が回るらしく、風を切りながらぐんぐん進んでいく。

 馬より速度は劣るが小回りは利き、人並みを縫いながら走れた。これなら歩くより早く目的地に着くだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る