疑心暗鬼
香坂 壱霧
第一章 嵐
第1話
『大型で強い勢力を誇る台風……号は、現在北緯……に位置して……北北西に時速十五キロの速さで進んでおり……。気象庁の発表によりますと、十九日午後九時過ぎ、強い勢力を保ちながらX県のA町に上陸するとのことで……』
音声が雑音でところどころ遮られるのは、激しい雨音のせいだけじゃない。山深い場所を走っているから、電波が届きにくいんだと思った。
ボリュームを上げてみる。
ついに電波が届かなくなったようで、雑音が雨音と合奏していた。
十数年くらい前までは、今走っているこの峠道は国道で、狭いなりに県内の端から中心部を結ぶ大事な役割を果たしていた。
でも、二年前にバイパスが完成してからは、この旧道を利用する人は地元の人くらいとなり、さびれてしまった。
今、私が悪路であるこの道を走っているのは、三連休の初日の渋滞を避けるためだ。
連休中、A町の道の駅や海浜公園など、さまざまな場所でイベントがある。目的地までストレスなくたどり着きたくて、旧道を選んだのだけど……。
台風が迷走した挙句、進路が少しずつ変わっていたなんて。
取材旅行の下準備、仕事の締め切り、いろいろが重なって、天気予報を見ていなかった。
ここで来た道を戻ってバイパスから向かうのは面倒だ。
視界は悪いけれど、急ぐ理由もなくなったので、ゆっくりとこの道を進むことにした。
この道を走り始めてから、車は三台しかすれ違っていない。
走り続けていると雨が激しくなり、ワイパーは役に立たなくなってきた。
ため息をつきながら右曲りのゆるいカーブを慎重に進むと、左曲りの急カーブ。
慣れない峠道にどきっとしながらハンドルを切った瞬間、白いワゴン車が目の前にあった。
慌てて急ブレーキを踏む。スピードが出ていなかったので追突は免れた。でも私の心臓は、早鐘を打つようにドキドキして、ハンドルを持つ手は震えている。
恐る恐る、前方の車を見ると、運転席と助手席に人影が見えた。
カーブの出口に停車するなんて、ひどい人。そう思いながら、クラクションを鳴らしてみる。すると、運転席からスーツ姿の男性が、傘をさして降りてきた。私がいる運転席のそばまでゆっくり歩いてくる。
何を言われるのかと緊張しながら、少しだけウインドウを開けてみた。
「ごめんね、こんなところで停まってしまって。営業車なのに土砂崩れの中に突っ込んじゃってさ。凹ん
でるのは車だけじゃなくて俺もなんだよね」
申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
傘に隠れて顔までは見えない。口調はフレンドリーというより、少し図々しい感じ。土砂に突っ込んだというのも、雨がひどくて車からは見えないけれど、嘘ではなさそうだ。
「誘導するので離合できるところまでバックしてもらえますか?」
男性は傘をずらして、車の中の私の顔を覗き込む。
警戒心のなさそうな笑顔。営業スマイルとも思えない。
「台風が進路変更したって携帯の速報で知ったばかりなんだよね。最近、天気予報ってアテにならないか
ら、こっちの道でも大丈夫だと思ったんだけど……。台風くるとわかってたらバイパスを選んだのに。ねえ、あなたもそう思うよね」
この人は、誰とでもこんな風に気さくに話せる人なんだろう。人と距離を置いてしまう私とは真逆なタイプだ。
「それは……通行止め、ということですか?」
男性の分析をいったんやめて、私は男性にたずねた。
「こんなところで土砂崩れって言われても困るよね」と、男性は、はあっとため息をついている。
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