とある若年賢者の日常

文月

プロローグ

 七賢者、それはこの世で最も優れているとされる七人の賢者たちのことである。

 彼らは皆それぞれが違った形で魔法の極地に至り、人の身を超越した圧倒的な叡智と力を持つとされている。

 彼らの多くは人間という枠に分類された「エルフ」とか「竜神」などの長命種であり、数世紀という長い年月を重ね、人の身を超越する存在に至ったとされる。

 だがこの国に1人、人の身でありながらわずか15年という異例の短期間で魔法学の全てを修め、人外の領域に至った天才—— 否、変人がいた。

 その名はレイン、苗字はない。なぜなら彼女が単なる平民の生まれだからである。

 なぜ彼女は若くして七賢者にまで上り詰めるに至ったのか?

 彼女曰く「そうならなければならない環境に置かれたから、自ずとそうなったんだ」との事である。

 んなわけがない。

 そんな理由で七賢者になれるのならこの世の人々の二割は七賢者である、

 だが、そんな彼女の実力が本物であることを誰も疑いはしない。

 その理由に、最上位の魔獣「白竜」まで討伐をしてのけたという揺らがぬ実績がある。

 そして何よりも、彼女は数少ない我々に友好的な七賢者であり、この国の人々の大多数は七賢者の称号を持つ彼女に縋っているため、無下にはできない存在なのである。

 七賢者とは基本、皆それぞれが自由に生き、それぞれの趣味に没頭して生きている。

 それ故にその力を利用しようとする勢力からの干渉を避け、自らの正体とその魔力を隠匿しているため、我々が接触し、何かを頼むことは基本出来ない。

 他の七賢者と比べるならば、その点彼女は変わった存在であるといえるだろう。

 だから、私は不憫でならないのだ。

 七賢人という肩書と、それに伴う実力を持ちながらも、まだ人としての倫理観や、価値観を捨てきれずにいる彼女に。



――――――



「お茶を入れました、どうぞ召し上がってください」

「これはどうもご丁寧に」

 遥か遠方から訪れた客人に紅茶を入れるコバルトブルーの髪を長く伸ばした少女、その名を「レイン」という。

 苗字はない。

 なぜなら彼女が何の変哲もないただの庶民の生まれであるからである。

「この紅茶……でしたか、とても良い香りのするお湯ですね。珍しい品なんでしょう、私でも見たことがありません」

「これは、ここから遥か東の国で生産されている『茶葉』という葉から抽出したもので、クッキーなんかと一緒に食べるとおいしいんですよ」

「では遠慮なく」

 対する遠方からの来客、ブロンドの髪に黄金の瞳、そして何よりその整った顔立ちが特徴の彼の名は「クリスト・ド・ローレンス」貴族出身のエリート近衛魔導士である。

 そんな彼がなぜこんな辺鄙な田舎の村の、さらに奥に位置する山の中を訪れているのかというと、他でもない彼女、七賢者が一人「万象の魔女」であるレインに依頼をしに来たのだ。

「ところで、レインさん。早速要件を……」

「その件であれば少しお待ちください、すぐ戻りますので」

 クリストが何か話を切り出そうとした瞬間、レインは何かを察知したかのように話を中断し、客間から自室へ脱兎の如き勢いで逃げ込んでいった。

 ばたんと勢いよく扉を閉めたレインは、ベットに座り込んでしばし沈黙を保ち、考え込んだ後、一人で何やらブツブツと独り言を始める。

「ぜっっっったい面倒ごとだ」

 彼女は七賢者をの万象の名を襲名してからいろいろな厄介ごとに巻き込まれてきた。

 それ故、レインはおのずからこの手の展開に多少の苦手意識を持っているのだ。

「どうする? 断るか? でも師匠には王族にはいい顔をしておいたほうがいいって言われてるし……」

 そんなことを考えた末、レインは大きくため息をついて一つの結論を出す。

「とりあえず話を聞こう、俺が結論を出すのはそれからだ」

 そう、彼女はお人よしなのだ。

 彼女は小さな頃から男として振る舞ってきた。

 まだ小さかった弟と妹を守るには自分が男であったほうが都合がよかったためだ。

 彼女は兄弟、それと親しい友人を守るために魔法を覚えたし、一度親しくなった人々は自らのすべてを尽くし守り切ると、そう心に決めている。

 人たらしの中の人たらし。

 彼女はそういう人物なのだ。

「お待たせしました。ご用件とは何でしょう?」

 部屋に戻り、レインが見せたのは貴族相手の営業スマイル。

 別に他人の前では賢者らしく振る舞いたいとかそういうことではなく、このクリストという人物に大きな恩があるのと、何よりもこの国では貴族が絶対的な権力を握っている為である。

「では早速 ――」

 まず彼は七賢者であるレインに頼み事をするに至った経緯を話し始めた。

 

 ここルーン王国の中央、王都ターミナルに位置する「アトラ」という魔法学園で最近不審な事件が多発している。

 直近では精神に干渉する催眠魔術に侵された生徒が、生徒会長であるグランベル公爵家の嫡男「ルーク・フォス・グランベル」という王子候補筆頭のお偉いさんを暗殺しようと自爆魔法を唱えながら生徒会室に乱入した、なんていう事件が発生したらしい。

 幸いその事件は未遂に終わったものの、いまだ犯人は特定されないまま、催眠にかけられて凶行に至った生徒は期間未定の停学処分。

 それ以外にも学園内では小さな事件から大きな事件まで多発し、一切の事件解決の糸口が見つからない状況である。

 そこで白羽の矢が立ったのが万象の魔女「レイン」。

 彼女は七賢者であり、尚且つルーン王国に友好的であることから、事件の解決を一任しようという事が、どこかのお偉いさん方の会議でまとまったというわけである。


「という事なのですが、後生です!! どうかわたくしめの顔を立ててはくださらないでしょうか!!」

 そう言って机に額を擦り付けながら懇願するクリスト。

「……なるほどねえ」

 レインは暫し熟考する。

 正直言ってこの話、レインは受けてもいい話だと思っていた。

 行っていた魔術の研究はちょうど一区切りついたところだったし、直近で何か差し迫った予定があるわけでもない。

 それに風の噂によると、くだんの「アトラ」という学園には、このルーン王国でも類を見ないほど莫大な蔵書を誇る大図書館が併設されているという。

 それは大の本好きであるレインにとっては、是非とも訪れてみたい場所の一つであった。

 だが、一つ懸念点もある。

 かれこれ七賢者になってから二年間、王都の貴族たちに言われるがまま、傀儡のように依頼をこなしてきた。

 師匠の言いつけでやってきたという事もあるが、少しばかり貴族連中は万象の魔女なら我々の言う事を何でも聞いてくれる、と半ば天狗になっている節がある。

 ドラゴン討伐をはじめ、様々な事件の解決に、しまいには王城の損壊の復旧工事まで。

 一つ一つの依頼は容易にこなせても、王都の解決不可能な雑務をすべてこちらに回されては魔術の研究に支障が出かねない。

 正直、これ以上依頼を頻繁に自分に回してくるようなら、少しばかりお灸をすえてやるのも一つの手だと思っているところだった。

「最近随分と頻繁に依頼を回してくるようだから言っておきます、私は七賢者が一人、万象の魔女『レイン』です。私はあなたたちの便利な道具ではありませんし、ましてや無償であなたたちの願いをかなえる聖人君子などでは決してありません。もし、あなた方が私のささやかな善意と恩義に漬け込み、急を要さない雑務をこれ以上私に押し付けるつもりなのであれば、私は今後一切ルーン王国からの要請には応えることは無いでしょう。それを承知したうえでお答えください。今回の私への依頼は本当に私が出なければならないほど事ですか?」

 貴族が絶対的な権力を持っている、それは確かな事実ではあるが、それ以上の権力を持った存在もいる。

 より上位の階級の貴族、もしくは七賢者である。

 より上位の貴族がより大きな権力を持つのは言わずもがなであるが、七賢者の場合それとは訳が違う。

 七賢者のほうがより強い権力を持っているというのは法で定められたものでは無く、絶対的な暗黙の了解から来た貴族間のみならず王族の中でも絶対遵守されるルールである。

 では何故、そんなルールが形成されるに至ったのか?

 答えは簡単、圧倒的な力。

 七賢者は一人で一国を滅ぼしうる力を持った超越者である。

 そんな人の皮を被った、竜をも超える化け物を前であることを、今一度彼は思い出した。

「……」

 彼は顔を青ざめ、首筋や額に大量の脂汗を浮かべながら沈黙する。

(まずい機嫌を損ねてしまった!!)

 否、勘違いである。

 レインは王国の真意を確かめるため、その意思確認をしようとしたまで。

 決して怒ってなどいないし、クリストがイエスと答えれば二つ返事で了解する腹積もりであった。 

 だが、クリストはそれを機嫌を損ねてしまったなどと解釈し、一人で焦って卒倒しそうになっているのだ。

 クリストはショックのあまり停止しそうになっている頭をフル回転させ、この状況の最適解を模索する。

「あっ……」

 ふと、クリストは天命を授かったかのように穏やかで安心した顔になり、ほっと胸を撫でおろした。

(そういえばそうだった、私としたことがすっかり”アレ”の存在を忘れていた)

 クリストはそんなことを考えながら、バックに手を伸ばし中を漁り始める。

 バックから取り出したのは一枚の真っ白な羊皮紙の手紙。

 その手紙は中央部には特徴的な炎を象ったような紋章の封蝋で閉じられ、右下に小さくこの手紙の送り主のものと思われるサインが刻まれている。

 レインはクリストの取り出したその手紙を一目見た瞬間戦慄する。

「……師匠」

 レインはクリストから渡されたその手紙を読み上げると、大きくため息をつき、渋々といった様子でクリストに返事を返した。

「今回は師匠の頼みです。この依頼、承諾しましょう」

「ありがとうございますっ!!」

 そう感謝の言葉を告げたクリストは、当日の予定が事細かに記された”計画書”を手渡したのち、逃げるように王都へ帰っていった。

「まさか師匠が出てくるとは……」

 そう呟きながらレインは今後自分に降りかかる数々の災難を想像する。

 彼女、万象の魔女レインである自身の師であり恩人である人物、先代万象の魔女「エレン・ヴァイオレット」に関わると禄なことがない。

 彼女はそれを知っているからである。

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