第1話「エレンなる魔女の性質」
私は今王都ターミナルの「アトラ」っていう学園の校長先生をしているの。
生徒はみんなかわいくて、ご飯もおいしいし基本的は満足しているんだけど、最近物騒な事件が多くてね、なんだか心配になってきちゃったから私が動こうとしたんだけど、ハゲの教頭とか、理事会か何だかのお偉いさんに強く止められちゃってたの。
なんだか怪しいな~って思ったからレインにお願いしようと思ったってわけなんだけど、突然だけど頼まれてくれるかしら?
ここはいいところよ。たくさんの友達もいるし、私もいるし、何よりレインの大好きな本がいっぱいある大図書館もあるわ。
もし引き受けてくれるのならクリストって人がレインを案内してくれるから、その人には優しくね。
元万象の魔女「エレン・ヴァイオレットより」
というのが手紙の内容である。
相変わらずの優しく見せるための文体と口調。完全に人を油断させて確実に食い殺そうとする、その性根が透いて見えるようだ。
「これだからあの人は⋯⋯」
「ところでレインさんが先代を敬遠しているのには何か理由がお有りなのでしょうか?」
そうレインに尋ねるのは彼女の案内役であり、同時に王国指折りの実力を持つ王宮魔道士のクリストという人物である。
「なぜそのようなことを?」
「これは私の主観なのですが、レインさんの師匠、エレンさんはそこまで悪い人ではない……というよりいい人であるという印象を受ける方でした。ですがレインさんはそうではないようなので、その理由が少々気になりまして……」
恐る恐ると言った様子でレインにそう尋ねるクリス。
レインはそんな毎度の恒例になりつつある質問に、懇切丁寧に答えを返した。
「あの人の生態は、いわば食虫植物なんですよ。甘い香りと美しい外見で獲物を誘い、獲物が近寄って来たら容赦なく食い殺し、自らの養分とする……そんな真性の『魔女』なんです。クリストさんも気をつけたほうがいいですよ、あの人は元はと言っても百戦錬磨の七賢者。七賢者である以上どこかがおかしいのは“言わずもがな”です。かく言う私もどこかおかしな所があるらしいですし」
クリストは今の説明でエレンという人物の危険さが十分に理解できたのか、「なるほど」と理解の意を示した。
だが、一方レインは何だか最後の一言で納得されたような気がして、いささか複雑な気分になったのだった。
それから二日ほど、馬車の中でそんな他愛のない会話を繰り返したのち、ルーン王国の中央、国の都市である王都ターミナルにたどり着いた。
レインは度々この王都を訪ねている。
直近であればドラゴンに壊され半壊した王城の復旧の依頼の時だろうか。
「相変わらずここは進んでいるな」
宿屋の窓から見える王都の景色は少し前より格段に発展しているように思える。
道の中央を走る路面列車、立ち並ぶ家や店に貼られている歪みのないガラス窓、道ゆく人々の服装は整っていて清潔である。
クラクラするくらい人はたくさんいるし、建物は全て煉瓦造り。
この光景を見るとこの王国の女王がいかに絶大な力を持っているかが窺い知れると言うものだ。
そんなことを考えていると、大きく手を振りながらレインに猛ダッシュしてくる人影が一つ。
「レインさーん!! お久しぶりでーええおぼひゅ!!」
大声を上げてレインの方に走ってきたかと思えば、何もないところでいきなり躓き、盛大にすっ転んだブロンド髪の彼女は、学生時代レインと同期であった「エリーゼ」である。
「こっちも相変わらずだな……」
「はいぃ、相変らずやらせてもらっていまひゅ」
その腑抜けた返事に思わず脱力してしまいそうになるレインであったが、そういえばクリストさんにエリーゼについて説明していなかったことを思い出し、ハッと我に戻ったレイン。
「えっと、この人は私の友人のエリーゼといって……」
「はい、存じ上げております。あの有名な天才発明家のエリーゼ様ですよね。噂はかねがね伺っております」
「天才発明家……げへへっ」
どうやら説明するまでもなくエリーゼのことは知っていたらしい。まあそれはいいと、レインはエリーゼの気持ちの悪い笑いを無視し説明を続ける。
「今回の任務ではこの子、エリーゼを同行させます」
「何故です? 今回の依頼はレインさんであれば一人でも問題ないと思うのですが」
「確かに彼女は大体の点において私に劣るでしょう」
「ひ、ひどいっ!! まあ事実ですけど」
「ですが彼女は特定の分野において私より格段に優れ、私の至らぬ点を補完できると考えています」
「えへへっ、それほどでも」
「ちょっと黙ってろ」
「はっ、はい! 了解ですっ」
「それと早く立ち上がってくれ、だらしない」
「はいっ!!」
褒められて調子に乗り会話を遮るエリーゼをいったん黙らせたレインはさらに話を続ける。
「今回の依頼は魔法学園アトラへの潜伏調査という事ですが、計画詳細を伺ってもよろしいでしょうか?」
今回の任務で重要なのは、いかに他の生徒に自らの身分を隠し通せるか。
相手は王国位置ともいわれる名門、魔法学園アトラの全生徒と全教師である。
それら計1000以上の人々を騙しきるためには綿密に寝られた計画、それと万が一の場合のバックアップが必要不可欠だ。
それらの計画は本来であれば事前に建てられ共有されるべきなのだが……
「レインさんには早速明日から、アトラの特待生徒として高等魔術学科の二年生のクラスに編入し、潜入調査を行ってもらいます。書類作成や教科書、魔道具等々の備品の用意はこちらで済ませてあるのでそこは問題ありません。潜入中は教師、及び生徒に精神干渉系の催眠魔術がかけられていないかを片端から調査し、もし該当する教師、及び生徒がいる場合、催眠魔術の解除・無効化、それから対象の術式元となった人物の特定を行ってもらいます。それと一週間おきに潜入調査の状況についての報告書を作成してください。給料についてはその報告次第ですが、事前にお伝えしていた通り、最低保証として週【白金貨10枚】、前金が今私の手元にある分で【白金貨100枚】、ボーナスが【白金貨10枚から30枚】の変動制です。特待生徒特権として週に三日までは学校を欠席しても免除されます」
まあ随分と大層な金額を用意したものだとレインは思った。
白金貨10枚の価値は金貨にして約100枚分、余裕で一軒民家が立つほどの価値だ。
エリーゼなんてあまりの大金に口をあんぐり開いて「うへえ……」なんて間抜けな声を出している。
だが、そこではない。
少し前の莫大な出金で貯金が底をつきかけ、ちょうど金が欲しいと考えていたレインではあったが、こんなずさんな計画を聞かされて「はいそうですか、わかりました」などと飲み込めるわけがなかった。
この町の城の修復の時だってそうだった。
いい魔法を知っていたからどうにかなったものの、その時は設計図さえ提出されなかったのだ。
レインにはこのやり口に覚えがあった。
「具体的な計画は無し、バックアップの案もなし、計画を紙か羊皮紙にまとめて提出しないで、あまつさえ金だけ積んで要求伝えるだけ伝えて丸投げ……このやり方、もしかして……」
「はい、この計画を立案しこの状態でレイン殿に伝えるように指示されたのはエレン様です……」
案の定ここでも飛び出してきたこの名前。
レインはその名前を聞くや否や、今後、長期間行うことになるであろう自らの学園生活に、エレンという名の暗澹たる影が落ちるのをはっきり感じ取ったのだった。
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