第1話 これは普通だよ

「やっと終わったぁ」


 やっぱり7限って長いし疲れる。小学生の時の5限があんなに楽だったなんて…。当時はたかが5限でぴーぴー喚いていたけど7限に比べちゃマシだ。

 なんてぶつぶつ心の内で呟きながら荷物をまとめていく。手際よく教科書類を鞄に詰めてはいるが頭の中は彼女とのことで頭がいっぱいだ。全くと言っていいほど頭は働いていない。


「すぅ……はぁ…」


 よし、と一つ意気込んで彼女の元へ歩を進める。足と手が同時に動いてしまっているがとりあえずは前に進めているのだから良しとしよう。その調子。


「え…えと、その」

「ん、渥美さんやっほ」

「や、やっほ」


 こ、これがカースト上位の余裕なのか…とそのコミュ力の高さに圧倒される。私なんて一言かけることでさえ緊張しまくって結局言えませんでした。なんてことが日常茶飯事だというのに。


「ふーむふむ」

「……?」


 言葉を交わした途端じーっとまるで私を舐め回すかのように頭の先からつま先まで見られる。


 え、私どこか変かな。


「んふ〜やっぱ可愛い」

「…へ?」

「あ、ごめーんこっちの話。んじゃ帰ろ帰ろ」

「あ、うん」


 2人で並んで教室を出る。私がそこまでカーストが高くないのもあり、歩くたび「隣の人って誰…?」なんてことを呟かれるが隣の彼女は全然気にしていないらしい。


「渥美さんの名前って"桜"だよね?」

「え、うん」

「よかった合ってて。ていうか桜って名前やっぱり可愛い〜」

「ど、どうもありがとう…?」


 せっかく褒められたというのにこんな返事しかできなくて申し訳なく思ってしまう。というか私の名前を認知されていたことにすごく驚いた。でも、ちょっと嬉しかったりもした。


「えへ〜反応可愛いっ」

「……」

「あーごめんごめん。てか今更だけど私の名前…わかるよね?」


 一応クラスメイトの名前は覚えている…つもりだけど、お礼を言いたいのもあるしちゃんと確認はしてきた。誰であろうと失礼はない方がいい。


「佐倉椿…さん」


 私がそう名前を言葉にした途端、僅かに彼女の頬が赤くなったような…気がした。だが今見ると彼女の頬は先程までと同じに戻っているしきっと見間違いだろう、と自分の中で結論付ける。


「うん、私は佐倉椿さくらつばき。思ったけど私の"佐倉"と渥美さんの"桜"、漢字は違うけど読み方同じだよね」

「そうだね」

「んふ、なんかいいねっ上手く言えないけど」


 そう言うと彼女はさくらとさくら〜なんて言っては「んふふ」って微笑んでいる。そんな様子がなんだか飛び跳ねるうさぎの様に感じて可愛いな、なんて思う。

 そしたら彼女が少し真面目そうな表情をして私に向き合うのだからちょっと身構えてしまう。メッセージでは百合についてはあまり深掘りされなかったが、あのシーンを見られていた以上きっと薄々感じてはいる気がするし。


「よし。じゃあ渥美さん。グリコ、しよう」

「ぐ、グリコ…?」

「え、もしかして渥美さん知らない…?」

「いやっ流石に知ってるけど…」

「けど…?」

「な、なんでするのかな…って」


 そんな彼女の口から出てきたのはグリコをしよう、なんて突拍子もないものだったからつい疑問になって聞いてしまったが、いざ聞いた後にハッと思う。こんな無愛想な私に色々言葉をかけてくれているのに、なんで、なんて言う言葉はあまりにも失礼ではないかと。


「んー、これから仲良くしましょっみたいな?」

「そ、そっか」

「まーとりあえずやろーよ」

「…うん」


 みんなにやってるのかな、って思ったりもするがとりあえずここは合わせておくことにした。


「じゃあいくよー!」

「じゃけんぽんっ!」


 私はチョキ、佐倉さんはグーを出した。つまりは私は負けて佐倉さんの勝ちということだ。どうだっけ、確か…


「ぐ・り・こっ」


 佐倉さんはぴょんぴょんぴょんっと3歩飛び跳ねていく。さっきも思ったけどやっぱ可愛い。話している時も思ったのだが語尾が跳ねているような、またそれに合わせて体も動いていてもうなんだろう、一挙一動全てが可愛く見える。


「渥美さーん。3つ先の電柱までねっ!」

「わかった」


 返事をした後になってしまうけれど、私の声小さいから絶対届いてないな。けど普段そう大きい声も出さないし今出せるのか、と問われたら多分出せない気がする。


♦︎

 

「私のかちぃ〜」


 結局その後も私は一回しか勝てなくて佐倉さんの勝ちで終わった。勝てたからか佐倉さんはどこか上機嫌である。

 

 というかカースト上位ってほぼ初対面でこんなに距離って近いのだろうか。まあ初対面というわけではないのだけど、今日ほぼ初めてちゃんと言葉を交わした割にはやっぱり距離が近いような気がする。


「……!?」


 とか考えていたらいきなり腕を組まれた。もしかしたら私が知らないだけで普通なのかもしれないけど。でもそれよりも私が1番困っていることは

 "百合漫画で見た光景"

 であるということ。毎日ベッドで足をバタバタさせながら眺めていた光景を今自分が体験している、ということが嬉しくもありつつあり得ない事すぎて頭が理解を拒否っている。


「あ…ごめん嫌だった?私いつもの癖でしちゃったんだけど…」

「あっ、いやいや!全然嫌じゃ…ない、です」

「…ほんと?」

「……うん」


 それから佐倉さんは私に色々話をしてくれたのだが、正直なところこの現状に緊張しすぎてしまって単調な返事しかすることができなかった。だって頭の中ではずっと、汗大丈夫かな?とか歩くの遅すぎるかな、それとも早すぎる?とか。そんなことを何度も何度も考えてしまってもうキャパオーバーだからだ。

 けどこれだけは確実に言える。女の子と――ましてやこんなに可愛い佐倉さんと腕が組めてめちゃくちゃ嬉しい。


 えてか私大丈夫?今日の夜にでも誰かに刺されてコロッと逝っちゃったりしてもおかしくないような気がする。


「…気になったんだけど」

「ん?」

「…こ、こういうことするのってその…普通なの?」

「んーそうだなぁ。腕組むくらいは普通な気がする、まあそこは個人差あるけど」

「そ、そうなんだ」

「手繋ぐってなるとまあちょっと変わるけどね」

「…教えてくれてありがとう」

「いいえ〜」


 聞いた後佐倉さんが少しだけぎゅっと強く腕を組んできたような気がしたような気もするけど、まあ本当に気のせいだろう。そしてこれくらいは普通のことなのだ、逆に手を繋ぐのはちょっと変わる、とメモをして頭の引き出しの一つに丁寧にしまう。

 まあ普通だとわかったところで私のこの緊張がどうにかなるというわけではないのだけど。

 そうこうしてたら私の家に着いた。佐倉さんの家はまだ先なのだろうか。


「あ、ここ私の家」

「ほほーう、ここが渥美さんのお家であると。ねね、何階なの?」

「…5階。502号室」

「……5階なんだっ」

「うん」


 そしてまた明日ね〜と佐倉さんは手を振りながら帰っていった。というか思ったのだけどちゃんと"また明日"は訪れるのだろうか。いや"明日"自体はちゃんとくるのだけど。

 というかさっき何階かを聞かれたのに勢い余って部屋番号まで言ってしまった。まだ誰にも教えたことないのに。けど佐倉さんが家に来ることなんてないだろうと思い、いいやって頭から放り投げる。


「そういえば百合について何も聞かれなかったな」


 もしかしたら佐倉さんも百合が好き?そうだったら嬉しいなぁ。


「ただいま」

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