第2話 シゴデキは恋を揶揄うか。

「それじゃ、俺そろそろ帰るわ。」

「高塚さん!また明日もよろしくお願いします!」

「お疲れ様でしたー。」

「おう、また明日な。」

 飲み会を終えて、高塚さんは自分の分のお金に少し割り増して置いて帰っていった。

「はぁ…。」

「そんなにため息ついてどうしたの?」

「原塚さん!聞いてくれます!?」

「高塚さんって、どんな女の人がタイプなんですか?」

 お酒も結構入って来てたから、ついこういう話振っちゃって。

「笑顔が綺麗な女だな。」

 高塚さん、実際にイメージがあるのかちょっと上を見ながらそう言うんです。

「高塚さん、もう酔ってます?」

 顔も少し赤かった気がするし、普段はそういうの流す人だから、そう聞いたんですけど。

「全然酔ってないけど。」

 って、平然と言ってきたんです。

「じゃあなんで、答えてくれたんですか。」

「別に隠すようなもんでもないだろ。中学生でもあるまいし。つーか、こんなおっさんのタイプなんて聞いてどうすんだ?」

「ただの興味ですよ…。」

 高塚さんは、ずっと鈍感なんですよ…。

「年齢だったら上と下どっちがいいですか?」

「上だろ。てか、同世代だな。この見た目で年下好きは世間体がちょっとな…。」

「そうですか?別にそんなことないと思いますけど…。」

「男にはそういうのがあんだよ。」

「そーですか!!」

「おお、なんだよ急に、酔ってんのか?」

「そーですよ!」

「って、ことがあったんですよね…。」

「俺がトイレ行ってる間にそんな(面白そうな)ことが起きてたんだ…。」

「どうすればいいですかね。私なんて眼中にないですよね…。」

 蘭さんは心配そうにジョッキの中身を眺めている。

「そうでもないんじゃない?高塚さん、結構蘭さんには心開いてると思うよ。それに、高塚さんは見た目が渋いだけで、そこまで年齢差無いでしょ。それこそ、世の中の犯罪者ほどはないだろうし。」

「それはそうですけど…同世代とは言えないですし…。それに高塚さん、私を見る目がお父さんと同じなんですよ!」

「それは…ふふっ。」

 蘭さんの訴える言い方が、法的措置でもしそうなほど真剣で俺のツボに入る。

「笑わないでください!真剣に悩んでるんですよ!」

「でもさぁ…しょうがないんじゃない?高塚さん自分のこと実年齢以上に枯れてると思ってそうだし。」

 高塚さんはまだアラサーなのに、自認としてはアラフォーに近い。もはや自分に我が子がいるくらいの、そしてそれが俺たちと同年代というくらいのテンションで会話してくるときがある。

「そんなことないのに…。」

「それを決めるのは自分だからねぇ…。というか、蘭さんなんで高塚さんが好きなの?学生時代も男選び放題だっただろうに。」

 蘭さんはシンプルに美人だし、学生時代はハンドボール部にいたらしい。後輩にも慕われてたって照れながら話してた。さぞモテたんだろう。

「原塚さんって仕事できるだけで、性根は腐ってますよね。」

 大正解。俺は真面目に話を聞く気なんて最初からない。面白くてネタになればそれでいい。そのために二人と飲みに来るようなもんだしなぁ…。

「まあね。それでさ、なんで好きなの?」

「それは…」

 蘭さんは、少し恥ずかしそうに馴れ初めを語り出す。

 これは、私が単発バイトでステージのバイトをしたときの話です。

「これでリハーサル終わりまーす!」

――はーい!

 その当時は、もちろん私じゃない人が進行役のお姉さんを務めていました。私は舞台の裏で、機材や小道具の入った段ボール箱を運んでいたんです。

「そしたら、そっちの機材も運んでくれる?重いから気を付けてね。」

「わかりました!」

 その当時、好きだったステージの仕事に関われることが嬉しくて私は精一杯仕事をしていました。

 そして、それは起こったんです。

 つるっ

 舞台裏の床に衣装用の布が落ちていたんです。

 終わったと思いました。なにせ高い機材を運んでいたので、落として壊してしまえば、バイトをクビになってしまいます。

(あぁ…終わったな。)

 がしっ

 すると突然後ろから何か大きいものに支えられて、転ぶのを免れました。

「誰だー?この子にこんな重いもん持たせた奴ー!」

「え、あ、ありがとうございます!」

「大丈夫だったか?あ、バイトか、気を付けろよ。ここの衣装担当は衣装以外適当だから今度からはちゃんと床を見るんだぞ。」

「はい!」

 その時は、スーツも着ていなかったので、ヒーローの中の人だとは思わず、スタッフの人だと思っていました。そして私が次にその人に会うのは正社員になってからです。

「運命だと思いましたよ。私、ヒーローに助けられたんだなって。そしたらもう高塚さんが光って見えて。それからです、好きになったのは。」

「ピュアだね…俺はてっきりおっさん好きなのかと。」

 高塚さんについて語る蘭さんの目があまりにも輝いているものだから、俺はバランスをとるために失礼なことを言う。

「ち、ちがいますよ!私は高塚さんが好きなのであって、おじさんが好きなわけじゃないです!」

「そ、そうだったのか…。」

 そこに、高塚さんが現れた。随分酔っているのか、冷えたのか、顔が赤い。

「え!?高塚さん!?」

 蘭さんの驚きようが面白くてまた笑いそうになったが、また嫌な顔をされるのはごめんなので、やめておいた。

「どうしたんですか?」

「忘れ物したんだ。俺のハンカチ知らないか?」

 俺は、さっき拾ったハンカチを手渡す。自分の演じるキャラのグッズ使うのってどういう気分なんだろう…。

「あ、これですよね?明日渡そうと思ってました。」

 嘘だ。実際は高塚さんが帰る前に渡せたが、あとで戻ってきてもらうために持っておいた。そっちの方が面白そうだから。

「おお、ありがとな。」

「え、えっと、高塚さん?い、今の話どこまで聞いてました?」

「ん?蘭が俺のことを好きっていう」

「ちょっ」

「高塚さん。勘違いですよ、蘭さんは高塚さんをすごーく慕ってるんです。」

「おお、そうか、慕ってくれてんのか。嬉しいな。がはは。」

 そう話す高塚さんの顔の赤さとしゃべってることの適当さで、面白さが倍増してくる。

「これ、完全に酔ってるから。どうせさっきの会話も覚えてないよ。」

「そ、そうですよね!よかったぁ…。」

 こうして、蘭さんの純情は酒に酔って明かされ、酒によって守られたのである。

 ああ、一生叶わないで欲しい。

「なあ、原塚。昨日の飲み会で蘭がなんか変なこと言ってなかったっけ?」

「ん?覚えてないですね。そんなことよりステージ始まりますから、そこの味噌汁パパッと飲んでそのどうしようもない二日酔いどうにかしてください。」

「ああ、すまん。ありがとな。」

「いいですよ。どうせインスタントですし。こういうのも俺の仕事なんで。」

 原塚晴彦。決まった役職名を持たないオールマイティなスタッフである。スケジュール調整から、身の回りの配慮、各所への話の通達、報連相など、誰かがやっている仕事のプラスアルファを担当しているシゴデキ。

 好きな食べ物は鍋と焼き肉。恋愛を過去の苦い経験から忌避している。ただ、他人の恋路は好きで、最近の趣味は、蘭の高塚への想いをからかうこと。

 性格が良ければただの仕事のできるイケメンなので、神に代償としてつけられたのだと、スタッフの間では専らの噂だ。

 新人女性スタッフはみんな三日だけ原塚に恋するのだという…。

「高塚さんって、筋肉凄いですよね。」

「そんなにでかくないだろ。」

「いや、質ですよ。いい鍛え方ですね。」

「一応ヒーローだからな、デカすぎると重くなるし、何よりスーツが入らなくなる。どうだ?原塚も初めてみるか?」

「いや、俺はいいです。裏方だし、力仕事はしない主義なんで。」

「じゃあ、困ったときは言えよな。」

「ありがとうございます。それじゃ、着替えといてくださーい。」

「あいよ。」

 今日も、木野宮もくのみやゆうえんちの楽屋は平和なのだった。

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