英雄像は仮初か。
ヨモギ丸
第1話 おっさんは嘘を演じるか。
「高塚さん!高塚さん!!次の出番20分後です!その間にご飯食べといてください!」
スタッフの一人が俺の分の弁当と箸を置いてくれる。今日の弁当はかつ丼弁当か…。揚げ物だなぁ…。
「ありがとう。」
今回も疲れた…。体力には自信があったが、老いや衰えには勝てない、精神が平気でも、身体が疲れているのを感じる。
「高塚さんって、いつも疲れてますよね。」
仕事中のはずのスタッフは、俺の隣のパイプ椅子に座って話し始めた。
「おお、蘭か。」
彼女は中塚蘭、このステージの進行役を務める。若手だが、はきはきとした声で人手不足のここでは即戦力だ。
「はい!あなたのアイドルらんちゃんです!」
蘭は、右目の横でピースを出して、ポーズを決める。
「はいはい。アイドルアイドル。」
この流れももう数えきれない程なので、俺は弁当から眼も離さずに流す。
「適当に流さないでもらえます!?渾身のギャグなんですけど!」
蘭は立ち上がり、眉間にしわを寄せる。
「人を笑わせない言葉はギャグとは言わないんだぞー。」
「わかってますよ!というか、高塚さん体大丈夫ですか?さっきからずっと腰さすってますけど。」
「あとでシップ貼りなおすわ。」
この年になると、シップの効きも悪くて、もうどうしようもない。
「やってあげましょうか!?」
「いや、いいよ。蘭もおっさんの汚い背中なんて見たかねぇだろ。」
「別に私は構いませんけど…?」
「蘭さん!こんなとこにいた!設営手伝って!」
「あ!原塚さん!すいません!それじゃあ、高塚さん!時間には着替えといてくださいね!」
「あいよー。」
休憩室に入ってきた原塚に連れられて、蘭は設営の仕事に向かう。
*
そして、次の公演が始まった。
「ぐわっはっはっは。お前らのことを食ってやるぞー!!」
見事な恐ろしい演技だ。子どもたちからはわーきゃーと怖がる声が聞こえてくる。正直、なったばかりの頃は子供騙しだと思う部分もあったが、今では子供に向けてやるお仕事なのだから、子供騙しで当然である。
「きゃーー!みんな!暴食怪人グラーラが出てきちゃった!!」
「お前も!お前も!お前も!みんな食ってやるぞー!!」
俺は入念な準備運動を始める。この年でスーツアクターをやっていると、考えるのはステージ上で腰を痛めることばかりだ。例えば撮影ならそれが止まるだけだが、子どもたちの夢を奪うわけにはいけない。
「みんな!こんな時はあのヒーローを呼んでみよう!そしたらお姉さんに続いて大きな声で呼んでね!いくよ!せーのっ、モックマーン!!」
――モックマーン!!
さぁ…出番だ。持ってくれよ、俺の腰!
「やめるんだ!怪人!」
「な!お前は!」
スモークを炊き、音楽を響かせ、ライトを照らし、モックマンが舞台袖から出てくる。
「
この年になって、子どもの前でポーズをとるのが恥ずかしくないのが怖いくらいだ。
「ぐわっはっは!お前のような男に負けんぞー!お前ごと食ってやるー!」
怪人役が、目の前からやってくる。それを躱しながら、正義の味方らしく直線的な攻撃を繰り出す。
そして、それを数度繰り返した後に敵の体当たりにぶつかって倒れる。この時が注意だ、ここで腰をやると立ち上がれなくなる。
今日は、何とか大丈夫だったみたいだ。
「クッ…このままでは負けてしまう…!」
「やばいよみんな!このままじゃモックマンが負けちゃう!応援して強くしてあげよう!いくよ!せーのっ、頑張れ!モックマーン!」
――頑張れ!モックマーン!!
「ありがとうみんな!みんなの応援の力が俺をもっと強くする。覚悟しろ怪人!行くぞ!モッククラッシャー!!」
繰り出した拳が怪人を吹き飛ばす。
「ぐああああ!!」
「みんな!ありがとう!みんなのおかげで怪人を倒せたぜ!それじゃ、みんなでせーの!モックー…」
――モックー…
「パワー!!」
――パワーー!!!
「モックマンのサインが欲しい子はこっちに集まってねー!」
子どもたちが目を輝かせてこちらに寄ってくる。
「モックマン、え、えっと、その…。」
子どもの中には、こういう風にもじもじとしてしまう子もいる。
「来てくれてありがとう!ゆっくりで大丈夫だよ!」
「いつも、かいじんから助けてくれて、ありがとう!」
こういうことを言われると、自分の努力が伝わっているようで、嬉しく感じる。
「みんなの応援のおかげだ!いつもありがとう!」
俺からは定型文の返ししかできないが、どうかそのまま真実を知るまでは嘘を楽しんでいてくれ。
「えへへ!これからも頑張ってね!」
「これからも応援してくれ!じゃあな!」
俺は珍しく、その子の背中が見えなくなるまで手を振っていた。だからか少し肩が痛い。
「うん!ばいばい!」
「それじゃこれで終わりです!ありがとうございましたー!」
*
「はぁ…いてて…。」
「腰、大丈夫ですか、赤塚さん。」
「綿塚さん。全然平気ですよ、シップ貼ってますし。」
腰をさすりながら休憩していると、怪人役の綿塚さんも休憩所にやってきた。あと俺は高塚です、綿塚さん。
「無理しないでくださいね。」
「いやいや、綿塚さんこそ毎回攻撃される側じゃないですか。俺よりきついでしょ。」
「いやいや、僕は慣れてますから。」
「柔道やってたんでしたっけ?」
「はい、これでも大学時代は大会でいいところまで行ったんですよ?特に僕の先輩がすごい強くて―。」
綿塚さんは俺より3つ年下だ。
「いいですね。やっぱり尊敬しますよ、格闘技なんて心が弱かったらできませんから。」
「そんな赤塚さんは何かスポーツしてたんですか?」
ハンドボール、卓球、一度空手にも手を出したっけ。三カ月でやめたけど。今は筋トレばっかだな。あと、俺の名前は高塚です。
「俺は色々やりましたよ。俳優になりたかったんです。」
「今の仕事も俳優みたいなものじゃないですか。」
「いや、そうなんですけどね…。」
この仕事は確かに俳優に近い、というかやってること、演じているという点ではほぼ俳優だ。ただ、俺の思い描いていた、映画スターでもなければ、ドラマスターでもない。俺はただのスーツアクターだ。
「あ、すいません。娘のお迎えがあって、帰らなきゃなんです。今日もありがとうございました。」
「はい、またお願いします。」
そう言うと、綿塚さんはすたこらと帰っていってしまった。
「ふふっ、赤塚さんって、色んなスポーツやってたんですね。」
そこに、仕事を終えたのか進行の衣装から普段着に着替えた蘭がやってきた。
「俺は…高塚だよ。」
「だって、修正しなかったじゃないですか。」
正直、あの人は覚えてくれないから何度言っても意味はないんだよな…。
「いや、俺も言おうと思ったけどさ…疲れてるからさ…。」
「いつもお疲れ様です。」
蘭はペットボトルのお茶を俺に手渡す。
「高塚さん!着替えお願いしまーす!」
原塚が、俺のところに指示を出し、そのまま行ってしまった。
「はーい。いてててて…」
俺は腰をさすりながら立ち上がる、今日は少し無理をしすぎたかもしれない。
「赤塚さん、今日も飲みに行きましょうね。」
蘭は元気に笑いながらそう言って、部屋を出ていく。
「もうそれでいいわ。そしたら原塚も誘っといてくれ。」
「はーい!あ、原塚さーん!」
(はぁ…今日も腰が痛い…。)
ここはどこかのテーマパーク「木野宮ゆうえんち」の楽屋。アラサーの高塚渉は俳優を目指していたが、ひょんなことからヒーローショーのスーツアクターになってしまった。これは、そんな彼の苦悩と安堵の物語である。
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