第7話「ノイズと微笑」

【ノア】


 昼休みの中庭は、今日も賑やかだった。

 空に浮かぶ人工太陽がやわらかく照らし、風が芝生を揺らしている。


 ノア・ミレリアは端のベンチに座り、端末に目を落としていた。

 整備科の課題資料――イージス・ゼロの神経接続構造を解析したデータだ。

 見れば見るほど、その設計は“異常”だった。


 「……これ、本当に“人間”が操縦してるの?」


 小さくつぶやいたそのとき、背後から声がした。


 「ねぇ、ミレリア。最近あの軍人と仲いいって噂、本当?」


 顔を上げると、同級生の女子が立っていた。

 数人の学生が興味津々といった目で集まっている。


 「……別に、仲がいいとかじゃないよ」

 「だって、よく一緒にいるじゃん。整備棟で見たって人もいるし」

 「任務だから」


 「任務」――その言葉が返ってきた瞬間、空気がわずかに変わった。

 学生たちは笑っていたが、どこかで“距離”を取った目をしている。


 「やっぱり軍人って怖くない? あの人、顔も見せないし」

 「もしかして、戦場で人殺してるんじゃ……」


 ノアの胸に、かすかな苛立ちが走った。

 彼らの言葉が間違いとは言わない。

 でも――知りもしないのに、そう決めつけるのは違うと思った。


 「……あの人は、ただ命令に従ってるだけ。

  それに、私たちを守ってる」


 言葉に力がこもっていた。

 学生たちは少し黙り、やがて話題を変えて去っていった。


 ノアは息を吐く。

 胸の中がざらざらとした感情で満たされている。


 「……何で、こんな気持ちになるんだろ」



【リオ】


 監視端末が、小さな異常値を示した。

 中庭のセンサーが一時的なノイズを検出している。


 「……位置データ、再計算」


 数値が並び、解析が走る。

 通信干渉――自然発生ではない。

 人為的な信号、しかも非常に微弱なスパイ用ビーコンの波形。


 「侵入者……か」


 俺は立ち上がり、整備棟を出た。

 歩く速度を上げる必要はない。

 この程度の信号なら、対象はまだ“観察”段階だ。


 だが、観測ポイントは中庭。

 ――ノアがよくいる場所だ。




 中庭のベンチに、彼女は座っていた。

 顔は端末に向いているが、眉がわずかに寄っている。

 心拍数、平常より6%上昇。情動反応の痕跡。


 そのとき、彼女の背後――植え込みの影に、人影が動いた。

 視線は明確に彼女を狙っている。


 迷う必要はなかった。


 「動くな」


 音もなく背後に回り、腕を押さえる。

 短い呻き声。

 侵入者の手から、小型の通信装置が滑り落ちた。


 「誰の命令だ」


 沈黙。

 装置を踏み潰し、腕を極める。

 相手は呻きながら言葉を吐いた。


 「……テスト、だ。反応を見るだけの……」


 「誰のテストだ」

 「言えない。殺される……」


 その瞬間、侵入者の瞳が一瞬だけ光った。

 神経チップ――自爆信号の発動。


 「っ……!」


 俺は腕をひねり、チップの接続端子を強制遮断した。

 無力化完了。


 背後で声がした。

 「少尉……?」


 振り向くと、ノアが立っていた。

 目を見開き、言葉を失っている。


 「……危険は排除した。問題ない」

 「今の人……何者?」

 「わからない。ただ、君を見ていた」


 ノアは小さく息を飲んだ。

 その顔に、恐怖ではなく――“心配”が浮かんでいた。


 「あなた、怪我は?」

 「ない」

 「……よかった」


 胸の奥で、何かが鳴った。

 理由はわからない。

 ただ、今の“よかった”という音が、記録以上の意味を持って聞こえた。




 夜、記録端末にログを残す。


 《監視対象:ノア・ミレリア 危険接近事件発生》

 《敵性存在:不明。通信試験の可能性》


 そして、指が止まった。


 《記録不能な反応:有。分類:未定義》


 それは“恐怖”でも“興奮”でもない。

 ただ、確かに“何か”が生まれていた。


 ……まだ測れない。

 だが、確かに存在している。

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