第8話「模擬戦の観測者」

【学園都市 訓練場】


 青白いドーム天井の下、無数の訓練用モビルが並ぶ。

 今日、学園都市では月例の模擬戦演習が行われる日だった。

 学生たちはそれぞれ自分の機体を整備し、緊張した面持ちでブリーフィングルームへ向かっていく。


 その奥。

 整備棟の高所観測ブースに、ひとりの軍人が立っていた。


 ――リオ・エルグレイン。


 黒いパイロットスーツの姿はいつも通りだが、今日は“監視”ではなく“観戦”という任務を与えられていた。

 演習記録を解析し、今後の戦術教育データとして軍へ提出する――それが表向きの理由だ。


 だが、彼の視線はもっと別のものを追っていた。



【ノア】


 「今日の演習、見に来てるって本当? あの“軍人さん”」

 「うん、あの人が見てるって聞いただけで、手が震えるよな」


 学生たちの間でざわめきが広がる。

 リオが観戦していると聞いただけで、彼らの緊張は倍増していた。


 ノアは遠くの観測席に立つ黒い影を見上げる。

 どれだけ離れていても、彼がどこにいるかはわかった。

 存在そのものが空気を変えるからだ。


 (この人、あんな静かなのに……やっぱり戦場の人なんだ)


 ノアは自分のチームのメカを点検しながら、複雑な感情を抱いていた。

 彼がここにいる理由は“監視”だ。

 けれど、あの灰色の瞳の奥に――彼女は確かに、“知ろうとしている”何かを感じていた。



【演習開始】


 「演習開始まで、あと60秒!」


 訓練フィールド内で、学生たちの機体が次々と起動する。

 ブース内の照明が落ち、戦闘空間の仮想投影が展開された。


 模擬弾が飛び交い、光が走る。

 初心者同士の戦いにしては、動きは悪くない――だが、リオの目にはすべてが遅く、甘く見えた。


 「……動きが読まれている。パターンが単純すぎる」


 彼の呟きに、隣の観測士が戸惑ったように笑う。

 「ええ……まあ、学生ですし」


 学生たちは敵の動きに対応しようと必死だった。

 だが、攻撃を避けるたび、仲間の位置を守るたびに、非効率な軌道を選んでいる。


 彼らは最小の犠牲を選んでいる。

 それは、リオの戦場では決して存在しない選択だった。


 (無駄な動き……だが、これは“守るための戦闘”か)



【ノアのチーム】


 「右前方、来ます!」

 「回避! 味方を巻き込むな!」


 ノアのチームが攻め込まれる。

 彼女たちは退避を優先し、被弾しながらも隊形を崩さずに戦線を維持した。


 リオの眉がわずかに動いた。


 (あの選択は――戦術的には愚策。だが、生存確率は高い)


 その瞬間、敵チームの一機が大きくはみ出した。

 ノアの仲間が即座にそこを突き、撃墜。

 数的不利から逆転の流れを作り出す。


 (……数値だけでは測れない“判断”だ)


 リオは初めて、戦場以外の“戦い”に見入っていた。



【終わりと始まり】


 演習終了のサイレンが鳴り響いた。

 結果は引き分け。

 だが、学生たちは互いの健闘を称え、握手を交わし、笑い合っている。


 「生き残ったチームは、全部勝ちだよ!」

 「今の連携、最高だったな!」


 その光景を、リオはただ静かに見つめていた。

 “勝利”とは、敵を殲滅することだけではないのか――

 初めて、そんな疑問が頭をよぎる。


 背後から声がした。


 「どうでした? 学生たちの戦い」

 ノアが立っていた。

 汗を拭いながら、少し誇らしげな表情をしている。


 「……非効率だった」

 「でしょうね」

 「だが、守るための選択があった。俺の戦場にはなかった概念だ」


 ノアは少し笑った。


 「それが“生きるための戦い”ですよ」


 言葉の意味がすぐには理解できなかった。

 だが、心の奥で何かが確かに反応した。


 《記録不能な反応:有。分類:未定義》



【夜】


 夜の格納庫で、リオは端末に記録を残した。


 《本日観測:模擬戦演習》

 《戦術的非効率、複数確認。しかし、結果として生存率向上》

 《推定要因:目的が“殺す”ではなく“生きる”であるため》


 そして、追加の一文。


 《未知の反応:発生。原因:ノア・ミレリアの発言》


 “生きるための戦い”――

 それは、今までの人生で考えたことのない言葉だった。

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蒼穹の遺伝子 うましか @REva

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