第10話

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」


「ありがとう。お口に合って良かったわ。」


ウダは優しく微笑むと、皿を纏めた。それをモナが持つとすぐに台所へ向かった。


「すみません、ごちそうになるばかりで。」


「気にしないで。客を持て成すのが好きなのよ。」


イメスが居ても立っても居られないでいると、ウダは優しい笑い声を出した後モナの後ろを追った。今ちょうど初めて会った人なのだ。それだどうしてか本当の家族と一緒にいるようだった。


(モナさんもウダ様に似たのかな。)


正体知らずの自分を草原の真ん中で見つけ、暖かく迎え入れてくれたモナの優しさがなければ。イメスは自分の中でブクブクと沸いている感情を堪えた。そんなことをあえて口にする必要もない。


「終わったわ。手伝ってくれてありがとう。」


「いいえ、ウダおばあ様。ごちそうしてくれてありがとうございます。」


二人はお互いを見つめながら微笑ましく笑っていた。イメスはそれを見ながら落ちていく気持ちを落ち着かせた。ウダがイメスの正面に座ると、モナはイメスの隣に座った。


「族長に言われたんでしょう?」


「え、あ、はい。」


イメスが頷くとウダは彼の瞳をじっと凝視した。つい先とは雰囲気が違う。イメスの体が自然と固まった。


「そうね。。。確かに、私がこの村、そしてパサード全体で一番術を使いこなせる。。。のは事実よ。でも私にも基準があるの。」


老齢の婦人から強く凝縮された存在感が溢れ出す。イメスは本能的にそれを察知し体を震えた。彼女から感じるものは、きっと平凡な者からは決して知ることのない長く洗練された力だった。


「私の基準は三つ。一つ。その者が術を習える素質を持っているか。人は皆少なからずアウラを持っているけど、その指向性は人によって違うの。体を動かせたり、道具の使いが上手かったり、感覚が人より長けていたりと。その中に術を使える素質もまたあるのよ。貴方は。。。」


ウダはイメスを観察していた。まだ幼い少年を纏っているアウラは驚くような物であった。生まれ持つ量としてここまで巨大なアウラをウダは生涯見たことがない。しかも特に目立つことは、彼のアウラが精錬されてないまま形を成していないことだった。


「素質は十分あるわ。それは誰も否定出来ないほどに。」


「そう、ですか。」


少年の心がびくっと脈打つ。今日のように自分を褒められた時が、認められた時があっただろうか。その言葉が慣れずずっと胸の奥を擽る。だが悪くはない。


「二つ目は志。」


「志。。。?」


唾を飲み込むと、老人は言葉を続く。


「術は簡単に名を呼ばれ、簡単に使われがたがるけど、実はとても強く、重要なものなのよ。使えない者から見れば何の苦も無く使うようにしか見えない。でも高度の集中力が要り、使い道を間違えれば災いにもなる。そんな技術を気軽に教えるわけがない。」


「そうですね。。。」


モナもまた硬い表情でウダの言葉を聴いている。決して軽くない空気が三人の間に漂っていた。


「だから私に術を習いたいと尋ねる者は普通、長い判断期間を待ってもらうの。皆同じパサードだからね、ちゃんと待ちながら自分を証明すれば機会は来る。そう思う人が多いのよ。」


「僕は。。。違いますよね。」


少女は少年の横顔を眺めた。固まった顔。緊張と恐れの色に濃く染められた。モナはそれに対し何も話せない。決めるのは自分ではない、師匠であるウダだ。モナは目を閉じた。


「そうね。貴方は確かにパサードではない。族長とモナは貴方を快く見てくれているみたいね。私もわからなくないわ。貴方は良い人だって、ね。」


「ウダおばあ様。。。」


「でもそれだけじゃダメ。もし貴方が今から術を学び、それを我々パサードや他の人を害するために使うとすれば。。。」


「。。。。。。」


「少なくとも私は、貴方を止められる人を知っていないわ。」


「!!!」


若者達は驚きを隠せない。それに対し元老ウダはとても落ち着いていた。


「それぐらい、貴方の才能は特別なのよ。」


「ウダおばあ様としても。。。ですか?」


モナが聞くとウダは硬い笑顔を見せながら頷いた。


「私はもうお婆さんなのよ。人の前に立ち向かえる余力はないわ。それに、もし私が若かったとしてもイメス君を止めるのは無理よ。」


「そんなにすごいんですか?」


ウダとモナの視線を同時に貰うと、イメスは顔を赤らめ逸らした。


「ぼ、僕はそこまでじゃないですよ。」


「族長の目は確かよ。そして私も長年人の才能を見極めてきた自負がある。貴方の才能は本物よ。」


イメスは混乱していた。朧に浮かんでくる記憶の中、経験したことのないことが相次ぐ。生まれ変わった故の祝福なのか?それとも、ただ前世の人生が報われない物だったのか。嬉しさと悔しさの中で、イメスは思うがままを話し始めた。


「そんなことはしません。僕は。。。誰かを傷つけたくないんです。」


「イメス君。。。」


「僕は傷つきたくないんです。自分がされて嫌なことを誰かにやったって、自分がされるかのように辛い。わかるんです。それがどれくらい辛いことなのか。それをしたくはないんです。」


アウラは揺らがない。ただ混沌を規則的に形作っている。ウダはイメスの話を傾聴した。


「これからの自分が何をしたいのか、何が出来るのか。正直全然わからないんです。でも誰かを意図的に傷つけ、私利私欲を優先することはしたくないです。」


(まるで宗教の信者みたいな。。。いや、これは諦念だわ。深くて重い。。。)


「僕の言葉が信じられないとおっしゃるなら、多分それが正しいです。僕でさえ僕が何者かわかりませんから。でも今ここで術を習えるか否かとは関係なく、僕は僕を助けてくれたパサードの皆さんに被害が及ぶようなことをするつもりはありません。それはこれからの行動で証明します。」


イメスの目が灯の光を浴びて燃えていた。この言葉は真実だと、瞳で語っていた。風が吹いたのか革の壁が揺らいだ。ウダは口を閉じてるのかと思うと、思いを決めたように言葉を発した。


「。。。私の三つ目の条件は、術を習ったら、いつかは弟子を作ること。」


「え。。。?」


「基礎的な術は一つ目の条件を満たせば教えてるわ。ほとんどは生活で使える簡単なものを一つぐらいか、この大草原で生き残るために誰かは必ず知るべき術よ。でもちゃんとした術を教わろうとするのなら、二つ目の条件を満たさなければいけない。」


「おばあ様の弟子はみんなパサードの一員だから、元老であるおばあ様なら生まれた時から見てきた人が多いの。つまりほとんどの弟子はすぐ達成出来るものね。」


モナが説明を添える。イメスはなるほどと頷いた。


「でも貴方は特別。。。外から来た人に教えるのは人生で初めて。だから貴方の志をちゃんと検証すべき必要がある。」


「なら。。。」


イメスは覚悟を決めた。他の人達が費やした時間を自分もまた過ごすべきである。そうでなきゃ術を習うことは出来ない。自分がいつまでここで、みんなといられるかはわからない。慣れない世界だから、いつどこで死ぬかも知れない。でも術を習ったら、一人になったとしても生きていけるかも知れない。


「そしてつい先、貴方の心を確認した。」


「僕の。。。?」


「ふふふ。」


ウダは穏やかに笑った。言葉にはしなかったものの、少年の綺麗に光るアウラと瞳に嘘はない。経験がそう語っていた。


「すぐに全てを教えるのはダメだけど、基礎的なものならすぐに教えられる。どう?習ってみる?」


イメスは驚いたことをなんとか隠し、力強く肯定した。色んな思いが込み上げてくるのを打ち解けたくもなる。イメスが口を開けようとした瞬間、甲高い声が村全体に響いた。


「敵だ!!!ゼナダが来るぞ!!!!!!」

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