第5話
パサード様式の家は人が何人か一緒に歩けるぐらいの距離を置いて建てられている。ゴルダの後ろを歩いているからそうは感じないが、人が多くなると結構窮屈に思えるかも知れない。
「どうして家の間をここまで近く設置したのですか?」
「今はこうして平和に見えるが、本来グルグスク大草原は危険な場所だ。危ない生物の縄張りが各地に広まっている。だが幸いに、彼らとて大人数の他種族の群れにはあまり接近しないんだ。それを考えての間隔だよ。」
「まるで戦場の陣地みたいですね。」
「ほう。君は軍事的知識もあるのか?」
「い、いえ。。。ただそうだなって思っただけです。」
(常識や知識は人並みにあるそうだな。まあ、記憶を失ったって無知になるわけではない。だが。。。)
イメスは辺りを好奇心旺盛な動きで見回っている。まだ気弱そうなところが見えるが、昨日よりはずっと元気な姿だった。
(これが本来の性格に近いのか?明るいことはいいことだが、この興味の本質は。。。)
ゴルダはイメスの姿を細かく観察していた。彼が敵だとは思わない。それは元老たちの前で言ったとおりだ。その言葉が真実であるためには当たり前だがイメス自身が疑問の余地を残さないようなはっきりとした行動を見せる必要がある。
(変な姿は見せないでくれよ。。。)
「あの、これってなんですか?」
「うん?そうだな。」
イメスが家の間、他の道より広い空間の真ん中に建てられた柱を指さした。
「装飾とか、家の柱とは違うんですよね。なんかいい香りもしますし。。。」
「これは所謂獣避けだ。パサードに伝承される幻の幻獣‘虹白虎(エルラグ)’の彫刻を彫り、獣の嫌いな薬草と香草を調合して焚いてある。村は危険な動物の縄張りからは離れてあるが、それでもたまに近づくのがないわけではないからな。」
「ならばここじゃなくて村の外郭に建てた方がよくないですか?」
「外郭にもあるよ。たまにその香りを突破して入ってくるのがいるのさ。それを防ぐためだ。」
「そういうことですね。。。この彫刻、なんか神聖な感じがします。神聖な感じが何なのか、と聞かれると実はよくわからないんですけど。。。」
「ほう。。。」
イメスの体を覆うアウラが光りを増している。それがほんの少し、柱に流れていった。香りが先よりも広く漂っていく。ゴルダの目が丸く開いた。
(こんなことも出来るのか?いや、これは無意識でやっていることか。有り余る力を制御する方法が全く体に馴染んでいない。これが演技だと言ったらそれもすごいことだが、到底そうは見えん。。。)
尖った疑心が刃を出す。ゴルダは膨れ上がろうとする疑心を抑えた。知らないから疑う。そしてまた、知らないから知ろうとする。安心したいと思う気持ちと、彼から何かを探そうとする気持ちが顔を出す。少なくともあの大きな力が敵でないことをと願う。
「虹白虎は保護と平和の象徴だ。生まれながらに持つ膨大な力を破壊や支配ではなく安定と和解に使う。我らパサードはそれを守り神として崇め、和解の場にもその名にかけて約束を交わす。」
「平和。。。」
記憶を思い出す。パサードがここに住んでいる理由。ゼナダ帝国という存在。彼らが語る平和とは、どこか悲しい響きに聴こえる。
「確かに、今は平和とは言えないかもな。故郷を離れ、パサードはこの草原のあちこちに散らばっていった。この生活になれるまでどれだけの試行錯誤や血の流れがあったのか。。。」
「パサードはここで生きてるわけではないんですか?」
イメスの質問にゴルダが笑いながら説明する。
「ははは。確か昔より規模は縮んだが、パサードはこれぐらいの少数民族ではないよ。あまりにデカい集落になってしまうと、色々と危険が伴うから何個かの村に分かれたんだ。」
「そういうことでしたか。。。」
「もし君がここでずっと住むことになるのなら、いつかは他の村にもいくことがあるだろう。こことそこまで変わらないとは思うが。」
「それは楽しみですね。」
「
二人は草が揺れる道を歩き続ける。何軒の家を通り過ぎると広い空間に出た。そしてそこに、ちょうど出かける準備をしていたのか弓を背に負って馬に乗ろうとする集団がいた。
「族長、おはようございます。」
「お、ダジェ君。今から狩りかい?」
「はい。あの少年は。。。」
ダジェと呼ばれた青年がイメスを指した。体がデカく、腕も足も太い。レーガとは違い敵意は感じないが、その鍛錬された体格からくる威圧感があった。
「イメス君だ。昨日、モナが連れてきたよ。」
「あ。あの少年ですか。この大草原で遭難者とは、珍しい。」
ダジェは角張った顔をイメスの目の前まで近づけた。びっくりしたイメスが後ろに下がると豪快に笑った。
「なんだ、怯えてるのか?心配ない。何もしたりしないよ。族長、この少年。。。イメス君でしたっけ。見た限り狩りに出てもいいぐらいの年だ。僕が見るに、鍛錬すれば結構いい筋までいけるかも知れませんよ。」
「おい、まだイメス君は昨日ここに来たばかりだ。それに記憶もない。鍛錬とかを考える時期ではないよ。」
「え、鍛錬。。。?」
イメスが困った顔をしていると、ダジェはニヤッと笑いながら彼に近づいた。
「もし急用がなければ、この少年を連れて行ってよろしいでしょうか?」
「え、ぞ、族長。。。!」
「そうだな。。。色々ここについて教えておくべきなんだが、どうせ大草原のことも知らなければいけない。ダジェ、君に任せよう。」
「わかりました。さあ、行こうか。」
「え?!だ、大丈夫ですか?!」
ゴルダもまたニヤッと笑う。
「ダジェは優秀な狩人だ。特に騎馬術において村で右に出るものがいない。まあ、狩り方を覚えろというわけではない。まず君が今いるこの大草原がどのような場所か、直接経験してくれ。」
「そんな。。。!」
「言葉より行動だ!ここに乗れ!」
強い力がイメスの胴体を抱き、さっと馬の上に乗せる。ダジェに似て大きく育った木々のような丈夫な体格だった。二人を乗せた馬が上体を上げ叫ぶと、ダジェは手綱を掴み走り出す。
「ではいってきます!」
「あ、ゆ、ゆっくりと。。。!」
数頭の馬が土を蹴って走っていく。そこに低い砂埃が残り、ゴルダは手を振りながら出迎えた。イメスの悲鳴に似た声が遠くに消えていく。
「ははは。体験も大事だ。ただ話を聴くより学ぶ物も多いだろう。」
遊牧民の族長は豪快に笑った。白くなった髪が風に靡く。
(そして私たち老人の目線を離れた観察も出来るだろう。それがどう捉えられるものか。。。)
もはや音も、姿も届いていない。太陽の光と遠くから吹いてくる風がさわやかな大草原の色をゆらゆらと揺らし、この世のどこでも探せない美しい光景を作っていた。すべてがいい方向へと向かいますように、と老人は願った。
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「う、うわああああ!!!」
馬が草原を蹴る力強さにイメスは体を揺らしながらなんとか捕まっていた。
「僕の腰あたりを掴んで、太ももで馬の体を強く固定するように力を入れるんだ!そうしないと落ちるぞ!」
「は、初めてです!こうやって走る馬に乗るのは!!!」
「慣れろ!そうするしかない!」
「そう言われても。。。!!!!」
視界が激しく動く。イメスはちゃんと開けずの目をなんとか開きながら落ちないように耐えていた。風が強い。空気を突破するような、生身で走ると聴こえそうにない音が全身を通過する。それがイメスの体を押し出そうとしていた。
「ううう。。。!!!!」
壮健な狩人の勢い、馬の脈動、風を切って前へと進んでる自分の体の奥から湧き上がる熱い鼓動。それらのせいか、少しずつ激しい世界がどんどん安定していく。慣れていく。目を開くと、頭上から落ちる輝きと、空と大地の蒼が視野に入ってきた。
「あ。。。あああ。。。!!!!」
世界はこんなにも美しい。草の匂いが息と共に入る。爽快なエナジーが体に入り循環する。イメスは思わず大声を出した。
「おおお。。。。!!!!」
「そうだ。気持ちいいだろう?この走ってる気分は!」
ダジェが叫ぶ。周りを走っている狩人たちも笑っているように見えた。どこかすっきりとしたイメスの胸の奥で、この世界が気になり始めた。
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