第4話

「おはよう。」


「おはよう、ございます。」


鳥の鳴き声が聴こえる。革の外から光がほのかに浸透してくる。それがかなり暖かく、昨夜の寒さがなかったように感じた。


「ちょっと待ってね。朝ごはん、もうすぐだから。」


「ありがとうございます。」


ばさばさな髪を何とか落ち着かせ部屋から出ると、香ばしい香りが居室に漂っていた。息を深く吸う。生気の匂いだ。生きていくものの、暖かい感覚。


「座って。」


「失礼します。」


「そう硬くならなくていいから。ほら。」


イメスの前に顔ぐらいの大きさの皿が置かれる。クリーミーな色のどろりとしたスープの中に、肉やら野菜やら、見たことはないがなじみのある材料が入っていた。


「口に合うかわからないけど。。。パサードが良く食べるセマという食べ物よ。」


「美味しそう。。。いただきます。」


木で出来たスプーンでセマを一さじすくって、口に入れる。香ばしくてとろっとした味が広がり、そこからほんの少し甘みがする。一口サイズの肉は柔らかく舌で崩せるぐらいだった。


「美味しい。。。いや、それより。。。」


「うん?」


「暖かい。。。」


涙が出そうになる。初めて食べるこの食事が、まるで一生を待ち望んでいたもののように感じる。イメスはそれをぐっと耐えて、一さじ、二さじとセマを飲み干すように平らげた。


「そんなにお腹すいてた?もっと食べる?」


「。。。はい。もう一杯お願いします。」


「はい。」


モナはその姿を見ながら笑顔を浮かべた。昨日はずっと元気なさそうにしていたのに、自分の料理をこんなに嬉しく食べてくれている。ただそれが嬉しくて、笑みが止まらない。


「モナさん。。。は今日何をするんですか?」


「そうね。私は今日薬草の採取かな。村の遠くまでは行かないから日が暮れるまでは戻ってくるよ。」


「じゃあ。。。僕は何をすればいいでしょう。」


2度目の皿はきれいに食べた後、イメスは頭を深く下げた。その肩をモナが軽くたたく。


「そうね。。。家でゆっくりしててもいいけど、よかったら族長のところまで行ってみる?」


「族長に?」


モナが片づけを始めると、イメスも席を立ってテーブルの物を取り始めた。


「ありがとう。」


「いいえ。。。それよりも族長は。」


「あ、そう。多分族長が村の紹介とか、いろいろとやってくれるはずだから。だって、昨日は夜になってからだったから、ここの生活とかは何も聴いてないでしょう?」


「そうですけど。。。僕一人で大丈夫でしょうか?」


自信のない声が微かに震える。


「全然大丈夫だよ。族長は優しいから。きっと助けてくれるから。」


イメスは昨日のことを思い出す。ゴルダは冷静で余裕はあったが、何を考えてるのかわからない人だった。どこか、近づきがたい怖さを覚えている。


「。。。わかりました。行ってみます。」


「族長の家、どこか覚えてる?」


「一番デカい家ですよね?なんとか探せます。」


「そう。じゃあ案内はいらないかな。」


少し浮ついた声を出してみると、イメスは何秒か考えた後答えた。


「はい。。。行けます。。。!」


「ふふ。」


笑みが浮かぶ。


「今は何もわからないから心細いだろうけど、勇気を出していこう。ならばきっと世界はイメス君を手伝ってくれるよ。」


「そうなるでしょうか。。。」


「もちろん。絶対そうなるから。」


「。。。モナさん。本当にありがとうございます。会って間もない僕のためにここまでよくしてくれて。。。」


ありがたみと申し訳なさをこめて視線を送る。するとモナはどこか寂しい表情になった。


「。。。私が助けたいと思ったからだよ。あまり気にしないで。」


「モナさん。。。はい。」


「今日も元気出していこう。」


モナの表情から悲しさが隠れる。イメスはあえてそれを口には出さなかった。ただ、それがどこから来る何なのかはわかる気がした。




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「失礼します。」


「あ、来たのか。」


扉にノックして開けると、ちょうど若者と会話しているゴルダの姿があった。


「族長、この人がそうですか。」


「そう。イメス君だ。時期が時期だ、今大々的に皆を集め紹介するのは大変だからな。お前が話を広めてくれ。」


「わかりました。」


若者は体格がよく、どこか冷たいところがある視線をしていた。イメスは自分より頭一つはデカいであろうその青年を避けるように動いた。彼とすれ違う時、ピリッとした空気がイメスの肌を刺してきた。


(この人。。。)


二人の目線が合わさる。鋭い刃物のような警戒心がイメスの瞳に当たる。


(怖い。。。でも。。。)


イメスは目をそらさない。ここでそれを避けてはダメだと、どうしてかそう思った。


「。。。ふん。」


青年は鼻声を出した後、ゴルダにお辞儀をして帰っていった。彼の後ろ姿を見てからやっと、緊張がほぐれる気がしてため息を吐いた。ゴルダはそれを静かに眺めていた。


「おはよう。来てくれたか。」


「おはようございます。。。あの。。。彼は。。。」


「彼はレーガ。しっかりした若者だ。多少頑固なところがあるが、とても真面目で人一倍働く。ここにいる間は親しくするといい。」


「彼は。。。その気がないように見えましたが。」


ゴルダは豪快に笑った。


「はっきり言うね。」


「あ、すみません。」


「いや。。。まあ、言うとおりだ。少し長くなるが省けると。。。」


ゴルダは手を伸ばしイメスを招いた。イメスが正面に座ると、ゴルダは困ったような表情で頭を掻いた。


「我々パサードは‘追われる民’と言ってたね。その意味はわかるか?」


「。。。追われる。。。んだから誰かが追ってるんですよね。敵。。。みたいなものに。」


「そうだ。我らを追ってる敵。。。はゼナダと言ってな、今はこの大草原の西に勢力を持つ帝国だ。」


「帝国。。。」


帝国がどういうものか、イメスは完全に理解していない。少なくともイメスに現実感のある話ではないのだ。


「そう。ゼナダ帝国。彼らは分け合って我らをせん滅させようとしててね、パサードがこの危険な大草原で生きて行かなければいけない理由は彼らとの関係によってできている。」


「どうして追われなければいけないんですか?」


イメスは気になっていた。たった二日。それで何かを深く理解できたというわけではない。だけど彼らがそこまで追われなければいけないとはどうしても思わない。ゴルダは悩んでいるイメスの顔を見て口の端を上げた。


「気になるか?」


「はい。。。」


「今はまだ長い話をするには早い時間だな。今日は君にここを紹介したかったところだ、それを終えて、夜にでもなったら話してあげよう。」


「わかりました。では。。。」


「出かけよう。今日はまず、パサードがなんなのかを見てみるんだ。」


革の壁に降られる光のせいか、暖かい色が家の中を染めていた。そして開けられる扉からの涼しい風が、この初めての経験を祝福するようにイメスを引いてくれる。イメスは心の中の小さな心配を消し、ゴルダの後を追った。

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