第3部 黒曜の戴冠編

第33話:アンデッド・キャピタル

 王都は、死んだ。

 かつて生命と活気に満ち溢れていた石畳の道は、今や、緩慢な足取りのゾンビたちで埋め尽くされている。

 彼らは、かつて、この街の住人だった者たちだ。

 パン屋の主人。花売りの娘。陽気な酔っ払い。

 黒い雪は彼らから名前と、記憶と、魂を奪い去り、ただ飢えと憎悪に動く、歩く屍へと変貌させた。


 俺は、地下水道から、王城の地下牢へと侵入していた。

 ひやりとした、黴臭い空気。

 遠くから、鉄格子を叩く音と、呻き声が聞こえてくる。

 ここは、オルティスに逆らった者たちが、最後にたどり着く場所。

 だが、看守の姿は、一人も見当たらなかった。

 彼らもまた、呪いの雪の、犠牲者となったのだろう。


 牢の中には、半ばアンデッドと化した囚人たちが、虚ろな目でこちらを見ていた。

 俺は、彼らに、一瞥もくれなかった。

 憐れみ?

 そんな感情は、とうの昔に、骨の髄まで、干からびていた。


 この光景を作り出した、元凶。

 オルティス。

 あの男への、冷たい、刃物のような怒りだけが、俺を動かしていた。

 俺は、かつて、この国を、この民を、守ろうとした。

 アレン・ウォーカーは、そうだったのだろう。

 だが、その結果が、これだ。

 守ろうとしたものに裏切られ、その守ろうとしたもの自体が、無残な骸と成り果てていく。


 ――滑稽だ。

 ――あまりにも、滑稽な、悲喜劇だ。


《団長。こちらです》

 バルドが、隠し通路の扉を見つけた。

 斥候の記憶にあった通り、それは、厨房へと繋がっているらしかった。

 俺たちは、音もなく、城の中枢へと、侵入していく。


 城の中もまた、地獄だった。

 廊下には、煌びやかな衣装を纏ったまま、アンデッドと化した貴族たちが、徘徊している。

 かつての同僚だったであろう、騎士たちの亡骸が、壁にもたれかかったまま、動かなくなっていた。

 オルティスは、城内の人間さえも、自らの儀式の、生贄としたのだ。


 俺たちは、それらの亡者を、一体一体、確実に処理しながら、上階を目指した。

 俺の率いるアンデッド軍団は、統率が取れている。

 感情に流されず、ただ、俺の命令に従って、効率的に、敵を排除する。

 それは、この混沌とした城の中では、何よりも、強力な武器だった。


 大広間に出た時だった。

 俺たちの前に、一体の、巨大な影が、立ち塞がった。

 それは、複数の騎士の死体を、冒涜的な魔術で、無理やり一つに繋ぎ合わせたような、巨大なゴーレムだった。

 その体には、見覚えのある、白銀の鎧が、歪な形で、いくつも埋め込まれている。

 白銀のグリフォン騎士団の、鎧が。


「……てめえ……!」

 バルドの赤い魂の火が、憎悪で、激しく燃え上がった。

 あのゴーレムに使われているのは、嘆きの谷で死んだ、俺たちの、仲間たちの亡骸だった。

 オルティスは、俺たちの死体を、ここまで、弄んでいたのだ。


 ゴーレムが、咆哮を上げた。

 それは、何十人もの、苦痛に満ちた絶叫が、一つに混ざり合ったかのような、おぞましい声だった。

 そして、その巨大な腕を、俺たちへと、振り下ろしてきた。


 俺は、バルドを、手で制した。

《――下がれ。これは、俺がやる》

《しかし、団長!》

《これは、団長としての、俺の、最後の務めだ》


 俺は、一人、前へ出た。

 かつての仲間たち。

 その魂は、もう、ここにはないのかもしれない。

 だが、それでも。

 彼らの誇りを、これ以上、あの男の玩具にさせておくわけには、いかない。


 俺は、錆びた剣を、静かに、構えた。

 相手は、巨大なゴーレム。

 俺は、骨の王。

 これは、もはや、生者の戦いではない。

 死者たちの、魂の、弔い合戦だった。


 俺は、振り下ろされる巨腕を、見据えた。

 憎悪ではない。

 怒りでもない。

 ただ、静かな、決意だけを、胸に。

 この、狂った世界への、反逆者として。

 俺は、地を、蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る