第二十八話 見えない子供

 今、俺の目の前では不思議なことが起こっている。

 いつも元気な赤が真っ青な顔して腰が引けていて、いつも冷静で知的な少女の青がプルプルと仔犬の様に震えながら、俺達から顔を逸らしうずくまってしまっている。


 俺は驚きを隠せず残りの皆を見る。

 予想通りと言えば予想通り、赤のさっきの発言を聞いて開いた口が戻らなくなっている。

 そりゃそうだよな、俺達は今さっきまで店の傍でしゃがみこんでいた子供と店内でおしゃべりしていたのに、後から入ってきた赤は子供が一番見える位置にいながらも「その子供はどこにいるんだ?」と言ってきたのだから。


 背中を汗が伝っていくのがわかる。

 間違いなく俺の目の前にはみことがいる。キョトンとした顔でこちらを見ている。

 黄は、赤とみことを口をあんぐりと開けたまま交互に見ているし、緑と黒は自分がおかしくなったと思っているのだろうか、みことの事を凝視ぎょうししている。


 これで俺だけに見えている状況なら完全に俺の頭がいかれたと考えるだろうな。

 良かった俺だけじゃなくて。なんなら見えない側が少数の状況だしな。


 しかし……


「なぁ陽翔はるとみお、二人とも本当に見えていないのか?」


「……あぁ、多分だけど美咲みさきの前の椅子に座っているんだよな?」


 ごくりと唾をのむ音が聞こえてきそうなくらい静かだ。


「えぇ、ちゃんとここにいるわよ?……いる、わよね?」


 おっと黄も自分が信じれなくなっているみたいだ。

 こっちを見てみことがいることを確認してきた。


「このお兄ちゃんとお姉ちゃんはみことが見えないんだぁ」


 !? 


 クスクスと笑いながらみことが言う。


「とりあえず聞いておくが、お前は人間なのか?」


 恐る恐る質問すると、みことの挙動がぴたりと止まりゆっくりこっちを向いてにやりと笑う。


 背筋がゾクッとして足の力が抜ける。緑なんて顔が汗だくになっている。

 おいおい、黒大丈夫か? 呼吸音がヒューヒューいっているぞ?


「わ《・》し《・》が人間かだって?」


 声に重圧じゅうあつを感じる。重くのしかかるような空気を感じる。


「人間じゃないなら、あなたは何者なの?」


 恐る恐る黄がみことに質問をする。汗が頬を伝っているし、よく見れば小刻こきざみにふるえているのがわかる。

 相手が人ではなかったとして、じゃあ何なのか。

 怪人?神様?妖怪とか幽霊の類か?


「さて何者かな?君たちが考えている様な存在ではないということだけは保証しようかな?そこのお嬢ちゃんが怖がっているみたいだから伝えてあげると良い」


 お嬢ちゃんて。


「そのまま正体を教えてくれたりはしないのか?」


「当ててみよ、間違ってたらお仕置きするぞ?」


 空気がぴりつく。この威圧感の中じゃ誰も一言も喋れなくなる。

 ん?そういえば同じような空気をこの間も感じたような……。

 あれは……どこでだっけ?


「どうした?わしのことが恐いのか?」


 まるで見透かされているみたいだな。

 

 緊張しているせいか異常にのどが渇く、俺はコップのコーラを一口飲む。

 それを見たみことが自分のコップに手を伸ばすが、コップの中身は空になってしまっていた。俺の方をじっと見つめてくる。

 ? もしかしてコーラが欲しいのか?


 ニヤァ。と笑みがこぼれるのを俺は抑えられなかった。


「教えてくれないならコーラもケーキもあげられないなぁ、残念だ」


 !?


「ま!待て!まぁ待て待て!わしに捧げものをすると良いぞ!」


 ほーん、……効果はバッチリな様だな。


「いやぁ本当に残念だ。せっかく美味しいと言っていたコーラも残り少ないし飲んじゃおうかな?」


「ままま!待って!お願い待って!!」


 みことが顔を青白くしながら慌てて止めに入ってくる。

 どうした?口調が変わってしまっておりますよ??


「……待て、ケーキ。お前ケーキって言わなかったか?食べたい!ケーキ!」


「そうっスよ~、大地さんのケーキはマジでうまいっスよ~」


 緑が空気を察したのか会話に乗っかってきた。


「ほろ苦いチョコケーキとそこにかかっている甘酸っぱいベリーソース、そして少し甘めのホイップクリームが物足りない部分を見事に補填ほてんしていて、食べて満足できない者はいないっス」


 みことの口元からよだれが垂れている。つばをのむゴクリという音が聞こえてくる。


可哀かわいそうじゃない大地君!食べさせてあげなさいよ!」


 おっと、なぜか黄に怒られた。


「この子と私の2つ分、早く用意して!」


 お前もうんかい。


「いえ、3つです。大至急お願いします。」


 いや青、お前もうんかい!

 

 さっきまでガクブルしていたのにいつの間にかカウンターの端に座っている。

 それでもみことが座っているであろう席から離れて座っているということはまだ怖いのか。さっき説明してなかったっけ?してなかってのかまだ。


「まぁ、いいか。ほらよ」


 もともと準備はしてあったから出すのに時間はかからない。


「やったー!!」


 黄と青が歓喜かんきしてケーキを頬張ほおばる。


「わしは?わしの分のケーキは!?」


「待て待て」


 みことの目の前にもケーキを出してやる。しかし手前で引っ込める。


「……なんでぇ~?」


 みことの目に涙が浮かぶが、情に流されてはダメだ。


「お前が何者なのか教えてくれるなら出してやるよ」


「ぐ……。わかったよ、教えればいいんだろ?わしの名前は木霊尊こだまのみこと、すぐそこの鳥居の奥にあるやしろに祀られている神様だよ……」


 ほう、あんなところに神様がいたとは。すでに二柱ふたはしらの神様と龍を見ているからそこまで驚かないな。

 

「さっきまでとなんか話し方が違うんだけど?」


「それは……。その方がかっこいいかと思って……」


「鳥居の奥に社なんてあったっけ?」


「誰も手入れしてくれる人がいなくなっちゃったから見えないだけで、あの草とかつたを掃除したら小さいけどやしろがあるんだよ。そこがわしの家ってこと」


 なるほどな、なんであんなところに鳥居があるのかと思っていたが、やしろありきの鳥居だったのか。


「最後に良いか?」


「何?早くケーキ食べさせてよ」


 今にも泣きそうな顔でみことが俺を見つめてくる。正直辛つらい。

 できる限り早めに終わらせて食わせてやろう。


「なんで陽翔はるとみおには姿が見えてないんだ?俺達には見えているのに。」


「そうだな、俺も見えない理由が聞きたい。幽霊とかではないらしいのは大地たちの反応でわかったけど、この状況は落ち着かない。大地、のどかわいたからなんか飲ませて……」

 

「……。あ、忘れてた。見えないように調節してたんだった。」


「調節?何の為に?」


「いや……ほら。その方が面白いかな?なんて……」


 おもしろいて、青は泣いてたぞ。


「いいから早く見えるようにしろ、そしたらケーキもコーラも出してやるから」


「うん!」

 

 一瞬間をおいて赤と青が驚く表情を見せる。

 なんか昔見た深夜ドラマを思い出すな。外国で死んだ父親が幽霊になって帰って来て、娘と一部の人には見えるから本人も最初は死んでることに気づかなかったんだったっけ。


「おー、本当にここに子供がいたんだな。ドッキリでも仕掛けられているんじゃないかって不安だったわ」


「かわいい……」


 青の言葉を聞いて みことが若干青から離れた。危険でも感知したのかな?

 みことの顔が引きつってるように見える。

 

「つまりみことは神様とかなんスかね?」


 はっきり何なのかは聞いていなかったな、そういや。


「うん、一応神様だよ?」


「差し支えなければなんスけど、どういう感じの神様なんスか?」


 ケーキとコーラを渡されたみことが手を付けようとしたところで緑に質問されて手が止まる。

 少し沈黙した後尊みことは静かに話し始めたのだった。

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