ep6.新しい職場は輝いて見える。

 未来 オフィスにて...



 俺は自らが置かれたこの不幸すぎる現実を前に、ただただ静かに涙を流した。

 俺も今年で21歳の男だ、涙を流すなんていつぶりだろうか。


 ...あー、こないだ講義に遅刻した時に、クソ教授が皆の前に立たせて遅刻の理由を発表させてきた時はちょっと涙出たわ。

 いや、今はそんなことどうでもいいんだよ。


 俺は目線をキッと鋭く尖らせると、泣いている俺を見下ろしていた及川に、強めに疑問を投げつけた。


「....それで!結局なんで俺達三人は未来に連れ去られたんだよ!」


「確かに、そろそろ詳しいことを教えたるか。」


 俺の質問を受けた及川は、今いるオフィスを一瞥し、意味ありげに目を伏せて続けた。


「特人とナノハと違って、一週間くらい前からここに来ていたサキにはもう説明したんやけど....」


 俺は彼女のその言葉に、僅かな驚きを感じた。


(え、サキちゃんそんな前から未来きてたの?)


 俺よりサキちゃんの方が先に未来に連れてこられていたのは知っていたが、一週間も前だとは思わなかった。そりゃ「及川エクストラデッキ梅子」のことを「EXデッキ」って省略するくらいには慣れているわけだ。


 俺がサキちゃんの方に視線をやると、こちらの視線に気づいた彼女は笑いかけてくれた。

 まさかこんな可憐な女性が真正のロリコンだなんて、メンタリストDaiGoでも豆鉄砲を喰らったような顔をするだろう。実際、俺は機関銃をケツにぶち込まれたくらいの顔をしたしな。


 そんなことを考えている俺を余所よそに、及川が続けた。

 今度は目をパッチリと開け、少し誇らしげに。


「このオフィスは、今日からジブンらの仕事場や!!」


(....は!?)


 と、理解が追い付かないその言葉に、俺が目を白黒させていると、横に居たナノハが先に声を上げてくれた。


「仕事って、どういうことじゃ!!」


 よく言ったナノハ!!俺だって未来にきてまで仕事なんて聞いてないからな!!

 ナノハは続ける。


「わしは、未来の飴ちゃんがもらえると聞いてここまで来たのだぞ!!」


 彼女はいつか本当に危ない目にあうだろう。横のロリコンお姉さんが肉食獣の目つきになった。

 と、ナノハの訴えを聞いた及川が適当に口を開いた。


「飴ちゃんは後でちゃんとあげっから。あれやろ?舐めた後の色で占いできるやつとか好きやろ?」


(こんな未来でも消えちゃうキャンディ続いてんのかよ。)


 一方ナノハはというと、俺の横で納得したようにうなずいていた。

 コイツ実は結構アホだな。...いや、普通にアホだ。


 話題を戻そうと、及川が大袈裟に咳ばらいをした。


「んっんんっ!...とにかく!ジブンらにはここ、『警視庁特化特別犯罪対策課けいしちょうとっかとくべつはんざいたいさくか』、略して『特課特課』で働いてもらう!!」


「け、警視庁!?」


 俺はその想定外のワードを聞き、間抜けな声を上げてしまう。

 そんな俺を見た及川は、自慢げに腕を組み、説明を始めた。


「せや。ここは警視庁の特課のオフィス!まだ発足したてで何もないし、人数も五人だけや!ついでに、本部から期待もされてないから資金も少ない!!けど、今の世の中をよくするためには何かに秀でた者たち、つまり、ジブンらのような何かに特化した人間が必要なんや!!」


(な、なるほど。急展開だったが、何となく話の筋は見えてきたぞ...)


 つまり、未来の警視庁で、普通の警官じゃ対処しきれない事件やイベントを、俺達みたく過去から来た、何かに特化して特能が使える人間でなんとかしようって魂胆か!

 けど、きっとこれはまだ実験的な段階....

 だから及川の言う通りまだ何もないし人数も五人、そして資金も少ないらしい。


 .......ん?五人?


 今ここに居るのは、俺、半分宇宙人の関西弁女、中二病、ロリコン美少女......

 四人じゃね?


「なぁ及川。その、『特課』って五人なのか?ここには四人しかいないけど....」


「あぁ、もう一人はナノハを未来に送ってきた『江口』って男や。多分まだ過去に居るんちゃうかな。」


 ほうほう。俺がまだ見ぬ五人目の特課がいるのか。


「その江口って人はどんな人なの?」


「詳細を話すと特人が絶対に嫌な顔をするからまだ話さへん。」


「その情報だけで大分モチベーション下がったけど?」


 ...まぁとりあえず、この五人で『警視庁特化特別課』を遂行するってことだな。なるほどなるほど。



 ................ふぅ。



「いや絶対無理だろォォォ!!!」


「ちょっと、いきなり叫ばないでください特人さん。どうしたんですか、そんな交尾に失敗した犬みたいな顔して。」


「いや交尾に失敗した犬の顔知らねぇし!!サキちゃん意外と毒舌だよねッ!そんな所も好き!!」


 って、いやいや本当に!!ちょっと待て冗談じゃない!!


 なんで急に未来に連れてこられて、そこで某杉下右京が居そうな窓際の課に配属されてんの!?相棒ですか!?亀山君はどこですか!?

 ってか、『特課』ってなんだよ!シンプルにダサ!


 俺は自分が巻き込まれた事の重大さに気づき、猛烈に後悔した。

 そんな俺の肩を及川が叩き、ムカつくにやけ顔で口を開いた。


「まーそう悲観すんなや。未来きたおかげで特能にも目覚めたやろ?悪い事だけちゃうやん。」


「特能って...!俺は人の背後に立てるようになっただけじゃねぇか!!強い奴が「遅い...」とか言って後ろ取るのはカッコいいけど、後ろ取るのオンリーな奴居ねぇから!!」


 そんな俺の怒りを物ともせず、及川は相変わらずのにやけ顔で再び口を開けた。


「...けど、ここで働いたら給料でるで?」


(....ピクッ!)


 お金....金....金....


 俺は及川の手を振り解き、彼女を見定めるように眺めた。


「まぁ確かに?背後取れるだけでも強キャラ感は出るし?サキちゃんみたいな美人もいるし?公務員だから福利厚生ちゃんとしてそうだし?まぁ少しだけなら、働いてやってもいいよ?」


「テメェあんなゴミみたいなステータスでよくそんな上から言えるよな。」


 今度はそんな俺と及川の会話を聞いていたナノハが、何やらもじもじしていた。


「な、なぁ、おぬしらがさっきから言っておる、『ステータス』とか、『特能』ってなんじゃ...?」


 及川は思い出したようにナノハに近づく。


「あ!そうやった!ナノハの特能とかまだ見てへんやん!さっきはあのハズレだったから、今度はいいのが来てほしなぁ!」


「おいゴラ。人のステータスをハズレ呼ばわりすんじゃねぇ。」


 及川はナノハに例の銀の指輪を渡し、ナノハのステータスを展開し始めた。


「この銀の指輪をつければ、ナノハも特能に目覚めるはずや!」


「す、すごい!私の妄想してたような世界!....あ違う、すごいのう!やっとわしの真の力を開放する時が来たようじゃ...!」


 ナノハはまるで初めて遊園地に来た幼稚園児の様に体をぴょんぴょんさせながら、今か今かとステータスが出るのを待った。

 その様子をサキちゃんがよだれを垂らしながら見ている。


「きっとわしは九尾の生まれ変わりじゃから、火炎を操る能力とかで、えげつない攻撃力とかなハズじゃ!!」


 この自分の可能性を信じる穢れのない瞳....、俺にもそんな時期があったよ。


 そして早速、ナノハのステータスが大きく表示された。

 俺も、彼女らと一緒にナノハのステータスを見てみることにした。



 名前:宇野 なのは

 攻撃力:0.2



 うんちょっと待て。

 え、なに、俺の見間違い?攻撃力0.2?ステータスって1000がマックスだよね?

 視力か何か?


 い、いや、気を取り直して彼女のステータスを全部見よう...!


 名前:宇野 なのは

 攻撃力:0.2

 守備力:1000

 素早さ:450

 知力:295

 運:250

 特力:500


 特能:『アイスウォール』

 氷の壁を作り出すよ。



 自身のステータスを見て、言葉を失うナノハ。

 落ち込むナノハを見て、笑いをこらえる俺。

 落ち込むナノハを見て、励ます及川。

 落ち込むナノハを見て、興奮しているサキちゃん。


 この一瞬、俺がここに来て以来、一番の静寂がこのオフィスに訪れた。

 ナノハは目をウルウルさせながら、膝をつく。


「う、嘘じゃ、九尾の生まれ変わりのわしが、守備力特化...?う、嘘じゃ嘘じゃ!!わしは未来で無双できると思ったのに...!最強になって妄想も全部叶えられると思ってたのに...!こんなの、こんなのって、...うぅ、うわぁん!....ひっぐっひぐっ。」


 俺は涙ぐむナノハを見て我慢できず、彼女に現実を突きつけてやることにした。


「はっはっは!現実は甘くねぇんだよ!!俺だってこの物語の主人公だから、さぞ強いステータスなんだろうなと思ってたよ!!けど、いざ見てみたら、運以外平均以下!!特力たったの10!!しかも、なんかついでみたいな感じで知力も250だったし!!だからお前はまだ恵まれてる方だ!こんなんで泣くんじゃねぇ!!」


 まぁ現実を突きつけると言っても、俺も大人である。これでも少しくらいの励ましも混ぜてやったつもりだ。

 そして、俺に続くように、サキちゃんもナノハを励まそうと口を開けた。


「そ、そうですよ!特人さんなんて、特能も女の子の髪の匂い嗅ぐために存在してるみたいなどうしようもない能力でしたし、まず知力で14歳に負けてるとかどういう人生送ってきたらそうなるんだって感じですから!そんな落ち込まないでください!」


「ちょっと言い過ぎかもそれ。普通に心がキリキリしてるわ今。」


 俺達はフォロー(?)を必死に行い、何とかナノハを立ち直らせようとした。

 そんな俺達を見た及川は、決まりが悪そうに強引に話題を変えた。


「ま、まぁ今日はこのくらいにしとこか!一旦ジブンらもお家に帰りたいやろ?」


 俺とサキちゃんもこの空気を変えるため、とりあえず及川の提案に乗っかることにした。


「まぁ帰りたくはあるな。....けど、どうやって帰れんだ?」


 及川は俺達の指輪を指さした。


「その銀の指輪は本来、タイムリープするための機械や。その指輪をつけたまま行きたい年と日付を強く想像すれば、元の時代に帰れるで。....一応言うとくが、元居た時代以外には行かんでーな。...どうなっても知らんで。」


 指輪の機能を教えてくれた及川だったが、最後の一文がどうも気になった。

 まぁなんか言い方もマジっぽかったし、やめとくか。


「じゃあ、サキちゃん、ナノハ、帰ろう。」


 俺は二人に声をかけ、指輪に強い気持ちを込めた。

 サキちゃんも俺に続き、ナノハも何とか立ち上がってついてくる様子だった。


(元居た時代、2024年7月31日に、戻れ!!)


 強く思いを込めると、足元から徐々に慣れない浮遊感が伝わってくる。


「ほな、明日辺り、また2324年の7月31日に来てな__」


 俺が最後に聞いた言葉は、及川のその言葉だった。そして案の定、次の瞬間には体全体を浮遊感が包みこむ。


 気づくと目の前の景色は、奇妙としか言いようのないあの青一色の景色だった。ここは....未来に来るときも訪れた、時の狭間とでも言うべき場所か。

 青く大量の数字が羅列された筒状の空間を、俺はまた落下している。


 タイムリープするには必ずここを通らないといけないのね....


「これから毎回コレかぁ、嫌だなぁ。」


 そう呟く俺の横で、人の声がした。


「あ!お二人も一緒に帰られるんですね!じゃあ2024年の7月31日ですか?」


 横を見ると、サキちゃんとナノハも一緒に落ちていたのだ。


「あれ?じゃあ皆一緒なんだ。」


 俺はなんだか少し安心した。

 こんな謎の空間で一人は嫌だからな。


 ふと反対を見ると、ナノハは未だ悔しそうな顔で虚ろな目をしていた。そして何かブツブツと一人で呟いている。


「あぁ...私の無双生活が....。守備全振りって、なんでそんなことnゥボォウ”ゲロォッ!」


 ただでさえ可哀想なナノハの顔がゲロにまみれ、余計に哀れになる。


「ナノハもずっと落ち込んでんなよ。...ってかゲロ吐くなよ。俺はちょっと慣れてきたからもう吐かないけdォウ”ゥオエッ”!!!」


 こうして俺達は、一旦、現代に戻ってくるのであった。




 続くッ!!




「....いや、私は本当に吐きませんよ?」


(チッ....。サキちゃんのキラキラ、ちょっと見たかった....。)

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