天界編

第1話 始動! 新人類創造プロジェクト

「新人類創造プロジェクトのサンプル第1号を転生させます」


 そう言うと、天使は機械を操作した。


「知性50以上、忠誠心70以上、野心は低めで全人類の魂を検索」


 すると機械がうなりを上げ、天使たちは退屈そうに待機する。人類は核戦争により滅亡した。連帯責任で死んだ人類は全員地獄行きだ。そして神は旧人類を見捨てることに決め、新しい人類を生み出すことに決めた。


 つまり約100億人の魂の中から、まだ地獄で悪魔化していない魂を抽出ちゅうしゅつし、そこから適合者を見つける必要がある。途方もなく時間のかかる作業だ。




「あれ?」


 突然、機械が警告音を発した。


「どうした?」

「んーっと、エラーです。数値が異常すぎて……」


 次の瞬間、画面に表示された検索結果に、天使たちは絶句した。




【該当魂:1件】

知性:999(測定上限値)

忠誠心:95

野心:0.1

純粋度:98




「野心ひっく……」

「逆に0.1は何なんだ? 0.1の野心でいったい何を成し遂げようというんだ!?」

「待て待て、そこじゃないだろ! 知性の方が異常だろうが。つーか、むしろ知性がこんなに高いのに野心が低すぎるのが異常なのか……」


 そうして天使たちがざわめく中、重々しい声が響いた。



「……面白い」



 その一言で、喧騒けんそうが静まり返った。天使長メタトロンだった。


「よし、この人物の詳細を表示しろ」


 そう命じると、ぱっと画面に顔写真が表示される。どうやら社員証の写真らしい。35歳だが、そうとは感じさせないあどけない顔立ち。そして野暮ったい黒縁の四角い眼鏡。


「……これが知性999?」

「見た目は普通のサラリーマンじゃないか。まあ、年齢よりも幼くは見えるが……」

「職業は何だ?」

「プログラマーだって。でもシステムやネットワーク関連のエンジニアもやってたから、いわゆるなんでも屋エンジニアだね」


 そこで天使長メタトロンが尋ねた。


「核が落ちた時、何をしていた?」

「えーっと……他の社員がデータベースを誤って削除したせいで、バックアップからの復旧作業をしていたそうです。ところが、その最中に別の社員がうっかりサーバーにコーヒーをぶちまけ、マシンごと沈黙。結局、システム担当が彼しかいない会社なので、一人で夜通し復旧作業をする羽目になったみたい」

「で、残業中に核が落ちた?」

「はい。気づいたら死んでました」


 それを聞いて天使たちは苦笑いをする。


「うわあ、世界が終わるのにデータ復旧って……」

「まあ、あっという間だったからな」

「可哀想。他人のミスの尻拭いしながら死ぬなんて」


 そんな天使たちの様子を見て、メタトロンが満足そうにうなずいた。


「なるほど。仕事熱心で従順。扱いやすそうだ」


 しかしそう言った後でメタトロンは考え直す。いくら従順でも知性が高すぎるのは心配だ。


「だが他にも良い候補はいるかもしれん。もう一度、検索を――」

「何をおっしゃるんですか、メタトロン様」


 口を挟んだのはメタトロンの副官、セラフィナだ。


「彼以上の適任者などいませんよ。知性が限界突破しているのですよ? それにあの転生装置のエラー……大いなる意思を感じます」

「う、うむ……」


 そう言われると反論できない。メタトロンは意を決して言った。


「よかろう。その男を新人類創造プロジェクトのサンプル第1号とする」


 その言葉を合図に天使たちが機械を操作し始める。部屋の中央にある円筒形のガラスカプセル——転生装置が低いうなり声を上げ、やがてまばゆい光に包まれた。


 そして光が収まると、くだんの男が現れた。容姿は生前の姿を反映するので、社員証の写真の通り――のはずだったが。




「……あれ? 別の人、転生しちゃった?」


 そう疑問に思うのも無理からぬこと。目の前に現れた男は、信じられないほど美形だったからだ。野暮ったい眼鏡で隠されていた、端正な顔立ち。すらりと通った鼻筋に、形の良い唇。そして何より目を引くのは、長いまつ毛に縁取られた美しい瞳だった。全身から気品のようなものが漂っている。


「うっそ……同一人物?」

「度の強い眼鏡で目が小さくなってたのね……」

「というか、なんで生前は眼鏡かけてたんだ?」

「コンタクトが嫌だったんでしょ。でも転生で視力は治ったはず」


 そんな天使たちの驚きをよそに、メタトロンは眉をひそめていた。



(こんなはずではなかった……)



 野暮ったい見た目なら従順で扱いやすいと踏んでいたのに、これほどの美形とは。美しい者は周囲にもてはやされ、やがて自信を持つ。見た目が良ければ実際の能力以上に評価されがちだ。そして自信を持った者は、上の言うことを素直に聞かなくなるものだ。本当に忠誠心95か? 信じていいのか?


 なぜか、嫌な予感が胸をよぎる。


 もちろん、こいつはただの実験体。新人類創造のサンプルという建前だが、実際は天使の手が足りないので天界の仕事を任せるつもりでもある。そのために「知性は高いが絶対に反逆しない理想的な従属種族」を求めていたのだ。


 まったく、旧人類は自由意思が強すぎて制御不能だった。だからこの男をプロトタイプにするつもりだったのに――


 だが、もう後には引けない。メタトロンは重いため息をついた。




   ★★★




 気がつくと、私は見知らぬ部屋にいた。


 とりあえず……こちらを見つめてくる天使らしい方々に微笑みを返してみる。笑顔は武器だ。相手に親しみやすさを印象付けられる。特に出会いの場では最初にじっと見つめてからニコッと笑うことが非常に有効だ。


 それにしても。彼らは本当に天使なのだろうか? 頭には金色の輪っかがあるし、純白の翼もついている。ここが天使に仮装するのが趣味のカルト宗教の根城ねじろでなければ、私は天国に来たということになるだろう。


 でも、私はいつ、どういう理由で死んだのだろうか?


 確か……会社でデータの復旧作業をしていたはずだ。あのとき私は初めて人を殺したいと思ったものだが、それでも天国に行く権利はあるのだろうか。やはりここはカルト宗教の根城ねじろか? いやでも、会社の中でカルト信者に誘拐される可能性の方が低いから、死んで天国に来たと考えるべきだろう。


 まあ、死んだ理由については後々わかるだろう。今はこの天使の方々に対してどう振る舞うべきかを見定めなければ。自分はどこへ行き、何をすればいいのか。




 ところで皆さん、ずっと私を見つめているが……何か失礼なことをしただろうか?


 とりわけ女の天使たちは熱心に私を見つめている。しかしその中でも威厳のありそうな、背の高い男の天使はむすりと私を見下ろしていた。私もけっこう背の高い方だが、彼はさらに一回り大きい。


「目覚めたか。私は天使長メタトロン。君は死んだ。核戦争で人類は滅亡し、君も巻き込まれた」


 その言葉に私は驚きの表情を浮かべる。なんと、核戦争とは! いつの間にか第三次世界大戦が勃発ぼっぱつしていたようだ。


「そんな……そんなことが。私は何も知りませんでした」


 うーん……戦争に気付かぬうちに死ぬなんて、そんなことがあるのか? 確かに核保有国は15カ国に増え、世界は一触即発いっしょくそくはつの状況にあったけれど。


 そこでメタトロンはことの次第を語ってくれた。かいつまんで言うと、中東での限定的な核使用をきっかけに、各国の疑心暗鬼が連鎖反応を引き起こした。サイバー攻撃で通信網が寸断される中、軍部が暴走、もはや誰にも止められない全面核戦争へ。「30分以内に決断しないと手遅れ」と各国首脳が同時に同じプレッシャーを与えられ、一般市民に知らせる暇もなく――ある日突然、人類は滅亡したのだった。


 ……まあ、そういうこともあるだろう。


 私は顎に手を当てながら冷静に思う。キューバ危機でも核戦争が起こりかけ、回避できたのはほんの偶然の積み重ねにすぎなかったのだから。いつかはこうなる運命だったのかもしれない。


 それよりもデータベースを誤って削除した社員と、サーバーにコーヒーをぶちまける社員が同日に出現する方が、私にとっては未だに信じられない。


 そんなことを考えているうちに、メタトロンは次の話題に移る。



「あー、そこでだ。君を新人類創造プロジェクトのサンプル第1号として転生させた。君には天界で働いてもらう」



 その瞬間、意外かもしれないが――私は目を輝かせた。普通の人間は天国に来ただけでワクワクするのだろうが、私はつまらなそうだと感じていた。聞くところによると天国というのは争いがなく穏やかに暮らせる場所らしい。つまり何の問題もなく、自分の能力を発揮する余地もないということだ。恐ろしく退屈そうではないか。


 といっても、私は別に争いが好きなわけではない。自己防衛のための争いなら辞さないが、攻撃のための争いや他者を蹴落とすための競争、単純な売上数字だけを追い求める競争は不毛な側面がある。


 そんなことより自分自身の成長を感じられること、よりよいものを生み出すことの方がずっと価値がある。


 なぜ私は中小企業にいたのか? それは自由に動けて、会社全体を改善できる実験場だったからだ。そして忠誠心があったからこそ、その会社をよりよくするために尽力していた。


 どうやら次に私が仕える相手は神様のようだ。大変光栄ではないか。天界の仕事……それも、新人類創造のプロジェクトとは。実にやりがいがありそうだ。



 そういうわけで、私はメタトロンに対してうやうやしく一礼した。



「承知いたしました。お役に立てるよう努力します」




   ★★★




 一方、メタトロンは転生者のやけにエレガントな一礼を見ながら、自分の嫌な予感は杞憂きゆうだったのだと思う。


(やはり従順だ。これなら問題ない)


 だが彼は、まだ知らない。この男がどれほど「役に立つ」存在なのかを——

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