天才王子、引き篭もる……いや、引き篭もれない

@vou8935

リステリア動乱編

グレイア領再興編

引き篭もり王子、辺境に放たれる

 目を覚ますと、見知らぬ天井があった。

 ……いや、見知らぬというより、明らかに高級すぎる。


 


 天蓋つきのベッド。銀のカーテン。壁に飾られた油絵。

 隣で控えているのは、優雅にお辞儀するメイド。


 


「おはようございます、レオン殿下」


 


 ――は? 殿下?


 


 頭がついていかない。

 昨日まで、俺は都内の小さな商社で働いていたはずだ。

 寝不足、胃痛、残業、そして上司の説教。

 ブラック企業のフルコースを味わい尽くしていたのに――


 次に目を開けたら、王子? しかもベッドふかふか。


 


(え、転生って本当にあるんだ……?)


 


 あまりの状況に頭が真っ白になった。

 でも、妙に納得している自分もいた。

 だって、ようやく「働かなくていい生活」が手に入ったのだから。


 


 ◇◇◇


 


 それから二十年。

 俺――レオン・リステリアは、立派な「王宮ニート」になっていた。


 王族としての教育? ほぼ聞き流し。

 剣の稽古? 腰痛を理由に見学のみ。

 政治? 兄たちがやってるから任せた。


 


 ……完璧な引き篭もり生活だった。

 王族という身分を活かし、王宮の一室で本を読み、昼寝し、紅茶を飲む。

 理想的なスローライフ。

 まさに、人生の勝ち組――の、はずだった。


 


 だがある日、父からの呼び出しが届く。


 


「レオン・リステリア、謁見の間へ」


 


 嫌な予感しかしない。

 前世でもそうだった。

 こういう“突然の呼び出し”は、だいたい面倒事の始まりだ。


 


 ◇◇◇


 


「……お呼びでしょうか、陛下」


 広間の玉座の前に立つと、父・リステリア王八世が穏やかに微笑んだ。

 その隣には兄たち――特に、第一王子オルビィスが薄く笑っている。


 


「レオンよ、そなたに任せたい地がある」


「任せたい地、ですか? まさか、出世とかじゃないですよね?」


「辺境だ。グレイア領という」


「……出世じゃないな。確実に左遷だ。」


 


 周囲の空気が凍る。

 兄たちの視線が「やっぱり無能だな」と言っている。


 


 父は静かに続けた。


「グレイアは国境地帯だ。隣国エルドランドとの境にあり、

 長年の戦で荒廃しておる。民はわずか五十名ほど。

 それでも、国の地図に刻まれた“領地”であることに変わりはない」


「つまり……放置できない厄介な土地、ですね」


「うむ。そして、再建を任せられるのは“平和主義の王子”しかおらんだろう」


「え、それ褒めてます?」


「もちろんだ。怠惰も才能のうちだ」


 


(絶対、皮肉だよなこれ……)


 


 オルビィスが一歩前に出た。

 派手な装飾のマントを翻しながら、俺を見下ろすように笑う。


 


「父上、この無能に領地経営など無理に決まっております。

 どうせ村人を飢えさせ、反乱でも起こすのが関の山でしょう」


「オルビィス」


 父の声が低く響く。


「黙れ。――王命に異を唱えるか?」


 


 その一言で場が静まり返った。

 オルビィスは悔しそうに口を閉じ、俺を睨みつける。


 


(……目が怖いんだけど)


 


 父は再びこちらを見て、穏やかに告げた。


「レオンよ。そなたには“静かな地”が似合う。

 グレイアで新しい生活を始めるがよい」


「“静か”の定義、ずれてません?」


「王都よりは静かだ。……たぶんな」


「“たぶん”って言いましたよね今!?」


 


 ◇◇◇


 


 謁見を終えた俺は、脱力したまま王宮の廊下を歩いていた。

 足取りは重く、頭の中は真っ白だ。


「……終わったな、俺の引き篭もりライフ」


 


 そこへ、柔らかな声が響く。


「レオン様」


 振り向くと、ひとりの少女――ミリア・フェルノートが立っていた。

 淡い金髪に、冷静な瞳。俺の専属メイドであり、唯一の理解者だ。


 


「お疲れのようですが、陛下からのお言葉は、光栄なことですよ」


「いやいや、どこが光栄だよ。

 辺境だぞ? 店もない、人もいない、娯楽もゼロ!」


「それは……理想の引き篭もり環境では?」


「うん、言い方の問題だなミリア。

 あれは“追放”って言うんだよ」


「追放されても、私がおります」


「いや、ミリアは残って――」


「――すでに荷造りを終えました」


「早いよ!?」


「レオン様の怠惰を支えるのも、私の仕事ですから」


「それ、誉めてる?」


「事実です」


 


 淡々と告げるミリアの口調に、どこか安心感を覚える。

 ……この子がいれば、まぁなんとかなるかもしれない。


 


「はぁ……仕方ない。引き篭もり領主として、のんびりやるとするか」


「“のんびり”という単語は、もう信用できませんね」


「痛いとこ突くなぁ……」


 


 その日、俺は正式に“グレイア領領主”を拝命した。

 再建不可能と言われた辺境の村。

 だが後に、この地は“奇跡の領地”と呼ばれることになる。


 


 それもこれも――

 引き篭もりたいのに、引き篭もれない俺のせいだ。


 


「平穏に暮らしたいだけなのに……なんで、こうなるんだよ。」


 


 そうぼやきながら、俺は王都を後にした。

 こうして――

“史上もっともやる気のない領主”による改革劇が、静かに始まった。

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