インディコ・バビンガ
課長
第1話 よく分からないものに人は熱狂する
最初に「インディコ・バビンガ」という言葉を口にしたのが誰なのか、誰も覚えていない。インターネットのどこか、あるいは深夜のラジオかもしれない。最初は誰も気にしなかった。ただ、音の響きだけが妙に耳に残った。
三日後、ハッシュタグ#IndicoBabingaがトレンド入りした。意味は不明。でも投稿数は増える一方だった。
「今日もインディコ・バビンガだな。」
「あの店のラタトゥイユ、まじでバビンガってた。」
誰もわかってないのに、全員がわかってるふうに話している。
****
水上佑、32歳。都内出版社の編集者。
ある朝、部下が言う。「このインディコ・バビンガの記事、バズってますよ!」
佑は眉をひそめる。「……で、それ実際どういう意味なんだ?」
「さぁ?でも今、世界中の若者の間でトレンドっすよ。うちも企画出しましょうよ!」
その後、周りからの意見もあり、なんだかよく分からないまま記事を書くことになった。佑は記事を書くために、この意味不明なバビンガ現象を調べる。しかし、周りの誰も意味を説明できない。
ある者は精神の色を示していると言い、別の者は古代アフリカの聖なる木の名前だと言い、また別の者は音楽の新しいジャンルと言う。
定義が人によってバラバラ。でも、みんな口を揃えてそれがいいんですよと言う。
佑は困惑した。
「意味がないのに、なぜ人は熱狂できる?」
SNSのタイムラインには、毎秒、#インディコ・バビンガが溢れている。政府の広報アカウントさえ、「未来を、もっとバビンガに。」と呟いている。
一体全体どうなっているのか。世間がこのワードに熱中している今の状況を、佑は理解できなかった。それと同時に流行りに乗れずに、どこか冷めた様なスタンスでいる自分をもどかしくも思った。
翌日、佑は取材のために街へ出た。駅前の大型ビジョンには「インディコ・バビンガ2025」という広告。モデルが青紫のスーツを着て、無意味な微笑みを浮かべている。雑誌の表紙にも、飲料のポスターにも、その文字。
ふと周りを見渡した。気づけば、街全体がバビンガ色に染まりつつあることに気づいた。
インタビューした女子大生は言う。
「バビンガって、空気みたいなもんですよ。感じるしかないんです。」
中年の男性は言う。
「いやあ、あれは内なる精神のバランスを表してるんだ。あなたもバビンガを意識すると身体中を駆け抜けるチャクラを感じるはずです。」
どの声も曖昧で、けれど妙に自信に満ちていた。一部、明らかにおかしな人もいたが。
佑はメモを取るうち、ふと気づく。バビンガという文字を打ち込むたびに、心の奥がすこしざわつく。意味のない言葉のはずなのに、何かが形を持ちはじめているのに気がついた。
インディコ・バビンガ 課長 @kachodeisu
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