義理の家族
普段涙を流さない月狐がティッシュを山積みにする程、号泣したのは初めてだった。
誰かに話したのは家族以外には琥影が初めてだと月狐は言った。
張り裂けそうな想いをようやく打ち明けられたからなのか、月狐を泣き止ますのに小一時間ぐらいかかった。
その間、心配して見に来た義姉や仕事から帰ってきた義父母にあった。事情を察してくれたようで、追究せず静かに扉を閉めてくれた。
予想以上に早く日は暮れ、辺りが暗くなってきた頃、食事の手伝いをしたかった琥影だが、月狐が行かないでと言ってくるものだから、離れるに離れられず。月狐の義母に夕飯を作ってもらった。
琥影は泣き止んだ月狐を居間まで連れて、執事みたく椅子に座らせた。
「遅れてすみません。光稀琥影です。何卒よろしくお願いします」
月狐の義父母に差し入れを渡しながらお辞儀をする。家を出る前に用意した紙袋だ。
その流れで三人も人となりを説明する。
要約すると、義父の達磨さんは消防士として己蛇中学校の所で働いている。相当な役職を担っている。
一方、義母の美乃梨さんは警視監。未解決事件にまで手を出して、無事に解決した史実がある。
そして、姉の舞彩さんは、モデルの仕事をしながら、高校に通っている一年生。
さすがに馬鹿げている。琥影は夢だと思うことにした。
しかし、違和感を覚える。
「えっと、舞彩さんは高一で十五歳。達磨さんと美乃梨さんが三十六歳ってことは・・・・・・二十歳ぐらいには当然結婚してたということになるから・・・・・・若すぎる」
学生でカップルになったとしても結婚まで持つことはほとんどないと聞く。
大学生からだとしても、就職も決まってない時期で結婚まで踏み込む事は相当な決断だ。
それほど互いに愛していたということだろう。
「琥影のオムライスも食べたい。一分で作って」
「いーや、無理に決まってる!」
急に夢から現実に引き戻されて、時差か何かで頭がクラクラする。
食卓に料理を並べられて、あとは食べるだけとなったのだが、俯いた月狐からの予想外な発言。澄んだ眼差しで見つめてくる月狐の押しに負けて、琥影は仕方なく作ることにした。
「たっまご、たっまご」
「琥影、遅い」
「まだ十秒しか経ってないんだけど!?」
鼻歌を歌いながら、卵を探す時間だけで月狐には限界がきた。
「琥影君、ありがとうね」
「え?」
美乃梨がキッチンに足を運びながら琥影に話しかける。
「月狐と仲良くしてくれて、ありがとうって思って」
「仲良くししてもらっているのはこっちのほうですよ」
「それでも」
美乃梨は口では笑いながらも目元は真剣だ。
「これからも変わりなく心友させていただきますね」
義理の親子でも、一年と少しの時間でこんなにも愛を育めるのか。
「よし、できた」
できあがったオムライスの卵の部分をケチャップライスにのせて、卵部分を上から包丁を入れる。すると左右へとゆっくり開いていく。
「とろとろじゃん! 凄く上手いね!」
いつの間にか美乃梨と入れ替わりで舞彩が目を輝かせながら琥影の横へと近づいていた。
「急に現れないでください」
「さっきいたよ」
「全く気づかなかった」
「ひどいなぁ」
琥影は包丁を置いて、食卓へとオムライスを運ぶ。
『いただきます』
他の料理など気にせず、月狐はオムライスを皿に移し始めた。感想も何も言ってくれなかったが、顔を見れば作った甲斐があったと琥影は身に沁みて感じることができた。月狐の表情にも少しずつ笑顔が戻ってきたみたいだ。
「二人は高校の卒業式のときに付き合い始めたんだっけ?」
オムライスばかりを食べている舞彩が疑問に思った。
「ちょっと!? 僕のオムライスを食べないでくれるかな!」
月狐はオムライスが盛り付けられた皿を舞彩から勢いよく離す。
「月狐のものではないんだけど・・・・・・」
慰めるために、琥影は月狐の頭を撫でた。
「お母さん、どうなの?」
「高校に入学したときから、お父さんのこと気になって」
「うんうん、それでそれで!?」
「大学で距離が遠くなるから、伝えるなら今だって思って告白したわ」
誇らしげに話す美乃梨。達磨は少し恥ずかしそうだ。
「両思いってことがわかって、そのまま結婚前提で付き合った」
達磨と美乃梨が見つめ合っているのを、口を抑えて興奮する舞彩。
「めっちゃいいじゃん! ね、月狐!? ・・・・・・なんで顔赤いの?」
「え・・・・・・」
舞彩は頭を撫でられていた月狐に視線を送る。
「さっきから喋ってないなーって思ってたら・・・・・・もしかして体調悪くなった?」
「え、いや・・・・・・これは、その・・・・・・」
動揺している月狐と、自分がしている行動に恥ずかしくなった琥影も素に戻った。
「あ、多分オムライス作ってる時に一箇所だけ七味が集中するように作ったからかな」
「・・・・・・何してくれてんの!」
月狐は琥影の胸ぐらを掴む。
「いや〜、月狐が多く食べると思って作ったんだけど、まさかピンポイントで成功するなんて」
腹を抱えながら笑う琥影を月狐は睨みつけた。
「もういい!」
普段温厚な月狐が大声、ましてや暴力を振るってくるなんて相当激怒したんだろう。
「あ、姉さん。さっき琥影が『美人で綺麗なお姉さん』ってベタ褒めしてたよ!」
仕返しで月狐が爆弾発言をかました。琥影は急いで月狐の口を塞いだが、もう間に合わない。手遅れだ。
「え、そうなの? 嬉しい」
舞彩は微笑みながら琥影を見るが、今はそれが何よりの心の致命傷。そんな琥影を月狐は得意顔で執拗に見てくる。
「違っ・・・・・・くはないけど」
琥影は月狐の頬を摘んで、悲鳴を無視して舞彩の目を恐る恐るみる。
「言ったの?」
唇を尖らせながら、ジリジリと舞彩が顔を近づけてくる。
「いや、その・・・・・・」
「言ったの?」
「言いました。どうか御慈悲を!」
「別にそれでどうこうするわけでは・・・・・・。でも付き合ってみるのも悪くないかも」
「え・・・・・・」
おかしい展開に琥影は思わず無意識に声が出てしまった。
「視線とか言動で、怖くて異性と付き合った事とかなかったから。だけど月狐の心友なら、私も安心できる」
舞彩は澄んだ顔で胸に手を当てる。
「でも舞彩さん、モデルの仕事してますよね」
「うん。してるよ?」
「恋愛禁止ですよね」
「うちの事務所、恋愛禁止の規律ないから」
思った回答が返ってこず、琥影は舌打ちした。
それを聞いた舞彩は、さらに顔を近づけてきた。
「え、ちょっと・・・・・・舞彩さん?」
赤羅様に動揺する琥影に、舞彩はいたずらっぽく笑った。
「別にいいじゃない。お試しってことで付き合ってみない?」
琥影はしばらく黙り込んだ。その後、ゆっくりと小さく口を開ける。
「もう恋愛をする気は・・・・・・」
弱々しい目だが、それ以上に気迫が籠もっている。
察した舞彩は、琥影の頭に優しく手を置いた。
「絶対に浮気なんてしないし、絶対に別れないって誓うから付き合お? ね?」
頭を抱えて数分。具体的には一分。悩んだ末、
「やっぱり、一旦保留でいいですか?」
琥影は舞彩の顔色を窺う。
「仕方ないわね。でもアプローチしていくから、覚悟しなさい」
納得していない様子だが、妥協してくれた。
舞彩が琥影の頭を撫でた。恥ずかしがっている琥影が左手で月狐の頬をつねっている。なんともシュールな光景だ。
「いつになったらやめてくれるのかな!」
しびれを切らした月狐が頬を摘まれたまま怒った。驚いた琥影はそっと手を離し、つねったところを人差し指で押したり、円を描くように回した。
「琥影、何してんの?」
あと数回で月狐の怒りが爆発するのを察し、琥影はゆっくり月狐から逆方向の舞彩の方へと椅子ごと移動した。
「こ〜ら、琥影君に怒らないの!」
「は?」
すっかり恋人モードの舞彩と殺人鬼のような目をした月狐の間に挟まれた琥影は、どちらにも獲物としか思われていなかった。
閑話休題。
食べ終えた琥影がキッチンへ行き、皿を洗い始める。
「琥影君は気が利くわね」
自分の食器を運びながら美乃梨がキッチンへと移動する。
琥影は、オムライスを作る過程に使った食器だけではなく、夕食で溜まった食器も洗っていた。
「自分が汚したので」
「私も手伝うよ」
美乃梨が泡が立ったスポンジに手を伸ばすが、その前に琥影が掴み食器を洗う。
「泊めさせてもらう身なので、これくらいさせてください」
「でも・・・・・・」
「美乃梨さんと達磨さんは先にお風呂に入ってください。いつもお疲れ様です」
始めは躊躇っていた美乃梨だが、琥影の肩に優しく手を置いた後、達磨と浴槽の方へと足を進めた。
その時の月狐と舞彩は、
「ふう・・・・・・琥影君のオムライス、凄く美味しかった」
「僕のオムライスをよくも・・・・・・」
お腹を擦りながら無自覚に煽っている舞彩と食卓を拳で叩きながら睨む月狐の姿があった。
「二人とも、手伝ってほしい」
一瞬二人は動きを止めたが、数秒後また言い争う。
「手伝って、舞彩さん」
「なんで私!?」
唇を尖らせながら一瞥しているが、琥影が目を離さず睨んでいることに気づき、渋々小幅で歩き出した。
「そのタオルで拭いてください」
琥影の指示に返事も抵抗もなく、ただひたすら唇を尖らせながら食器を拭いた。
「なんで私が」
ぼそっと独り言を言った舞彩だが、琥影が聞き取り、睨まれていることを察すると、少しずつ距離をとった。
「これで最後?」
少しずつ琥影のもとに戻ってきた舞彩が最後の食器を拭き、ようやく終える。
「ありがとうございます」
「疲れたよ~」
舞彩は倒れながら琥影に抱きつく。
「舞彩さん!?」
「頭撫でて」
琥影は動悸しながら、舞彩の肩を掴んで引き離そうとする。
「離れてください」
「頭撫でてくれないと拗ねるもん」
上目遣いで見つめてくる舞彩に負けて、琥影は仕方なく実行することにし、三秒くらい舞彩の頭を撫でる。
琥影が手を離すと舞彩は名残惜しそうに見つめた。
「もっと」
忍耐袋の緒が切れた琥影は舞彩の髪が崩れるほどの勢いで頭を撫でる。外出する予定もないからよいだろう。
この光景を十分程、食卓の椅子から睥睨していた月狐が大股で駆け寄り、不満を漏らす。
「イチャイチャしないでくれるかな!」
「全くしてな——」
「——羨ましいでしょ?」
仮の恋人になったわけだが、舞彩がこんなに甘えたがりな性格だと思わなかった琥影はあらぬ誤解を与えたくない。邪な感情があるわけではないが。
「・・・・・・別に」
「今の間は何? 私に嫉妬してるのかな?」
「ちょっと黙って!」
「まあまあ、二人とも冷静に」
さすがに口喧嘩がヒートアップしてきたから、止めようとしたのだが・・・・・・。
『は?』
「オレが悪いの!?」
琥影と月狐と舞彩の謎の三角関係争いが始まり、気付いた頃には十時を回っていた。
「明日も学校なのにやばい!」
「先に誰が入る?」
「じゃあ、私は琥影君と」
「オレは月狐と入ります!」
「僕は一人で入るけど」
「だったら、やっぱり琥影君は私と」
一時休戦したかと思いきや、またリビングは騒がしくなる。
結局、一人ずつ入ることになった。
琥影が一番最後に入ることになり、月狐の部屋で待つことに。その前に舞彩に言われた、「いくら私が魅力的だからって、入浴中に入ってこないでね」という言葉に照れたのか、煩わしくなったのかあぐらをかきながら頬杖をついて、深く考え込んでいた。
「あがったよ〜」
月狐はパジャマ姿で部屋に戻ってきた。
「え、もう月狐まで入ったの?」
「うん。琥影も早く入ってきな」
予想以上に経過が早い時間に対して、琥影は究明しようと洗髪しながら、また深く考え込んだ。
夢中になって、体中が泡だらけになったとか、なっていないとか。
泡を流して湯船に浸かって三十秒、琥影は自分の意志で思考を停止した。
十分にバスタオルで体を拭いてから、リビングへ立ち寄る。
「お風呂、ありがとうございました」
「しっかり温まったか?」
達磨は朝刊を床に敷きながら、腕立て伏せをしている。
「明日も学校なんだし、夜ふかしはあまりしないようにね」
机に十冊の本を広げながら、美乃梨は優しく微笑んだ。
より一層、変人のレッテルが叩きつけた二人に、琥影はお礼を伝えてから、月狐の部屋でゆっくり寝ようとした。
「一緒に寝よ」
月狐の部屋のドアノブに手をかけた瞬間、舞彩にそんなことを言われた。
「月狐と一緒に寝るので」
「え〜、私と月狐はそんなに変わらないじゃん〜」
じりじりと近づいてくる舞彩に琥影は怖気づく。
「長年の安心感というものがありまして・・・・・・」
「そんなこと言わずに〜!」
その瞬間、舞彩は自分の胸に琥影の顔を強く押し付けた。
「これなら安心できるでしょ?」
琥影には、舞彩の目がなぜか光って視えた。草食動物を喰らう肉食動物のように。
目の前にあるものから必死に目を逸らそうとする度に、舞彩の力が強くなる。
我慢の限界に達した琥影は、舞彩の腕を掴んで離す。
「やめて、ください・・・・・・!」
力強い声ではあるが、一切目を合わせようとしない琥影に舞彩は満面の笑みを浮かべた。
「もしかして、照れてるの?」
「照れてません!」
顔を赤くしながら大声で叫んだ後、音を立ててドアを閉めた。
舞彩に時間を取られて、事が収まったのは丁度十二時だった。
部屋に入ったら月狐はイヤホンをしながらゲームをしている。
「月狐〜」
その後も何度か呼んでみたものの、反応がない。悩んだ末、琥影はイヤホンの音量を下げた。
手はイヤホンの至る所に触れては故障の有無を確認している。しかし、視線はしっかりスマホに釘付けだ。
「月狐〜」
また呼んでみたが、状況は一向に変わらない。仕方なく琥影はイヤホンの音量を上げた。
「うわぁ!」
投げるようにイヤホンを外した月狐と琥影はようやく目が合った。
「何してくれるのさ!」
「ゲームしてるほうが悪い!」
「じゃあ一緒にやる?」
「夜遅いし、寝るけど」
ちらちらと琥影を見ながら泣く月狐。
「早く寝よ」
「そうだね、じゃあ一緒に寝よっか」
嘘泣きだったからか、意外にも早く泣き止む。
「月狐がそういうなら」
ベッドに腰をかけただけで、琥影は体が軽くなった気がした。
そのまま横になると、すぐにでも眠りに落ちそうなぐらいだ。
「そういえば、姉さんがごめん」
ゆっくりと歩く月狐の声に眠気が少し覚める。
「・・・・・・え?」
「寝てた?」
「寝てない!」
月狐は腰をかけながらベッドサイドランプを消す。
「部屋に入る前に一悶着あったみたいだから」
「聞いてたのかよ」
「しっかりとね」
「音量上げたことは、不問に付すということで」
驚いた顔をした後、月狐は頬を膨らませた。
「それで、姉さんに一方的な好意向けられてどうなの?」
まだお怒りのようで、ぶっきらぼうに言ってくる。
「別に。舞彩さんに言われても苦じゃないし。それに——」
「それに?」
「変態的なことは言ってるけど、なんだかんだ線引はしっかりしてる」
予想外の言葉に驚いた月狐はしばらく固まった。
「・・・・・・確かに?」
「いや、平然とされてるかも」
・・・・・・。
「だめじゃん」
「だよな」
一瞬間があったが、気にしない。
「でも月狐と打ち解けてるのをみると、根はいい人だと感じる。多分」
「多分!?」
「だから、すごく安心できる」
月に反射した琥影の透き通った目。
「それよりさ、舞彩さんが好きな人はホントにオレで合ってる?」
「というと?」
「オレを好きになる理由ないよね?」
「それは・・・・・・姉さんってシスコンじゃん」
「そうだね・・・・・・?」
「だから、家族として大切にしてくれてる。で、その家族を救った人が——」
「——オレってことか」
深く頷く月狐。
「え、それだけ!?」
「うん。それだけ」
「なんで・・・・・・」
「君が考えているよりも、姉さんが君のことを好きになるには充分な理由だったと思うよ」
「・・・・・・今日は満月だな」
温かい風が開けた窓から入ってきて、靡くカーテンの隙間から夜空が見えた。
それからしばらくの間、何も話さなかったが、二人は気が休まったようにゆっくりと目を閉じた。
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