第8話 希望の光はかくも煙たい
捜索隊がもたらした影響は、水だけではなかった。
いい面をいうなら、森林地帯の探索を無事に終えたという偉業が、生徒たちに自信と活力を与えた。
悪い面を言うと、食料など物資の不足が深刻になった点だった。軌条キザムの語った内容は、生徒会以下全ての生徒の中に越冬の恐怖を与えた。
まず生徒会は、食料の自給を考え、校庭に小さな畑を作ることを提案する。ここで役に立ったのが、蔵人の買っていた大量のじゃがいもだった。
もう半分もないが、残り全てを種芋として生産することを決めた。
他にも学園にあった野菜の種などが数種、肥料などが多数あった。これらは緑化委員や園芸部などが主導して作ることになった。図書室など知識が豊富にあり、農具なども潤沢にあるが、問題はやはり水だった。
そこで生徒会はプールをため池にすることを決める。毎日川から水くみをして生活用水を確保するというのだ。伊達に500人いるわけではないのだ。
最初は生徒全員でプールの水をいっぱいにして、明日からは当番制で行うことにした。蔵人はサボりたかったが、川までのルートを知っている者たちでは唯一の大人だったので、同行する羽目になった。ただ見ているだけでも良かったのだが、根が真面目な蔵人は、水くみを不満を言いながらも手伝って、次の日には筋肉痛で動けなくなった。
蔵人は図書室で一日を過ごしていた。この世界に来てから変わらない日常の一日だったが、今は少し違った。今まで会話のなかった白藤弦音と頻繁に会話するようになっていた。
弦音は蔵人のことをオタクくん、と呼んだ。流石に蔵人は嫌がったが、お構いなく弦音は呼んだ。次第に諦めて、蔵人は受け入れたが、やはり呼ばれるたびに気恥ずかしさがあった。
話してみると、二人は妙に気があった。精神年齢が近いのかと蔵人は思った。
彼女が蔵人と同じく歴史好きだったのも大きかった。蔵人が歴史書や歴史漫画を見ているのを弦音は見ていたのだ。だから校庭で話しかけてきたのかもしれないと、蔵人は思った。歴史好きは、歴史の人物を語り合いたがるものなのだ。
蔵人「っぱ小田氏治なんだよなあ。戦国最弱なんて言われるけど、生き延びているのならそれは実質勝利だろ!!」
弦音「これだから自称歴史通はやなんだよね。王道を征く、あてしの推しの真田幸村こそ至高っしょ!」
蔵人「かあーー、これだからバサラから入ったような腐女子殿は駄目なんだよなあ! 信繁! 真田信繁な???????」
弦音「はあああああああああ????????? いまどき女子は刀剣乱舞からなんですけど??????? おっさんマジうざいんですけど??????????」
蔵人「?????? おっさんじゃないんですけど????? 心は少年なんですけど???????? 中学生以上はババアなんですけど????????????」
弦音「体はおっさんなんですけど?????? 逆コナン君なんですけど???????」
蔵人「コナン君なら天才なんですけど???????????」
弦音「じゃあコナン君じゃないんですけど?????? だたのゴミなんですけど????????????」
蔵人「はああああああああ?????????? はああああああああ??????????」
低レベルな言い争いをしていた。
学園はゼンマイを回した時計のように動き出してるというのに、この図書室はどこか停滞している。土にまみれた生徒が校庭を耕している中、両肩にバケツを吊るした棒を背負った生徒が川と学園を往復している中、この二人は趣味の話で盛り上がっている。
それは幸せな時間だった。孤独と不安で押しつぶされそうな生徒ばかりなのに、この二人はこの瞬間だけ幸せだったのだ。
校庭には今なお焚き火が焚かれている。空高く登るこの狼煙だけが、森へ入った生徒たちが見える貴重な道しるべだったからだ。畑に撒く灰も取れて一石二鳥だった。
どこまでも高く登る煙は、遠くからもよく見える。どこまでもどこまでも、高く登った煙は、延々と上がり続けた。そして青い青い空の中に虚しく散って消えていく。
それがもたらすものは、希望だけだと、誰もが思っていた。
蔵人「ゲホっゲホっ!」
弦音「つーか窓開けんなし!」
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