4-4
「えーと、東さんトランプのイメージ化はだいぶ慣れてきた?」
話題を無理矢理に戻したが、涼介から質問された美波は急に笑顔になる。
「師匠に勧められた通り、毎日練習してるからな。師匠と一緒に作った表を見なくてもイメージ化出来るようになったぜ」
「それならよかった。その調子で毎日トレーニングを続けてね、どんどんイメージ化の速度が上がっていくはずだから」
「おう」
師匠である涼介の助言は従順と形容してもいいほどに素直に聞き入れた。
嬉しそうな美波の成長具合を聞いた有紗が、妙案を思いついたかのように涼介に膝立ちで近寄り耳打ちする。
「涼介くん、少し提案です」
「なに、平野さん?」
「そろそろ東さんにトランプ記憶を実践させてみましょう。現在の実力を測るには頃合いだと思います」
有紗の提案に涼介は美波を窺い見た。
美波は涼介と目が合うと、飼い主の指示を待つ子犬のように期待感溢れる目で見返してくる。
実践形式を試してもいいかもしれない。
涼介は有紗の意をくみ取り、美波へ告げる。
「東さん、いつもみたいにイメージ化のトレーニングを考えていたけど少し変更してもいいかな?」
「なんだ師匠。何をどう変更するんだ?」
途端に不安そうな顔になる美波。
しかし涼介は真面目な表情を崩さずに答える。
「記録会と同じ形式でトランプを覚えてみよう」
「記録会と、同じ?」
「そう。記録会があるのは知ってるよね?」
「師匠が日本記録出したのも記録会なんだろ。けどあたしなんかは同じ形式でトランプ覚えられるのか?」
師匠の不意な提案に美波は俄かに緊張した面持ちで聞き返した。
彼女の不安を払拭させるために涼介は自信を持って頷く。
「大丈夫。ルールは僕と平野さんで教えるし、今の東さんなら五十二枚覚えられるよ」
「あたしは師匠みたいに頭良くねぇし、師匠みたいに覚えられるわけねぇよ」
五十二枚全て記憶する挑戦に美波は尻込みする。
だが挑戦を言い出した涼介は、美波の弱気を否定するように静かに首を横に振って真っすぐで誠意さえ孕んだ視線で見返した。
「大丈夫。東さんなら出来るよ、僕は信じてる」
「……師匠」
「東さんは自分が思っている以上に成長してるんだよ。だから一度やってみよう」
「おう。わかった」
涼介の激励で美波はやる気を取り戻し、弱気が消えて瞳に自信が漲った。
美波の様子を見た涼介が有紗へ振り向く。
「それじゃ平野さん。計測の準備しようか」
「はい涼介くん。東さん、ルールに関しては後で説明しますので、トランプを二組テーブルに置いて待機してください」
「おう」
緊張気味な声で美波は返事をして、指示通りテーブルの上にトランプを二組置いた。
涼介と有紗は急いで専用のタイマーを用意したり、視界の邪魔になる物を退かしたり計測の場を整えていく。
支度が終わると、涼介が美波の正面に座って記録会形式の計測について説明を始める。
「まずはルールについて。記録会は多くて五回まで計測できて、そのうちの最も速いタイムを最速タイムとして登録できるよ。 一回の計測で記憶する時間が五分、リコールという思い出して回答する時間がそれぞれ最大五分ずつ設けられていて、記憶時間の五分に間に合わないと否が応でもリコールへと移るから気をつけてね。
でも逆に五分以内に覚えられたと感じたなら、いつ記憶を終わってもいいんだ。速く記憶したうえで五十二枚全て正解していれば、その記録が最速タイムになるよ」
簡単な説明をすると、すぐに美波が遠慮がちに挙手して質問する。
「師匠は五回やって五回とも成功できるんだろ?」
美波の問いかけに涼介は照れ笑いを返す。
「それは買い被りすぎだよ。僕も五回やって五回成功するのは難しいかな。五回目ぐらいになると疲れてくるし、一回目でいきなり失敗することもあるからね」
美波を安心させる意図も含めて回答するが、むしろ美波の涼介を見る瞳は不安が増してしまう。
「師匠でも失敗するのにあたしなんか無理だろ」
「無理なんかじゃないよ。今の東さんなら五分以内に成功できるはずだよ」
慰めるわけではなく涼介は本音で思っていることを口に出した。
涼介の説明の間は口を挟まなかった有紗までもこくこくと頷く。
「涼介くんの言う通りだと思います。やる前から無理だなんて言わずに、涼介くんを信じてやってみてください」
「でもよ、あたし師匠みたいに頭良くねえし」
「僕は東さんが頭悪いなんて思ったことないよ」
弱気になる美波へ涼介は元気づけるように言った。
美波は希望を見出したような瞳で涼介を見つめる。
「そうなのか、師匠?」
「僕は東さんを信じてる。だから一度挑戦してみよう?」
涼介の真剣な目を浴びた美波が素直に頷く。
美波の反応を見てから涼介は、計測のために有紗から専用のタイマーを借りて美波の前に置いてから使い方の説明を始める。
「時間五分はこっちで測るから、東さんは自分の好きなタイミングでこのタイマーから指を離してね。指を離した瞬間からこのタイマーは計測がスタートして、同じように両手で振れると止まるんだ。だからトランプを覚えたと思ったらタイマーを止めてね」
「わかった。試しに一回使ってみていいか?」
涼介が頷くと、美波はぎこちない手つきでタイマーに指を触れたり離したりして使用方法を覚えた。
「使い方はわかった東さん?」
「わかった。この指を離すのは時間以内ならあたしの好きなタイミングでいいんだよな?」
「ルールとタイマーの使い方も頭に入れたみたいだね。それじゃ一分後に五分の記憶時間を開始するよ」
涼介は宣言して有紗と共に美波の視界に入らない部屋の隅へ移動する。
スマホを取り出して正確に一分の経過を確認すると、五分に設定し直した。
「東さん。記憶時間の五分スタートするよ」
「おう」
美波の返事を聞いた直後、ストップウォッチ機能に設定した五分を動かし始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます