第20話 葬式
キョウコを葬るために、私たちは出来る限りの準備をした。キョウコの遺体を庭に移して、アサヒは冬に使って余っていたという灯油を持ってきてくれた。
難航したのは、マッチ探しだ。
生活必需品だというのに、アサヒはマッチを使った経験がほとんどないという。
台所もあったのに料理の際はどうするのだと思ったが、電気で鍋やらフライパンを温められるらしい。アイエイチというものらしいが、信じられない発明品である。
しかし、そのせいでマッチを家の中に置いていないのは困る。これから夜になれば、蝋燭なども必要になるかもしれないからだ。
蝋燭は貴重品なので夜更かしをするつもりはなかったが、使えないとなるといざという時に困る。なにせ家の外には、夜の闇をものともしなゾンビがうろついているの。
「母さんがアロマキャンドルにはまっていたから、マッチはどこかにはあると思うんだよ」
私たちは二時間がかりで家の中をひっくり返して、ようやくマッチを探し出すことができた。マッチ探しのために家の外に出ることがなくて、本当に良かった。
マッチを見つけた私たちは庭に出て、それぞれキョウコに最後の別れを告げた。
一度はゾンビ化したキョウコの顔は醜く変貌していたが、それでも普段の彼女の面影はあった。
「あなたは、本当に……」
お人よしだった。
キョウコは、私の身体の主であったユウのことが好きだったのであろう。私は、そういう気配を何度か感じ取った。
けれども、キョウコは私に告白はしなかった。
ゾンビに噛まれた自分では、告白する資格はないとでも思ったのだろう。死が分かっていたのならば、弟のアサヒの安否よりも自分の感情を優先させても良かっただろうに。
「これが、あなたへの礼になるのならば」
私は、キョウコの冷たい頬に口付けた。
触れるだけの軽い物だった。
「裕……。お前って、姉さんと付き合っていたのか?」
私たちの口付けを見ていたアサヒが驚いていた。少しだけ顔が赤くなっていて、それが子供っぽくて可愛らしい。
「いいえ」
私は、すぐに否定した。
アサヒには、少しでも勘違いしてもらいたくはなかった。私と付き合っていたとキョウコが思われることで、彼女の評価を下げたくはなかったのだ。
「でも、キョウコさんは私のことを好きだったのだと思ったので……。お別れぐらいはと思いました」
思い上がりになるかもしれないが、今まで共にいてくれた礼のつもりだった。
私の魂はユウのものではないが、これで勘弁してほしい。これ以外に、私がキョウコに捧げられるものはなかった。
「えっと……姉さん」
アサヒは、キョウコの頬に触れた。
キョウコが亡くなった時には涙をこらえきれなかったアサヒだったが、今は泣いてはいなかった。別れの場で泣いたら、キョウコが心配するとでも思っているのだろうか。
「今まで、本当にありがとう」
アサヒは、キョウコに静かに告げる。
アサヒの目は、とても優しかった。落ち着いて、キョウコを見送ろうとしていたのだ。
「姉さんがいなかったら、今の俺はなかったよ。姉さんと姉弟だったから、俺は幸せだった」
アサヒは、キョウコから離れた。
そして、灯油を手にもっていた。けれども、それをかけるには至らない。まだ、心の準備が出来ていないのであろうか。
「少し休みますか?」
私の言葉に、アサヒは首を振った。
キョウコを見送らなければならないという思いはあるが、決心がつかないのであろう。
私は、その時が来るまで待つことにした。そして、アサヒを一人にさせることを決める。それが、アサヒにとっては必要なことだと思ったのだ。
「私は中にいますから、用意が出来たら呼んでください」
私の言葉に、アサヒは驚いた顔をした。私の行動が、アサヒには予想外だったようだ。もしかしたら、急かされると考えていたのかもしれない。
「えっと……その。ありがとう……」
アサヒの言葉に、私は微笑んだ。
アサヒは両親に愛されずに、虐めにあっても教師にも助けてもらえなかった。無意識に大人の評価を下げてしまっていても納得できる。
この無意識を克服させる為には、私が信頼にたる大人だと実感させるしかない。
幸いにして、キョウコから紹介された私の信頼度は他の大人より高いであろう。これを利用して、ゆっくりでもいいからアサヒを陥落させなければならない。
「……まぁ、他の人間よりは誠実の演技をする自信はありますけど」
人殺しが何を言っているのだと思われるかもしれないが、今のところキョウコとアサヒ相手には私は紳士に対応している。本来の自分を隠して、望まれた役を演じるのは得意なのだ。
「何をやっているんだ!!」
聞いたことのない男の怒声が聞こえた。
あまりに大きな声だったので、ゾンビを呼び寄せてしまうと私は焦った。
「えっ……」
私は、何が起こっているのか分からなかった。
私が振り返った時に、アサヒが知らない男に殴られていたのだ。
その光景に、私は目を丸くする。
「灯油缶なんて持ち出して、お前は家を燃やす気だったのか!!そこまで、私たちを怨んでいたのか!!」
男は、アサヒを責め立てる。
私は、咄嗟に木剣を握った。
そして、アサヒと男の間に入る。突然現れた私に、男は驚いたようだった。アサヒを殴るのに必死で、周囲に目がいっていなかったのだろう。
私は、男を睨んだ。
男は、アサヒのことを再び殴りかねないと思ったのだ。男が誰であれ、アサヒに近づけるわけにはいかなかった。
「誰だ……」
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