第25話 『幼なじみの危機』終

夕暮れの帰り道。

セツリとクララは手を繋いで歩いていた。

茜色に染まる街並みの中、二人の胸には、さっきまでの出来事の残像がまだ消えずに揺れていた。


クララの鞄を奪おうとした男の話の通り──

プロフィッツ商店の店主は若い調薬師たちに依頼を出し、その納品途中で手下に襲わせ、薬を奪わせるという卑劣な手口を繰り返していた。

そして、失敗の責任を女性たちに押し付け、脅し、時には乱暴まで振るっていたのだという。


店主は聖律院での尋問を前にすべてを自白した。

セツリはその声を聞きながら、どこかでその声を聞いたような気がしていたが、どこで聞いたのかは最後まで思い出せないままだった……。


隣を歩くクララは、恐怖の余韻に震えていた。

彼女の小さな手を握ると、セツリはそっと力を込める。

その手を離す理由が、今の彼には見つからなかった。


不意に、クララが立ち止まる。

「……セツリ、腕、怪我してる……」


「ああ、そういえば、あの男に切られたんだった」


その一言に、クララの瞳が揺れた。怯えるように顔を伏せる。

セツリは苦笑して、「でも、大丈夫。浅い傷だから」と袖をまくり、血の止まった腕を見せる。

けれど、クララは首を横に振ったまま、ポケットから小さな丸いケースを取り出した。


「こんなタイミングになっちゃうなんて……」


蓋を開けると、淡い香りのする薬が入っていた。

指先で少し掬い取り、クララは優しくその薬をセツリの傷に塗った。

温もりとともに、傷の痛みがゆっくりと遠のいていく。


「……誕生日、おめでとう。これ、誕生日プレゼント。

 私が調薬して作った傷薬なんだ。お母さんに教えてもらって作ったから、ちゃんと効くよ」


セツリは驚いたように目を見開き、やがてふっと笑った。

「ありがとう。……できれば使うことのない方がいいけど」


「でも、いつもコンキーに引っかかれてるんだから、すぐなくなっちゃうかもね」


「そしたら、また作ってくれる?」


「うん。もちろん!」


二人は笑い合いながら歩き出す。

クララの家が見えてくると、セツリは立ち止まり「もう夕方だし、そろそろ帰るよ」と告げた。


「お昼ごはん食べそこねたんだし、夕飯くらい一緒に食べたかったけど……また今度ね。絶対、来てね?」


「うん……」


夕陽を受けて金の髪がきらめく。

クララはその笑顔を目に焼きつけながら……

セツリは手を振って歩き出した。

けれど、背を向けた瞬間、顔には冷や汗が滲んでいた。


「……なんとか、家までもってくれ……」


震える足取りで玄関の扉を開けると、料理の匂いとともに母・マーサの声がした。

「セツリ? もう、朝から何してたの……」


振り返った彼女の表情が凍りつく。

息子の足元には赤い滴が滲んでいた。


「ごめん、母さん。……あとでちゃんと話すから……治療ギルドに連絡して……」


玄関の床に血が落ちる音。

マーサの悲鳴にアレンとバラクが駆け寄った。

アレンがすぐに応急処置を施し、息子の顔を見据える。


「ハルカさんに薬をもらってきてくれ!」

そう叫ぶと、バラクが玄関に向かう。

だが、セツリが震える手で彼の足を掴んだ。


「……お願い……クララには、知らせないで……」


「こんな時に何を言ってるの!?」とマーサが声を上げる。

だがアレンが静かに手を上げて制した。


「その傷……クララちゃんに関係があるんだね」


セツリは何も言わず、ただ小さく頷いた。

アレンはため息をつき、息子を抱え上げる。

「バラク、アシュリーさんを呼んでこい。……急げ」


数分後、治療師アシュリーが駆け込んでくる。

「町の英雄をここで失うわけにはいかないからね」

その言葉は家族を困惑させ、件のプロフィッツ商店の話を聞くとマーサは腰を抜かしてしまった。

「でも、犯人を捕まえた時にセツリ君は掠り傷だけだと聞いていたんで心配してなかったんだけれど……」

そう言って光を宿した手をセツリの上にかざす。


祈癒命織りの手

柔らかな光が部屋を包み、傷口を縫うように塞いでいく。


「この出血量……まるで家の前で刺されたみたいだけれど…もし、何か事件に巻き込まれているなら直ぐに衛兵に相談されることです」

アシュリーは眉を寄せ、家族に向けて静かに言った。

「あとで、ちゃんと話を聞いてあげてください」


その夜、セツリは意識を取り戻すことなく眠りについた。

再び立ち上がれるようになるまで、一週間を要した。


クララの作った傷薬は、セツリの机の上で、月明かりに照らされて静かに光っていた。

まるで彼女の想いそのもののように、温かく、優しく──そして、少しだけ切なく。






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